EU離脱とアベノミクス 「ポピュリズム」の行き着く先は 小幡績氏に聞く

慶応義塾大学ビジネススクール准教授の小幡績さんは、ポピュリズムに冒された日英共通の現象を指摘する。
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イギリスのEU(ヨーロッパ連合)離脱から約1週間。イギリスは政治、経済的混乱が続き、日本は大きく下げた株価と、急激に進んだ円高から元の水準に回復しない。

慶応義塾大学ビジネススクール准教授の小幡績さんは、イギリスの「Brexit」(ブレグジット)、日本の「アベノミクス」という、ポピュリズムに冒された共通の現象を指摘する。

今後の日本経済の見通しも合わせて聞いた。

――EU離脱という結果をどう見ましたか。

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おばた・せき
大蔵省(現・財務省)を経て現職。著書に『
』(ディスカバー・トウェンティワン)、『
』(ダイヤモンド社)など。

最悪の選択です。イギリスは一国では価値がありません。EUの玄関口としての魅力的な経済環境に対して投資がなされ、人が集まってきたのです。さらにポンドも下げ、政治的には混迷を極め、経済は衰退の一途でしょう。

実際、離脱派が喜んだのは投票に勝った瞬間だけ。旗振り役だったボリス・ジョンソンが逃げ、政治家たちは離脱後の公約としていたものを否定し、責任逃避している。離脱に投票した人々の後悔も広がっています。

――離脱に投票した人々は愚かだったということですね?

いえ違います。彼らは間違ってしまっただけです。なぜ間違ってしまったのか。別の言い方をすれば、なぜ離脱論は人気があったのか。まず、離脱の議論がとてもシンプルだったからです。「離脱すれば移民を自国でコントロールできる」「EUの分担金を払わずに公的医療保険に回せる」「EUの無駄な規制に従わなくてすむ」と。

そして、明確な敵があった。諸悪の根源はEU。移民も規制もEUのせい。EU、IMF、日本の財務省、これらの官僚組織はみんなが嫌い。だからターゲットになりやすく、叩くことで感情的に盛り上がる。しかし、もっと深遠な理由は、階級社会、社会が分断されていて、エリート支配への反発が根源にあります。

エリートが「国のためには残留だ。これはお前らのためだ。離脱なんてわけ分からんこと言うな」と残留を主張したために、反発で離脱への動きが感情的に高まったのです。「どうせエリートの都合だ。国にとっての得とはエリートにとっての得。俺らには関係ない。それどころか移民で被害を受けるのは俺たちだ」というエリート支配への反発。ポピュリズムの裏にはこれがあります。

――ポピュリズムですか。

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イギリスでEU離脱派のリーダー格だったボリス・ジョンソン前ロンドン市長

ポピュリズムは、世界が複雑で未来が不透明になる中で進化しています。従来、ポピュリズムの典型は、派手なリーダーの個人的な人気を利用したものでしたが、進化して、イシュー自体がポピュリズムになっています。消費税増税中止や軽減税率、あるいは地域振興券のばら撒きなどです。

そして今回の国民投票では、さらに進化して、論理自体がポピュリズムになりました。「エリートが言っているから残留反対」「EUという官僚的な権威のせいで移民が増えている。だからEUが悪い」。この論理自体は客観的に否定しようがないので、信じ込んでしまっている人々を説得することはできません。論理構造自体がポピュリズムになってしまっては、これをひっくり返すことはできない。だから、ポピュリズムは進化し、革命(Revolution by Evolution)を起こしたのです。

――誰も愚かではなかったのに、結果は愚かになってしまった。

いえ、今回、愚かだったのは2人です。まずキャメロン首相。大衆を見くびっていました。国民投票をすると約束してガス抜きをすれば、最後は残留に落ち着く。基本的に大衆はコントロールできるという誤謬に陥っていました。

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6月24日、離脱派の勝利を受けて辞任を表明するキャメロン首相

しかし、もっと愚かだったのは市場でした。世論調査では残留と離脱の支持率は半々で、どっちに転んでもおかしくなかった。それにもかかわらず、残留有利の情報がひとつ出ると、自分の都合の良いように解釈し、残留決定と見込んで、ポンドは急騰、リスクオンで株も上昇しました。後になって「誰も予測しなかった離脱で市場はパニックになった」と、まじめな顔で専門家やマーケット関係者が解説しているのを見ると、唖然としてしまいます。誰もが五分五分だと知っていたのに。

