インバウンドの増加等、観光産業を取り巻く状況が大きく変化している昨今。一方で、全国各地には、まだ広く知られていない魅力的な地域資源が数多くある。
新たにデータの力で観光を盛り上げようと動き出したのが、奈良県だ。これからの観光産業とデータ活用のあり方とは? 奈良県観光局の船本広大さん、天理市環境経済部の東博さん、データ分析を担うNTT西日本奈良支店の瀬﨑健二郎さんに聞いた。
「安い」「浅い」「狭い」3つの観光課題
── まずは、奈良県全体と天理市の観光課題を教えてください。
船本さん(以下、船本):奈良県の観光課題は、大きく分けると「安い」「浅い」「狭い」の3つです。1つ目の「安い」は、奈良県は日帰り観光客が多く、消費単価が安いこと。京都府や大阪府へのアクセスが非常によいため、奈良県外に宿泊する方が多いのです。2つ目の「浅い」は、滞在期間が短いため、文化や歴史への理解が浅いまま帰ってしまうこと。3つ目の「狭い」は、観光客が県北部にある奈良公園周辺の狭いエリアに集中していることです。
東さん(以下、東):天理市には年間20万人以上が訪れるハイキングコース「山の辺の道」があるのですが、一本道なので日帰りの「通過型」であることが課題です。来ていただけるのは嬉しいのですが、周遊されることがほとんどないので滞在時間が短く、そのため消費単価も低くなってしまいます。より地域のためになる観光産業を育てたいと考えていました。
観光客の属性や人流を「見える化」
船本:こういった課題をふまえて、奈良県では2024年度から、新たに「観光地域づくり」という取り組みを進めています。これまでの取り組みは、県全体のプロモーションやスポット的なイベントがメインでした。今後は、それぞれの地域の魅力をしっかりと磨き上げ、観光を産業として醸成したいと考えています。その第一歩として、NTT西日本と連携協定を結びました。
瀬﨑さん(以下、瀬﨑):NTT西日本グループはこの取り組みで、主に観光データの収集や分析、コンサルティングを担っています。まずは、国や省庁のオープンデータと企業等が保有する有料データを組み合わせ、奈良県における観光客の数、国籍、年代や人流等を「見える化」しました。スタートとして、関係者が共通認識を持つことをめざしています。
東:市は財政規模が小さいぶん、「いかに効果的に施策を打てるか」が重要です。これまでのように勘や経験に頼るのではなく、データ分析によって、しっかりと未来予測をする。それによって、市民により喜ばれる施策につなげたいですね。
船本:県はこれまでも、県民データや、スポット的なイベントの参加者データは持っていました。ですが、例えば「奈良公園周辺に比べて県内の他地域への観光客の来訪が少ない」という課題に対して、「実際の観光客の来訪状況」がわからなければ有効な施策を打ち出せません。また、「日本に来る観光客の目的」等、全体の状況も把握したうえで、新たな施策提案をすることが重要です。NTT西日本のみなさまには、さまざまなデータの「読み解き方」でも気づきをいただいています。
データ活用のキーパーソンを育成
瀬﨑:NTT西日本グループとしては、多くの方がデータを扱えるようにすることも重視しています。そのため、奈良県の民間事業者等に向けた「データ活用の勉強会」を、これまでに4回実施しました。
勉強会では「データの分析方法」「データを使った成功事例」を紹介することから始めています。ワークショップでは参加者同士が会話をする機会を設けて、横の繋がりもつくろうとしています。今後は、特に関心の高い方を「キーパーソン」として、活動の輪を広げていきたいです。
東:天理市内だけで活動をしていると、どうしても視点が偏りがちです。そういった勉強会も、他の自治体や事業者の情報を入手できる機会として、大事にしていきたいと思います。
船本:データをわかりやすくまとめて、私たちから地域の観光事業者を訪ねることもあります。例えば、「山の辺の道」のある地点を訪れている観光客の属性がわかると、ポイントを絞ったプロモーションが可能になりますよね。ご興味に応じて詳細なデータも提示できますし、皆さんから非常に好感触をいただいています。
地域を豊かにする「オーダーメイド型観光地域づくり」をめざす
── 今後めざす観光や取り組みのあり方について教えてください。
東:これからの時代は、やはり地域課題に向き合う持続可能な観光をめざしていきたいです。ただ観光客が増えればいいわけではありません。豊かな景観を維持しながら、住民が思い描くまちの姿に寄り添うことが大切だと思っています。
また、天理市には新たにホテルもでき、環境がかなり変わってきました。これからは、データをもとに、宿泊者が巡る新たなコースを提案していきたいです。市の名産品「柿」の収穫等、観光客と住民が交流し、人手不足等の課題解決にもつながるような「体験型観光」も一層増やしていきたいですね。
船本:東さんと同じく、その地域の住民が思い描くまちの姿に寄り添った観光地域づくりを進めることが大切だと思います。地域の暮らしを豊かにする手段となる観光をめざしたいです。そのため、地域にフォーカスし、地域の思い(オーダー)を実現できるような「オーダーメイド型観光地域づくり」を進めていきたいです。奈良公園周辺に比べ、観光地としてあまり知られていない県内の他地域にも、歴史の奥行きを感じられる魅力的な名所がたくさんあるので、ぜひ訪れてみてください。
瀬﨑:この取り組みを通じて、実はデータ活用にチャレンジしたい人は地域にいらっしゃることに気づきました。そういう人たちを見つけ出し、観光産業の成功体験を積み重ねる「きっかけづくり」をしたい自治体や事業者の方々と一緒に挑戦していきたいです。
地域密着のコンサルティングや伴走は、NTT西日本グループが得意とすることです。西日本エリアでは、30府県の支店が自治体や地域の企業と連携しながら取り組んでいるので、ぜひご相談いただければと思います。
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勘や経験に頼るのではなく、データをもとにした新たな観光産業の創出をめざす奈良県。今後は、地域の人々を巻き込みながらデータを活用し、観光を活性化する動きが全国に出てくるのではないだろうか。
(取材撮影:木村充宏)