矛盾に満ちた「原発政策」を国民は本気で「議論」せよ--磯山友幸

このまま議論抜きに、なし崩し的に原発存続を「既成事実化」するのは最も危険だろう。
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POOL New / Reuters

 国の中長期のエネルギー政策の指針となる「エネルギー基本計画」の見直しが佳境を迎えている。現在の第4次基本計画は2014年4月に閣議決定されているが、法令でおおむね3年ごとの見直しを求められており、第5次計画は早ければ5月にも閣議決定される見通しだ。

「玉虫色」の方針

 基本計画の見直しは、経済産業省の諮問機関である「総合資源エネルギー調査会基本政策分科会(分科会長・坂根正弘小松製作所相談役)」で議論されている。2003年10月の第1次基本計画以来、2007年3月の第2次基本計画、2010年6月の第3次基本計画と見直されてきた。

 焦点は原子力発電の取り扱いだ。第4次計画では原発を安定的な「ベースロード電源」と位置付けたものの、原発依存度は「可能な限り低減させる」とも明記されている。原発推進なのか、脱原発なのか、はっきりと示さない「玉虫色」の方針になっている。

 もともと、2010年の第3次基本計画までは、原子力発電は「推進する」というのが与野党一致した方向性だった。というのも当時は、温暖化ガス排出量の削減が国際的な重要課題だったからだ。

 民主党が政権を握っていた2009年に、当時の鳩山由紀夫首相は国連で演説し、「2020年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で25%削減」すると明言した。果敢な削減目標を国際公約したことに、国内外から喝采が起こった。だが、その目標を達成するための方策として、原発による発電比率を50%以上にすることを掲げ、2030年までに原発を少なくとも14基増設することも方針とした。温暖化ガスの削減には、温暖化ガスをまったく排出しない原子力の拡大が不可欠だったのだ。

 情勢が一変したのは、東日本大震災に伴う東京電力福島第1原子力発電所事故が起きてから。全電源喪失という「想定外」の重大事故によって、それまで言われ続けてきた原発の「安全神話」に国民の疑いの目が向いた。結果、「脱原発」を主張する声が一気に強まり、それまでの原発推進を声高に主張できなくなった。

 それでも民主党の野田佳彦内閣は原発の再稼動に踏み切ったが、国会前では毎週末、再稼動反対のデモが繰り返された。もともと左派色の強い議員が少なくなかった民主党は大揺れに揺れた。結局、2012年秋には、「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」という「革新的エネルギー・環境戦略」を打ち出した。政府として、脱原発に大きく舵を切ったのである。だが、これには党内の反対論も強かった。脱原発の方針は結局、閣議決定はできなかった。

「なし崩し」の脱原発

 2012年末に自民党が政権を奪還、第2次安倍晋三内閣が発足すると、この「革新的エネルギー・環境戦略」の扱いが問題になった。早速政府は、第4次基本計画の策定に着手。民主党政権時代の方針を正式に「否定」することを狙った。

 だが、国民世論の反発を恐れた安倍首相は、原発論議を真正面から行うことを避けた。福島第1原発事故の記憶が生々しい中で、180度方針を再転換するのは難しい、と考えたのだろう。既存の原発については、「安全性が確認されたものから再稼働する」としたが、あくまで「安全性」の確認は専門家組織である原子力規制委員会に委ねる形をとり、政府が批判の矢面に立つことを避けた。

 第4次エネルギー基本計画でも、一般には意味がよく分からない「ベースロード電源」という言葉で原発の重要性に言及する一方、「可能な限り低減させる」という、矛盾した方針を示した。

 さらに、第4次計画を受けて政府は、「長期エネルギー需給見通し」をまとめたが、そこでは2030年度の原発依存度を「20~22%程度」にするとした。エネルギーの総需要量、つまり分母がどれくらいになるかにもよるが、「原則」である「40年で廃炉」を前提にした場合、既存原発の再稼働だけでは「せいぜい15%」が限界とみられていた。つまり、2030年に「20~22%」を維持するには、原発の「新設」や「リプレース(建て替え)」を行うことが必須条件になるのだ。が、そうした言葉は一切盛り込まれず、20~22%という数字だけを公表した。

