アメリカ下院は5月4日の本会議で、共和党が提出した医療保険制度改革法(オバマケア)の代替法案を賛成217、反対213の僅差で可決した。
オバマケア撤廃の公約を掲げ、3月24日に一度法案を撤回した下院共和党は、終盤になって共和党内の穏健派に圧力をかけた。20人の共和党員が反対票を投じ、民主党議員の賛成票は1票もなかった。
ドナルド・トランプ大統領は同日、共和党議員を集めて代替法案の下院通過を祝い、「オバマケアは死んだも同然だ。上院も通過させる。自信はある」と強調した。
下院共和党の勝利にも見えるが、最終的には破滅につながる可能性もある。
民主党は共和党の代替法案を受け入れるかどうか決めかねていた。この法案により、オバマケアで最も支持されている条項――既往症(これまでにかかったことのある病気で、現在は治癒しているもの)の保護――とメディケイド(州政府運営の低所得者層対象の健康保険)が骨抜きになるからだ。
一方で、民主党は何としてもオバマケアを維持したかった。その一方で、民主党はこの極端に保守的な代替法案は上院を通過できない(おそらく正しい)とみている。そして、下院共和党が極めて評判の悪い代替法案を、最も立場の弱い一部の共和党議員に賛成させただけだと信じている。
民主党上院のナンシー・ペロシ院内総務は、採決前に発表した声明の中で、民主党は代替法案のすべての条項を上院の共和党議員に突きつけ、本当に賛成するのかどうかを問うと表明した。「彼らは暗闇の中の光になるだろう」と、ペロシ氏は言った。
法案通過が近づくにつれ、共和党側の議席からは歓声が上がったが、民主党議員たちは共和党議員に向かって「ナナナナ! ヘイヘイヘイ! グッバイ!」と、スポーツの試合などで歌われるチャントを合唱し始めた。これは「次の選挙で落ちるぞ」という挑発だったとみられる。
法案を通過させるのに共和党首脳が自分たちの票を必要とするかどうかはっきりするまで、次回の選挙で当落線上にある共和党議員の多くも賛成票を投じるのをためらっていた。。特に目立ったのが、カルロス・カーベロ(フロリダ州)、ダレル・イッサ(カリフォルニア州)、ピーター・ロスカム(イリノイ州)の3議員で、3人とも自分たちの賛成票が法案通過に必要なのか最後まで粘った。結果を見れば、3人全員の票がなければ法案は通過しなかった。
医療保険制度改革法(オバマケア)が2010年に可決されたとき、民主党議員の多くは次回の選挙で落選するのを覚悟していた。それでもオバマケアを通過させたのは、心から正しいと信じる政策を実現するためだった。何百万人もの病気や貧困に苦しむアメリカ人が救われるだけでなく、国内の医療保険加入者数が増え、記録的高水準に達するからだ。
共和党議員は地雷源となりかねない代替法案の可決に踏み切った。この法案によって無保険者が何百万人も増え、病気や貧困で苦しむ人に対するセーフティーネットが脆くなり、おそらく上院で通過する可能性がほとんどないと分かっている。しかも共和党は、議会予算局がやり直している試算を待たずに採決してしまった。
しかし少なくとも、自分たちの肩の荷は下りた。
それが共和党下院議員の偽らざる思いだ。とにかく下院を通過させ、上院での審議に道を開きたかったし、あらゆる共和党議員が公約を実現させたかった。すべてはオバマケアを改廃するためだ。
共和党の代替法案に対して最後まで抵抗していた議員の多くは、閉会日に、「ただ前に進めたかっただけだ」と語った。次の選挙で苦戦が予想される共和党議員の1人、アリゾナ州のマーサ・マクサリー議員は、4日の非公開会合で同僚議員たちに、「とにかくこの忌々しい採決を終わらせなければならない」と語っていたという。
反対から賛成に転向した最後の共和党議員の1人、ダニエル・ウェブスター議員(フロリダ州)は、トランプ大統領、マイク・ペンス副大統領、そしてポール・ライアン議長からある確約を得ていた。それは、介護施設にいる高齢者のためにフロリダ州が連邦政府の補助金について対処するというものだ。しかしその修正案は法案に含まれていない。共和党首脳たちと合意していないにもかかわらず、ウェブスター氏は立場を変えた。
「いくつか後回しになった」と、ウェブスター氏は4日に語った。 「それを協議しているところだ。合意させるつもりだし、その他にも実際に約束していることもある。私はそうするつもりだ」
最終的にどのような内容になるか分からないまま、法案に賛成票を投じることを実質的に迫られたわけだが、単に手続きを進めただけだという。
「これからも何回も採決がある。そのための賛成票だ」と、ウェブスター氏は述べた。
「手続きが進み、会議を開き、上院でも採決がある。さらに議会の報告についても採決を行う。そのすべてのタイミングで、法案に不備があれば成立を阻止できる」と、ウェブスター氏は強調した。
そして共和党は、この代替法案を議会予算局の試算がないまま採決した。共和党が試算を軽視し、否定し、以前の試算で十分だと考えている証拠だ。
