テレビ局に勤める私が、どうしてもサスペンス小説を書きたかった理由

小説『呪術』上梓に寄せて
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初瀬礼

◆海外の取材現場でリアルな諜報の世界を見た

元々、ジェームズボンド、ジャックライアン、ジェイソンボーン等スパイや工作員が海外を縦横無尽に駆け回る小説が好きだった私は、大学でロシア語を学んだ後、1991にテレビ局に入社、報道局に配属されました。

小説で描かれた国際陰謀の世界はあくまで荒唐無稽なフィクションの世界、そう思っていた私は入社以降赴いた海外での取材現場で、リアルなスパイ、特殊部隊、テロリストといった存在を目の当たりにしました。

北朝鮮工作員の麻薬密輸事件裁判、旧ソ連崩壊時のモスクワ騒乱、オウム真理教のモスクワ進出事件、初期のアフガニスタン戦争取材、中央アジアで起きた邦人人質事件といった海外の取材現場では常に諜報の世界が冷徹に拡がっていたのです。短期間ながら、警視庁の担当記者だった時に公安部を担当させてもらったことで、日本における防諜の実情も知ることができました。

◆アウトプットの場として小説を選んだ

しかし、それらは職業上で見聞きした経験、知識であるため、会社の許可なくしては外では話せませんし、話の性格上、永久に公にすることができないものもあります。それらをどうにかアウトプットできないかと思っていたある時、知り合いの編集者にこう言われました。

「これまでの経験をフィクションに置き換えればいいじゃないですか?」

モスクワ駐在員を終えてから数年が経った2009年頃、試しに書いたのが「北朝鮮の実験中のミサイルが誤って日本に着弾、そのことを切っ掛けに北朝鮮で政権崩壊が起きて、若き指導者が誕生する」というシミュレーション小説『ミサイル着弾』でした。書きあげたものの、諸条件が折り合わず、出版の時期を逸してしまいました。しかし、その時の経験からさらに長編を書いてみようという意欲が湧いて書いたのが、アルバニアで昔存在した復讐を巡る因習をベースに書いた『血讐』です。とある小説賞の賞を取り、会社の許可も得て作家デビューすることになりました。二作目のシストは中央アジアで発生した謎の病気が世界を脅かすというもので、いずれの作品も海外を舞台にしたもので、自分がかつて経験したことをモチーフに想像を膨らませるという作業をした結果です。

◆プロデューサーの傍ら、時間を捻出

『血讐』を書いた時は夕方のニュース番組の特集担当プロデューサー、『シスト』を書いたのは午前の情報番組のチーフ・プロデューサーだった頃です。「時間の捻出をどうされたのですか?」とよく聞かれますが、夕方のニュース番組担当時には出勤前に会社近くのカフェで書いていました。午前の帯番組を担当していた時は午前3時半に起きて、夜は会食という毎日だったので、平日は時間が取れなかったため、土日に近所の喫茶店や図書館で書いていました。

◆なぜ、主人公は「普通の人」なのか?

今回書いた『呪術』というタイトルからホラーなど怖い小説を想像される方がいるかもしれませんが、アクションやミステリー要素も入れたサスペンス小説です。

30代のツアーコンダクター・麻衣は、仕事として訪れたモロッコで、テロに巻き込まれる。ピンチをくぐり抜け後、偶然に救うことになったのは、呪術師に追われているというアルビノの少女・ケイコだった。その肉体は、呪術師にとって「最高の材料」だというのだ。麻衣はケイコを連れ日本に渡るが、待ち受けていたのはさらなる危機。不穏な動きを察知した警視庁公安部の「落伍者」園部と共に、「敵」を迎え撃つ計画を練るが───(「呪術」あらすじ)

しかし、これまでの3作品、いずれの主人公もスパイや特殊部隊員など「スーパーマン」ではありません。しかも、全員が女性です。今回の「呪術」の主人公は離婚歴があり、忘れたい過去を引きずる30代の女性ツアーコンダクター。ちなみに処女作の「血讐」は、通り魔殺人の兄を持ってしまった若い母親、「シスト」は日本から追放されたロシア人のKGB職員を父に持つハーフの女性ジャーナリストです。小説の中には公安刑事や、米露の諜報機関員も出てきますが、あくまでサブキャラに留めています。私が好きな月村了衛さんの『土漠の花』のように必然性があれば良いのですが、小説の中で日本の警察官や自衛隊員が海外で活躍する姿にどうしてもリアリティを感じられず、主人公が活躍するイメージが浮かびませんでした。その結果として、ごくごく普通の人達が海外の極限状態に置かれたらどうなるかを描くことにしたのです。

◆アメリカのドラマや映画を意識した

主人公の麻衣がタンザニアで12歳のアルビノ(先天性色素欠乏症)のケイコを救うことから『呪術』は始まります。アルビノの人達がアフリカで現実に遭遇している「アルビノ狩り」という社会的な背景もベースにしつつ、武装勢力とのカーチェイス、乗っていた飛行機が撃ち落とされるといったように物語はジェットコースターのように進みます。二人が帰国した後もさらなる急展開が続きますが、そこはフィクションということでご容赦を。自分自身、『24』や『ホームランド』、『ボーンアイデンティティ』といった展開が早いアメリカのドラマや映画が好きなこともあり、影響を受けた部分は相当あります。

幸い、アルビノのエンターテイナー粕谷幸司さんからは「リアリティに何度も唸りました」とか、知人の社会学者、古市憲寿氏のように「読み始めたら一気だった」というお言葉をいただけているのは嬉しい限りです。もっとも、古市氏からはこんなお言葉もいただいていますが......。

「呪術」という超現実的な風俗が、うまく東京の日常と交差している。考えれば、毎朝テレビで占いを放送する日本は、「呪術」の国でもあった───

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新潮社

呪術』(新潮社)