これは、自分の都合の良い「希望的解釈」をしてしまう誤謬です。市場関係者は、この十数年、自分たちの解釈で市場を動かしてきました。景気が悪いという指標が出ても、みんなで株が上がってほしいと思っているときは、景気が悪いから金融緩和の可能性が高まるとして、株価は上昇するという具合です。しかし、投票結果まで自分たちの都合の良いように決まると思い込んでいたのは大きな誤りです。投票結果は動かせなかった。

現在は「これで日米ともに金融緩和がさらに進むから、株にはプラス」という論理で株価は戻しています。また都合の良い解釈ですが、金融政策が期待以下ならまたしっぺ返しを受けます。

ただ、これには深いわけもある。現在、世界が複雑化し、将来が不透明化して、将来の予測はまったく立てられなくなっている。どんな予測もどうせ当たらないなら、自分に都合の良い希望的予測でも、当たる確率が低いのは一緒。それなら希望的予測をしてもいい。無理やりなご都合主義ですが、そういう思考回路が働いていると思います。

――今後、日本経済はどうなりますか。

ヨーロッパとイギリスを除いて、実体経済へのダメージは致命的ではありません。もちろん良くはありませんが。日本の株価が下落したのは、単にこれまで上げすぎていた、いわばミニバブルがはじけただけです。投機家は短期で稼げる乱高下相場の方が都合がいいので、しばらく乱高下が続くでしょう。しかし、断続的にイギリスから悪いニュースが発信され、そのたびに下落し、長期的には下降していくと思います。

――安倍晋三首相の看板政策「アベノミクス」はどうなるでしょうか。

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6月21日、参院選を前に党首討論に登場した安倍晋三首相

安倍首相の唱えるアベノミクスの本質はポピュリズムです。これまでは株価が上がることが支持率に直結し、金融緩和が円安株高をもたらしてきました。しかし、ここにきて、株価を政策で上げることは難しくなり、金融緩和も経済にマイナスになってきた。インフレも円安も特に地方の有権者に評判が悪い。となると、ポピュリズムからいくと、株価を無理やり上げようとすることは危険で、さらに金融緩和からも距離を置くようになってきた。もちろん、インフレにはもう関心がありません。きわめて合理的です。

――でもここまでアベノミクスはそれなりの成果をあげた、という意見もあります。

2013年の段階では、市場が極度に悲観的だったので「デフレ脱却」という言葉は悲観論を吹き飛ばす呪文として効きました。それにより1ドル=100円、株価は日経平均1万5000円という、実力相応の水準を回復しました。しかしその後は効果はありません。日銀の2014年10月の追加緩和は、円安株高のバブルを作りましたが、持続は不可能で、2016年1月以降、バブルは崩壊しました。バブル崩壊を止めようと無理やり2016年1月に緩和第3弾として「マイナス金利」に踏み込みましたが、世界の流れに逆らうもので、市場は混乱し、逆効果でした。

日経平均株価(過去5年)

一方、ポピュリズムとは無縁の黒田東彦・日銀総裁にとっては、消費者に人気がないからといって金融緩和をやめるわけにはいかない。むしろ、円安や期待インフレ率の上昇を目指して、何か追加で金融緩和を拡大しなくてはいけない。しかし金融緩和はやり尽くしてしまったので、これ以上経済にプラスになる追加緩和がない。金利の下げ方がない。進退窮まったと思います。さらに、安倍政権とも軋轢が生じるかもしれません。インフレ、円安への誘導は、実は地方の生活者に評判が悪いので、安倍政権としては株価が上がらないなら余計なことをして欲しくない。ポピュリズムで経済政策を考える安倍政権と、日本経済の問題を解決したい黒田日銀の思惑の違いが、これから激しくなるかもしれません。

