NY激流メディア NowThis を通じてみる米メディアトレンド(井上未雪)

「読者(視聴者)のいるところにめがけてニュースを適性な様式で流していく」これがNowThisの真骨頂だ。
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マンハッタンにあるNowThisNewsのオフィス=井上写す

■ニュースが近づいてくる

"News finds me. I never find news."

私が2014年1月にニューヨーク市立大学院の起業家ジャーナリズムコースに派遣された際、同じフェローだった元全米三大テレビネットワークCBSの編集者コリン・ケリーさんがそう言っていた。

自分に必要なニュースは新聞を開いてとるものではない。ニュースの方からやってきてくれる。手に持ったスマートフォンの中に必要十分な情報はある。それがニュースの消費の仕方になっていることに気づいたときは愕然とした。ミレニアル世代という1980年代から2000年ごろ生まれの若者は特にその傾向が強いが、30代半ばの彼にとっても当然のニュースの消費行動だった。

新聞を開くことはない。すべてのニュースはソーシャルからとれるからだという。試しに読み落としているものがあるのでは、と私が手渡した紙のニューヨークタイムズを開いて、各面に目を通してケリーさんは言った。「今日、僕が見たニュースは、タイムズの中のこれとこれとこれと、、、、うん、ほとんどカバーできてるよ」

教養として知っておくべきニュースも読めるのが紙の利点だとは思わない。「自分が欲しい情報は、今の生活の中に流れる情報でほとんどカバーされている」とケリーさん。あえて自分から取りにいくニュースはないのか、と聞くと「不動産の情報くらいかな。それ以外はすべてニュースが僕の方に近づいてきてくれる」と笑った。

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セントパトリック大聖堂も工事中の看板に「フェイスブックやツイッターでフォローしてね」の文字=井上写す

■シェアされないニュースは「ニュース」になれない

同大学院の起業家ジャーナリズムコースで教えるジェフ・ジャービス教授と雑談した際に、新聞を読まない若者をどう取り込むかについて話が及んだ。ジャービス教授は、デジタルメディアについての著名な知識人だ。持続可能なジャーナリズムとするためにジャーナリズム産業を強くする必要があると強く訴えている。

ジャービス教授の22歳(当時)の息子がどうやってニュースを得ているか。息子の一番のニュースの情報源は、フェイスブックやツイッターなどのソーシャルネットワーク。そして、午後11時頃から放送されるテレビのコメディニュースショー(The Daily Show, The Tonight show, The Late show, Jimmy Kimmel Live!)で、ニュースの復習をしているという。

フェイスブックやツイッターにリンクがあっても、一次資料のワシントンポストやニューヨークタイムズのホームページにはいかない。「ソーシャルのニュースが彼らにとってすべてなんだ」という。ソーシャルメディアで流れる情報の中にニュースも流れていく今、人々にシェアされないニュースは「ニュース」になりえないということだ。

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ニューヨーク市立大学院ジャーナリズムコースのジェフ・ジャービス教授(右)=井上写す

■ジャーナリストはソーシャル上で人の顔をみせなければいけない

「若者と新聞をつなげようとするならば、ソーシャルでいかに読んでもらうかだけに集中しなければいけない」。同大学院の授業の中でウェブサイト上に記者と読者をつなぐ場を作ろうとしていた私に軌道修正したほうがいいとアドバイスしてくれた。今振り返れば当然の話だ。「ニュースはフロー(流れ)の中で消費される」というわけだ。

モバイルでみられることを前提に作るならまだしも、いちいち元のウェブサイトを見にくる人はいない。モバイル、ソーシャルに特化し「ツイッターニュースペーパー」を目指すべきだと言われた。

重要な点はソーシャルを使う際、通信社スタイルで一方的に情報を流すだけのツイッターは逆効果だということ。顔が見えるコミュニケーションをとる記者が成功をおさめる。「ソーシャル上でジャーナリストは一人の人間としての言葉を発しないといけない (Journalist should be human in Social)」と断言していた。ソーシャル上の作法は、上から情報を投げつけるのではなく、対等に会話するように情報を発信していかなければならない、ということだ。

これまでの話は2年前なのだが、ソーシャル上のフロー(流れ)の中でニュースが消費される流れはその後、加速している。

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NowThisNewsの入り口

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NowThisNewsのオフィスには配信される映像やニュース番組が常にオフィスの壁に並べられた5つのモニターに流れている=井上写す

■NowThisに見る米メディアトレンド

短い動画ニュースを届けるNowThisNews(本社ニューヨーク)は、自前のウェブサイトを持たない。ソーシャルネットワークを提供するプラットフォームめがけてニュースを投げる分散型メディアだ。ミレニアルを対象にし、昨年比の50倍、月4億3500万のページビュー(PV)を稼いでいる急伸メディアだ。

フェイスブックやスナップチャット、インスタグラム、ツイッターなどミレニアルが使う媒体にそれぞれの媒体に合わせた形でニュースを届ける。例えば、スナップチャットならおもしろおかしく、インスタグラムは情緒的な写真一枚を選ぶことに力を入れキャプションは最小限に抑える。最大の読者を持つフェイスブックへの配信は、色とりどりのキャプションを使ってニュースを理解してもらうことに注力する。

