エフゲニー・モロゾフ氏によるネットの未来とプライバシー(1)

インターネットは必ずしもばら色ばかりの世界ではない、すべての情報がつながり、ネットに乗るということは、ネット上の行動が誰かに詳細に見られている可能性も意味するー。そんなことを広く実感させる契機となったのが、昨年から続いている、いわゆる「スノーデン事件」あるいは「米NSA(国家安全保障局)事件」だった。
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 インターネットは必ずしもばら色ばかりの世界ではない、すべての情報がつながり、ネットに乗るということは、ネット上の行動が誰かに詳細に見られている可能性も意味するー。そんなことを広く実感させる契機となったのが、昨年から続いている、いわゆる「スノーデン事件」あるいは「米NSA(国家安全保障局)事件」だった。

 元CIA職員スノーデン氏によるリーク情報を元にして、米英の情報機関による大規模な個人情報収集の実態が報道されたことは記憶に新しい。

 私は、ここ1-2年、インターネットと個人のプライバシー保護とのバランスについて、漠とした不安を感じるようになり、つながっていることの危機感を書いた本を、読売オンラインのコラム「欧州メディアウオッチ」で紹介してみた。

 このコラムの中で取り上げたのが、エフゲニー・モロゾフという人物だ。

 モロゾフ氏の名前を聞いたのは、数年前だったように記憶している。インターネット界を席巻する米大手ネット企業グーグル、フェイスブック、アップル、アマゾンに批判的な目を向ける、反シリコン・バレーの論者だという。1984年生まれというから、今年30歳になるはずだ。まだ若い。

 英国のテレビに出ている様子を見たら、メガネをかけた男性が強い東欧のアクセントの英語で話していた。「インターネットが『アラブの春』を起こしたのではない」という趣旨の「ネットデルージョン」という本を書いたという。

 私はネットを仕事でもプライベートでも良く使い、ソーシャルメディアも人並みにやっている。しかし、ネット上のプライバシー情報が米大手企業のサーバーにどんどん蓄積されていることへの不安感がある。どうすればいいのかと思うが、コンピューターの電源を消したり、ネットを一時的にでも使わないだけでは、事態は解決できそうにない。グーグルメガネが市場に出て、ますます居心地の悪さを感じていた。

 そこで、2013年3月に出版されたモロゾフ氏の第2作――書評によると、新たな反シリコンバレーの本――を真剣に読み出した。題名は「すべてを解決するには、ここをクリックしてください -テクノロジー、解決主義、存在しない問題を解決しようとする欲望」(To Save Everything, Click Here (Technology, Solutionism and the urge to fix problems that don't exist)だ。

 中には「もしシリコンバレーが思い通りにやれば、近未来はこうなる」という社会の姿が描かれていた。

 モロゾフ氏のエージェントに連絡を取る機会があり、「クリック」の中味を紹介する許可を得た(特に契約を交わしたというわけではない)。モロゾフ氏及びエージェント側から、一切、金銭はもらっていない。できれば、どこか日本の出版社が翻訳をしてくれればと個人的には思うけれど、探してくれとエージェント側に言われたわけでもない。「勝手に紹介してくれ」というレベルの話である。

 そこで、何回かに分けて、本の内容を紹介してみようと思う。

 やや小難しい部分があるが、意図を汲み取っていただければと思う。(以下は以前に、ネットサイト「日刊ベリタ」でも紹介している。)

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-序ー

 シリコンバレー(=米テクノロジー業界の総称)は誰かが作り出した問題を解こうとしている。

 例えば、グーグルのシュミット会長は2011年、テクノロジーの目的は世界を良くすることだといった。Facebookのザッカーバーグ社長は2008年、グローバルな問題を解決するのが同社の目的だと述べた。

 シリコンバレーのスローガンは「問題を解決すること」、ものごとを向上させることになった。

 何が問題かよりも、物事を変え、人間に行動させる、効率を高めること=善と考える。カリフォルニアは常に楽観主義だったが、デジタル・イノベーションでその傾向が強まった。この向上へ向けての大騒ぎはいつ終わるのだろうか?

 シリコンバレーが主導する世界は、2020年では以下のようになっているかもしれない。

 人はセルフトラッキング(自分の行動をスマートフォンなどを通じて追跡されている状態)装置を身につけており、肥満、不眠、地球温暖化などの問題が解決されている。トラッキング装置がすべてを記憶してくれるので、人間が記憶する必要もない。車の鍵、人の顔ももう忘れない。過去をノスタルジックに思い出すこともない。瞬間がスマートフォンやグーグルのメガネに記憶されるからだ。過去を知りたければ、単に巻き戻せばよい。アップルのSIRI(発話解析・認識インターフェース)を使えば、過去に直面しなかった真実を音声で教えてくれる。

 政治は選挙民から常に監視されているので、裏の駆け引きがなくなった。政治家の言葉が記録され、保存されるので、偽善が消えた。ロビイストはいなくなった。政治家の行動すべてがネット上に出て、誰でもが見れるからだ。

 人はオンラインゲームでポイントを稼ぐために投票行為に参加する。「人間性を救うために」といわれてスマートフォンで投票所にチェックインする。自動運転車があるので、投票場に行くのも簡単だ。町をきれいにするゲームに参加することで、通りは清潔になる。行動のインセンティブがポイントを得ることになるため、市民の義務や責任という考え方がなくなる。

 データの分析で犯罪の発生を未然に防ぐため、犯罪はなくなった。犯罪者がいないので刑務所が必要なくなった。

 誰でもがブログを書き、アイデアの売買市場ができた。新聞はもはや、読者が興味を持たない記事は印刷しない。セルフトラッキングとソーシャルメディアのデータが活用され、人は自分にカスタマイズされた記事を読む。どの言葉が使われるかまでが最適化されている。ウェブサイト上の記事をクリックすると、個々の利用者にカスタマイズされた紙面が数秒でできる。

 セルフ出版の本(電子本)が急増する。本の結末はリアルタイムで変わってゆく。

 映画館では観客はグーグルのメガネをかけており、一人ひとりの気持ちの持ちようで結末が変わる。

 プロの批評家はいなくなった。アルゴリズムで働くクラウドに出た評価が代わりになる。

 このような未来は恐ろしい。この本(「クリック」)では、こうした1つ1つの具体例に疑問をはさんだ。

 前作の「ネット・デルージョン」(=ネットの妄想)ではいかに独裁体制がデジタルテクノロジーを駆使しているかを書いたが、この本では、シリコンバレーが主導する、問題を解決するための手段とその目的に疑問を投げかけた。

 シリコンバレーのやり方に疑問を投げかけるという行為を私たちは十分にやってこなかった。

 「政治から偽善をとりのぞく」、「物事の決定のためにもっと情報を出す」、あるいは「地球温暖化のために行動を起こそう」という目的を誰が疑問視できるだろう?まるで啓蒙主義を問うようなものだ。しかし、こうした問いかけは必要だ。

 シリコンバレーが今のままで進んだら、どんな長期的な結果になるのだろうか。不完全さや不秩序を取り除くことをシリコンバレーは目的とするが、不完全さや不秩序は人間の自由の一部だ。不完全さや不秩序をなくしたら、自由を失うことにもならないか。異端の声が出なくなる社会にならないか。

 すべての問題が解決される必要はないのではないか?(続く)

 (以上は「すべてを解決するには、ここをクリックしてください -テクノロジー、解決主義、存在しない問題を解決しようとする欲望」(To Save Everything, Click Here (Technology, Solutionism and the urge to fix problems that don't exist」から、一部の抜粋翻訳)