――円高で長期的にはどういった影響が起きるでしょうか。

私は、現在円高だとは思いません。これは私だけでなく、多くのエコノミストが1ドル=100円が妥当な水準だと思っている。今までは、ドルが高すぎたので、今後さらにすべての通貨に対してドル安が進む。この流れに円は逆らうことは出来ませんし、逆らう必要もありません。妥当な水準よりも円安になって日本経済にいいことはないのです。今の日本は過去と違って、労働人口は総人口の半分以下、つまり、生産者の倍、消費者がいるので、生産者のうちの一部、輸出企業の利益となる円安よりも、ガソリンや食料、衣料品にいたるまで多くの必需品(ほとんどが輸入品あるいは輸入原料、輸入部品を使っています)が安くなる円高で、消費者に利益になることの方が大きいのです。

対ドル・円相場(過去5年)

――日銀は7月にどうするでしょうか。

金融緩和とは金利を下げることに尽きます。短期金利がゼロになった、いわゆるゼロ金利の状況で、金利を下げる方法は理論的には3つです。インフレを起こして実質金利を下げるか、長期国債を直接買い入れて長期金利を直接下げるか、そして短期金利をマイナスにするかです。財政への影響や市場への攪乱を考えると、短期金利のマイナスを少しだけ拡大するのは、相対的には副作用が小さいと論理的には考えられます。なので、マイナス金利の拡大が可能性は一番高いのではないでしょうか。もちろん、マイナス金利拡大、国債買い入れ増加、株買い入れ増加、量、質、金利の3つをそれぞれ少しずつ拡大する、ということも可能性が高いでしょう。ただ、効果はほとんどないか、むしろマイナスになると思います。市場の期待が大きすぎて、それを上回る緩和は出来ないと思います。

――日本の財政は危機的な水準です。

日本の公債残高(出典:財務省)

日本政府という、日本でもっとも非効率な組織が、将来の生産力となる投資ではなく、現在の景気にしか効かない消費に財政資金を使っているため、日本経済は、景気刺激と称して需要喚起すればするほど、長期的な成長力が落ちてきました。これが、日本経済が長期的に低迷している真の理由です。この状況で、経済を活性化と称して借金を重ねれば状況は悪化するだけです。

一方、財政再建のためと称して、消費税を例えば20%まで上げても、これは、政府の景気偏重主義が変わらなければ、長期的な経済成長につながらず、財政も改善しないままになるリスクがあります。つまり、財政再建のための増税が、消費されてしまう可能性が高いです。したがって、皮肉ですが、日本の財政問題を解決する唯一の方法は、一刻も早く政府を財政破綻させることです。どうせ破綻するなら、増税の余地を残して破綻した方が、その後の再建できる可能性が高い。消費税8%か10%の段階で破綻すれば、まだいくらでも手の施しようがあるけど、20%に上がってから破綻すると、これ以上収入を増やしようがないから解決策がなくなってしまう。

――今の20代に降りかかってくる話です。参院選もありますし、若い世代も自らの問題として考えないといけないと思うのですが。

さとり世代」はあきらめているんです。政治は、自分たちと関係ないところにあると考える。とても冷静です。イギリスでも、過去の栄光を懐かしむ高齢世代が感情的にEUを批判し、離脱を決定して、溜飲を下げている。でも、これは感情に流されているだけです。日本の高齢者たちも、あたかも若い人たちのためのような顔をして「将来が心配だ」と言いますが、自分たちでも無意識かもしれませんが「将来」とは自分たちの5年後の老後のことなんです。「託児所は作ったらいいじゃないか」といいますが、そのために年金を減らすことは問題外なのです。

したがって、若い世代の投票率が低いというのはものすごく賢明なことです。政治家は目先の選挙しか考えない、目先の選挙は高齢者の投票で決まる、だから政治家は高齢者しか見ていない、それなら政治家を見る必要もないし、知る必要もない。そうなると選挙に行けと言われても、誰がましかわからないから、むしろ投票すると誤った結果になる。だから行かない、というわけで投票しないわけではないのですが、この無意識の合理性を、無理やり壊しても政治が正しい方向に行くはずがない。関心がなく、知る気もない人たちには、無理に関心を持たせたり、無理に投票に行かせたりしない方がいい。したかったら、行けばいいんです。

――変化球のメッセージでしたね。ありがとうございました。

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