=====米国、金正恩に「人権」という刀を向ける
7月6日、米国政府が人権問題を理由に特定国家の最高責任者を制裁する史上初の措置を発表した。金正恩(キム・ジョンウン)と黄炳瑞(ファン・ビョンソ)など個人15人と8つの関連機関を北朝鮮における人権侵害に責任があるとして制裁対象に決定した。
北朝鮮が国際社会を対象に起こしている拉致、テロ、武力挑発、核兵器開発などはもちろん、北朝鮮で常に発生している非正常的かつ非人道的な問題の解決への糸口を、遅ればせながら見出したようで、心より歓迎し支持する。
今回の制裁措置について米財務省は「金正恩政権で何百万人もの北朝鮮住民が法律に基づかない処刑や強制労働、拷問など耐えがたい残虐行為や苦難を強いられている」とし、究極的責任は結局、最高指導者である金正恩にあるという見解を明らかにした。大変正しい指摘だと思う。
=====他国民の人権も侵害、日本も拉致被害
北朝鮮による人権侵害は北朝鮮住民に限らない。堂々と核実験を強行したり、今年だけでミサイルを10回以上発射したりする行為自体が、他国民の命と安全を脅かす人権侵害なのだ。また、日本政府が北朝鮮の人権問題を提起する際に必ず指摘する外国人拉致被害者問題もある。
米国の著名なNGOである「北朝鮮人権委員会(HRNK)」が発表した「北朝鮮の外国人拉致犯罪」に関する報告書『Taken!』(2011)によれば、これまで北朝鮮が拉致した外国人被害者は12ヶ国に渡り18万人に達する。
*「北朝鮮における人権に関する国連調査委員会」の最終報告書は、北朝鮮が1950年以来、子どもを含む20万人以上の外国人を拉致していると推定している(最終報告書p.398を参照)
マルズキ・ダルスマン前国連北朝鮮人権状況特別報告者は、今年1月に日本を訪問し拉致被害者の家族と面会する場で、「北朝鮮は拉致が政府指導部との共謀で行われており、最高指導部もこの事実を承知していることを認めるべきだ」と指摘した(関連記事)。
日本政府は17人の日本人を拉致被害者と公式認定しており、これ以外にも北朝鮮によって拉致されたと推定される「特定失踪者」も数百人にのぼるという。
日本人拉致被害者の場合、金正日(キム・ジョンイル)政権の時に当局の指示によって拉致されたケースがほとんどだが、この問題は依然として未解決のままであり、現政権の最高指導者である金正恩にその解決の責任がある。
しかし、被害者の安否確認のような、解決に向けた基本的な手続きもまだ行われていない。日本政府はこれまで拉致問題の解決のために繰り返し対話と交渉をトライしてきたが、北朝鮮政権は一度も誠意ある態度を見せたことがない。
むしろ交渉の度に「北朝鮮に対する制裁解除」などの要求を言うばかりだった。これは交通事故を起こして損害賠償をすべき加害者が、むしろ相手にお金を出せと言うことと同じではないか。
=====人を道具扱いする非人道的な拉致犯罪
かつて金正日政権で行われた外国人拉致は、外国人をスパイ活動に利用することが主な目的だった。海外に派遣されるスパイが拉致された外国人に成りすますか、スパイに派遣国の言葉や文化を教えるのに拉致された外国人を利用した。または、先進技術を保有する外国人を拉致して北朝鮮に伝授させることもあった。
金正恩政権がスタートしてからも北朝鮮は外国人拉致を続けている。
しかし、最近の北朝鮮による外国人拉致は、他国民を「人質」にして外交的ディールのカードとして使ったり、政治的報復の一環として拉致を試みるなど、その性質がさらに悪辣になった。観光目的で北朝鮮を訪れた外国人や中国の国境地域で活動する外国人を強制逮捕して、北朝鮮が不利になる度に思い出したかのように彼らのことを取り上げ脅迫する。
今回米国の人権制裁の直後にも、米朝間の外交接触チャンネルである「ニューヨークチャンネル」の遮断を通告しながら、「米朝関係において提起されるすべての問題は北朝鮮の戦時法にのっとって処理されることになり、現在拘束されている米国人問題も例外ではない」と言及したのは北朝鮮の典型的な「人質外交」のパターンだ。