 原発推進派が読めば「原発の新設を言外に認めている」となるし、反原発派が読めば、大幅な省エネを推進したうえで、風力や太陽光など再生可能エネルギーの比率を一気に高めれば、原発依存はさらに下げられる、となる。両者に都合の良い解釈を許す、まさに矛盾に満ちた方針だったのだ。

 現在取りまとめている第5次基本計画の焦点は、こうした「矛盾」を打破することができるかどうかだ。原発を一定程度維持するのであれば、将来の新設やリプレースは避けて通れない。一方で、新設をまったく検討しないということになれば、既存の原発が廃炉になるに従って、日本は「脱原発」の道を歩むことになる。いわば「なし崩し」の脱原発である。

安倍内閣は及び腰

 今回、経産省は、エネルギー基本計画を策定する「分科会」の他に、「エネルギー情勢懇談会」という大臣の私的諮問機関を作った。分科会からは坂根分科会長だけが加わり、総勢8人のメンバーでエネルギーの将来像について議論する新組織を立ち上げた。

 経産省のリリースには、懇談会の目的としてこうある。

「我が国は、パリ協定を踏まえ『地球温暖化対策計画』において、全ての主要国が参加する公平かつ実効性ある国際枠組みの下、主要排出国がその能力に応じた排出削減に取り組むよう国際社会を主導し、地球温暖化対策と経済成長を両立させながら、長期的目標として2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減を目指すこととしています」

「他方、この野心的な取組は従来の取組の延長では実現が困難であり、技術の革新や国際貢献での削減などが必要となります。このため、幅広い意見を集約し、あらゆる選択肢の追求を視野に議論を行って頂くため、経済産業大臣主催の『エネルギー情勢懇談会』を新たに設置し、検討を開始します」

 目先のエネルギー需給を前提にした議論ではなく、地球温暖化対策などを前提にすれば、温室効果ガスの削減は待ったなし。そのためには原発を放棄する政策は取れないだろう、という経産省の思いがにじむ。

 だが、安倍内閣は、今回も原発論議を真正面から行うことに及び腰だ。森友学園問題や加計学園問題で、安倍首相が国会で野党の攻撃に晒されている中、さらに国民世論を二分するテーマを切り出すことは不可能になっている。本来は、安倍一強と言われたタイミングで原発論議を進めれば、国会でもそれなりに建設的な意見が出た可能性はある。とはいえ、安倍批判が強まった現状で、さらに内閣支持率を引き下げることになりかねない原発は、国会議論のテーマにできない、ということだろう。

 仮に原発の新設やリプレースなどの文言を含む原発推進色の強い基本方針を閣議決定するとなれば、国会閉幕後の6月以降にずれ込む可能性が出て来る。しかし、その後も秋には自民党総裁選が控えていることを考えると、安倍首相が批判を浴びることが明らかな「原発推進」に明確に舵を切ることは難しい。

「既成事実化」は最も危険

 福島第一原発事故から7年。そろそろ、将来にわたって日本の原発をどうするのか、真正面から議論すべきなのだが、どうも今回もそうなりそうにない。再生可能エネルギーの拡大を掲げる一方で、原発も重要な電源として維持するという「玉虫色」が続くのではないか。

 だが、このまま議論抜きに、なし崩し的に原発存続を「既成事実化」するのは最も危険だろう。再稼働するだけでは足らない原発発電比率を維持するために、40年たった老朽原発の稼働を20年延ばす「特例」が頻発することになりかねない。40年たった老朽原発よりも、現在の最新の技術で建設する最新鋭の原発の方が安全性が高いのは明らかだ。脱原発を本気で進めるのならば、長期にわたる廃炉スケジュールを決める必要がある。いずれにしても、そろそろ本気で国民が議論する時である。

磯山友幸 1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。

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(2018年4月20日
より転載)