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ロサンゼルスで開かれたONA2015会議でNowThisの戦略を話すSarah Frankさん(右)=井上写す

■媒体ごとにニュースの表現方法を合わせるNowThis

エグゼクティブプロデューサーのサラ・フランクさんは「ニュース会社は自社のブランドを(フェイスブックやスナップチャットなどの)媒体に押し付けるのではなく、媒体ごとの特徴に合わせる努力を」と2015年9月の全米デジタルジャーナリズム会議(ONA)で話していた。また、若者はツイッターをやっていないことが多いので、スナップチャットに注目しているという。フランクさんは「もっと前回の大統領選挙について教えてなどフィードバックがすごい。ユーザーに語りかけ、やり取りする中でニュースを一緒に作っていく感覚が大事だ」と話す。

ただ、おもしろおかしくニュースを切り取る手法に疑問を持つ人も多い。この点について、フランクさんは「ミレニアルにニュースを知ってもらうための導入口」と割り切る。

「読者(視聴者)のいるところにめがけてニュースを適正な様式で流していく」"Our strategy -- the Distributed Media Model -- means we're bringing content to where the audience lives. "(NowThisのブログサイトMedium上のページ参照)これがNowThisの真骨頂だ。

ニューヨークのロウアーマンハッタンにあるオフィスでは20−30代の若者約40人がパソコンに向かって作業をしていた。ロイター、AP、ABCなどから配信された映像をもとに平均40−45秒のビデオニュースを作り、独特のキャプションをつけたり、構成したりして、ニュースをスマホなどのモバイルで音無しで見ても分かるように伝える。

毎日、ニュース計50−60本をニュースプロデューサー20人で作る。他に、技術系5人やネイティブアドを作るチーム数人がいる。どんな人がどんな時に見ているかが分かるインサイトを分析するために専門の分析家を置いている。

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MediumのNowThisページより。上記のように同じニュースでも媒体ごとに扱いを変えている。

■収入源はネイティブアドとレベニューシェア

収入源は、企業から資金を得て制作する記事のネイティブアドと配信先のメディアMSN、Hulu、AOL、Yahooのレベニューシェアだ。ニュースはミレニアムに見られるようターゲットをしぼっているため、市場にとって取り込みが難しくやっかいとされるミレニアルに刺さるメディアとして、企業にとってNowThisは存在感がある。シェアされやすいコンテンツを作れる上に、インサイト分析のプロと共に、広告主が求めるブランド認知と好感度をあげることができるネイティブアドを生み出すことができるからだ。

分散型メディアで流す短い動画ニュースの領域は、多くのメディアが手がけ始めており、アルジャジーラテレビのAJ+やBuzzFeed、Vox、.Micなどが同様に力を入れている。

ただ、配信映像をもとにしニュースの切り口で勝負しているため、一斉に同様の素材に飛びつき、同じ映像を視聴者が何度も目にしてしまうという可能性がある。例えば「ヘロイン中毒の赤ちゃん」のニュースを通信会社が配信が流した時、AJ+もBuzzFeedもNowThisも同じ映像で編集が違うものだけが、フェイスブックフィードをジャックした。また分散型メディアは、流し先のプラットフォームに依存しているために配信されるかについてはコントロールできず不安定だ。

■PV至上主義からの脱却

ただ、米ではネイティブアドやブランドコンテンツが広告や購読費の代わりに収入源に変わりつつあることから、ページビュー(PV)至上主義から、記事の質を高めたり、記事を読む読者層を絞ったりして記事の質を磨く方向が注目されている。

NowThisのクリスチャン・トムさんは「NowThisの編集局のコンテンツがよいからこそブランドコンテンツ(ネイティブアド)を支えている」と話していた。動画ニュースを通じて、「オーディエンスが何を求めているのかを知っていることが強みだ」とも話しており、良質の記事に共感するファンを作れたことから、ブランドコンテンツの発注が来ることにつながっているという。記事の質がマネタイズに直結するのが米メディアのトレンドになりつつあると言えるのかもしれない。

ONA2015でGoogleNews統括のリチャード・ギングラスさんがコンテンツの内容も評価基準にしたいといった点とも重なる。ギングラスさんは、単なるプラットフォームやサーチエンジンとしてのGoogleから脱却することを示唆し、質の高いジャーナリズムが認識されるためのアプローチを模索していると言っていた。報道記事が作られるまでのプロセスをアルゴリズムに認知させるためのやり方などを考えているという。

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NowThisのフランクさんも登壇したONAの分散型メディアの発表には多くの人が参加した=井上写す

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ONAでのNowThis発表資料

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井上未雪

Miyuki Inoue

東京都出身。旧東京三菱銀行の投資銀行部門から2003年10月に入社。岐阜総局、豊橋支局、名古屋報道センターで、東海地方を中心に行政を担当。2014年11月からメディアラボ。1年間、ニューヨーク市立大院・起業家ジャーナリズムコースに派遣され2015年1月に帰国。ソウル留学を含め社に入って10回引っ越しをしました。旅好きです。