これだけじゃない。5月に中国にある北朝鮮レストランの従業員らが集団的に亡命した時も「韓国による拉致」と強弁する一方で、海外工作員に韓国人および主要脱北者100人を拉致するよう特命を出したとされる(関連記事)。もはや対価の要求レベルを越えて単純な報復のために無辜な他国民を拉致するとは、非人道極まりない行為である。
先日、北朝鮮の子供を誘拐・拉致しようとしたとして北朝鮮に逮捕された脱北者の高賢哲(コ・ヒョンチョル)氏が記者会見をし、韓国の情報機関の指示を受けて誘拐を試みたと述べた。しかし、私は高さんも新たな拉致被害者の一人だと考える。
集団脱北で神経質になった金正恩において「脱北者」とは「裏切り者」で「処罰すべき者」であるから、彼らを再び連れて来て懲らしめると同時にこのような捏造にも利用するのである。韓国政府は、北朝鮮が高さんをはじめ抑留中の韓国国民を速やかに解放して直ちに送還することを求めている。
=====北朝鮮人権問題の解決なしでは核・ミサイル問題の解決もない
北朝鮮で起きているすべての非正常的な問題の本質は「人権軽視」である。特に、自ら北朝鮮を経験した脱北者らは、奴隷よりも惨めな生活を強いられている北朝鮮住民の人権問題を解決しなければ北朝鮮の核・ミサイル問題も解決できないと口をそろえて主張する。
国際社会の制裁が強化されるにつれて窮地に追い込まれた金正恩政権は、北朝鮮住民にさらに過酷な労働と上納金を強要している。言い換えれば、北朝鮮住民の苦痛と犠牲を制裁の影響を回避するための「逃げ道」にしているのである。この逃げ道を遮断しなければ、北朝鮮を完全にコントロールすることができず、核兵器・ミサイルの開発を諦めさせることもできない。
=====人権侵害の責任者に対する警告...ICCで国際法にのっとり処罰すべき
今回の北朝鮮人権制裁の対象に最高指導者である金正恩をはじめ、人権侵害に責任のある高官や北朝鮮で最も強力な権力を行使している中核機関を果敢に含ませたことは、「北朝鮮の体制が崩壊したら現在の人権蹂躙にかかわった犯罪者は地位を問わず国際法にのっとって処罰される」という強い警告を発したということに大きな意味がある。
金正恩の側近の未来に対する不安感を極限まで高めることで、最終的には北朝鮮体制の亀裂を誘導して内部からの変化を引き出す、それこそ南北平和統一の転機をもたらす画期的な措置だ。
米国務省のある高官は「北朝鮮の強制収容所の運用と脱北者の逮捕を担当する中間管理らもリストアップしてある」と述べ、今回の発表が始まりに過ぎないことを示し、人権制裁の波及力はさらに大きくなるものとみられる。
今回の米国の人権制裁は「北朝鮮住民」に対する金正恩政権の人権蹂躙に焦点が当てられていたが、これをきっかけに他国民に対する人権侵害にまで対象範囲が拡大することを願う。なお、他の国も米国の制裁に足並みを揃えて、今後国連でも北朝鮮人権制裁が採択されることを期待する。ひいては、私は北朝鮮の人権犯罪が国際刑事裁判所(ICC)に提訴され、国際人道法の枠組みの中で議論されて裁かれるべきだと考える。
そして、北朝鮮住民にも金正恩はもちろん金正恩の側近など、北朝鮮の人権弾圧にかかわる加害者たちは国際法によって処罰することができるということを積極的に伝えなければならない。
1862年9月のリンカーン元米大統領の奴隷解放宣言と1865年の奴隷制度を撤廃する法令により、米国では奴隷制度がなくなり数百万の奴隷が自由の身になって人権を保障されるようになった。
奴隷解放は「自由の国」米国を成し遂げ、米国の平和と繁栄そして発展の土台になったと思う。今回の米国の北朝鮮人権問題に対する制裁措置が、北朝鮮で首領の奴隷として生きている北朝鮮住民を解放し、彼らに自由と人権を保障する礎になることを切に希望する。
イ・エラン 韓国・自由統一文化院 院長、1997年脱北