「法案を採決する際に予算局の試算は済んでいる」と、共和党のデビッド・マッキンレー下院議員(ウェストバージニア州)は4日朝語った。「今回の修正案は足りない部分を補ったに過ぎない、だから追加の費用はない」という。
マッキンレー氏はまた、法案が修正されたから試算は「改善されるはずだ」と述べた。しかしその根拠については説明しなかった。
法案の改善につながったとマッキンレー氏が主張する修正案は、可決させるために極めて重要だった。最初の修正案で共和党の保守派グループ「下院自由議員連盟」から20人ほどのメンバーが賛成に回った。この修正案により、既往症患者にも健康な人と同じ保険料が適用されるというオバマケアの規定を除外できるようになる。さらに、検査や妊産婦医療、緊急措置室の利用など10項目の「エッセンシャル・ヘルス・ベネフィット」(基本的医療給付)の適用を保険会社に義務付ける規定も除外できる。
共和党穏健派のリーダー、トム・マッカーサー下院議員と「下院自由議員連盟」を率いるマーク・メドウズ下院議員が考案したこの修正案が鍵となり、3月24日に最初の法案が撤回された後、この代替法案が息を吹き返した。
オバマケア改廃法案の下院通過を祝う(左から)トランプ大統領、「下院自由議員連盟」のメドウズ議員、ライアン下院議長。MARK WILSON VIA GETTY IMAGES
マッカーサー氏とメドウズ氏の修正案を、議会予算局が試算するのは難しいだろう。州政府が実際に医療費負担適正化法(アフォーダブル・ケア・アクト)の規定を除外し、患者のためのハイリスク・プール(州政府が運営する、既往症のために健康保険。既往疾患を持っているために保険料が高すぎて民間保険に加入できないハイリスクを抱えている人のための保険)を整備するかどうかの予測が必要となるからだ。オバマケアの規定を除外する条件の1つとして、こうしたハイリスク・プールを整備しなくてはならない。
ハイリスク・プールによって、既往症の患者は十分に保護できると共和党は主張するが、これまで資金不足が続いており、対象患者の保険料や控除免責額は極めて高くなっている。シンクタンク「アメリカ進歩センター」によると、共和党の代替法案では、ハイリスク・プールは10年間で2000億ドル(約22兆4000億円)不足するという試算を出した。
共和党首脳は穏健派への小さな譲歩として、オバマケアの規定を撤廃した州に対して5年間、80億ドル(約9000億円)を追加で補助し、高い保険料に苦労している患者を支援するという修正案に合意した。当初反対票を投じたフレッド・アプトン議員(ミシガン州)は、このような高額の保険料を賄うには50億ドル(約5600億円)で十分だと、共和党首脳から聞かされたと話す。結果として80億ドルとなったわけだが、どこからその数字が出てきたのかは分からないという。アメリカ進歩センターの試算では、この修正案で対応できる患者は約8万人にとどまり、変更の影響を受ける人々のほんの一部でしかない。
いずれにせよこの修正案で、アプトン氏や同じくエネルギー・商業委員会のビリー・ロング下院議員(ミズーリ州)が賛成に回った。そしてその後、デビッド・ヤング(アイオワ州)、ジェフ・デンハム(カリフォルニア州選出)、デビッド・バラダオ(カリフォルニア州)の各下院議員(いずれも反対の意思表示をし、不確定要素と見られていた議員たちだ)が突然賛成に回った主な理由ともなった。
この3人の議員たちが、共和党首脳が法案可決を進めるにあたっての要となった。しかし首脳が躍起になっていた法案に対し、態度を保留していた共和党議員は他に何十人もいた。
共和党下院のスティーブ・スカリス院内幹事の首席補佐官ブレット・ホートン氏は4日、Instagramに写真を投稿し、法案の下院通過を祝った。
法案通過はライアン下院議長とトランプ大統領には勝利ということになる(少なくとも短期的には勝利だ)。一方で法案に懐疑的な共和党議員の支持を取りまとめたのは、パトリック・マクヘンリー院内副幹事(ノースカロライナ州)の働きが大きい。マクヘンリー副幹事は採決までのこの1週間、熱心に動き回り、態度をはっきりさせなかった共和党議員に対し賛成票を投じて党首脳に力を貸すよう説得して回った。
もちろん、メドウズ氏とマッカーサー氏も法案を復活させるのに大きな役割を果たした。さらにトランプ氏の強引なキャラクターも、数人の議員の造反を防ぐのに役立った部分があったかもしれない。しかしトランプ氏が大統領就任後初めてとなった本格的な議会での攻防で、トランプ氏自身が議会の折衝には立ち会わない限り、共和党には敗北も勝利もあることが明らかになった。共和党議員が議席を失うという犠牲を払ってでも法案を通すことが「勝利」だとすればの話だが。
ハフポストUS版より翻訳・加筆しました。
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