南北首脳会談と朝鮮半島のナショナリズム

2つのシーンがとくに強く印象に残った。

一つの民族、同胞(はらから)...。平壌での今回の南北首脳会談で、現地から送られてくる映像、韓国での報道ぶりをみていて改めて思ったのは、朝鮮半島に住む人たちの自らの民族への思い、民族意識の強さというものだった。

2つのシーンがとくに強く印象に残った。一つは、文在寅大統領が平壌のマスゲーム会場で大観衆を前に演説した場面、もう一つは、文大統領が金正恩委員長とともに中朝国境の白頭山に登ったシーンである。

■15万人の拍手と歓呼

文大統領のマスゲーム参観は訪朝2日目、首脳会談で「共同宣言文」をまとめた後の9月19日夜だった。15万人収容の「5・1競技場」で北朝鮮自慢の集団体操を見た後、会場を埋め尽くした市民歓呼のなか、大統領は第一声、まず次のよう呼びかけた。

「平壌市民のみなさん、北の同胞、兄弟のみなさん。平壌でみなさんとこのように会うことができ、本当にうれしく思います」

やや上ずった声。歓呼と拍手が一段と高まるなか、大統領は一語一語を噛みしめるように、次のように続けていった。

「金正恩委員長と私は、韓(朝鮮)半島でもう戦争はなく、新しい平和の時代が始まったことを8千万同胞と全世界に厳粛に宣言しました」

「わが民族の運命は私たち自身が決めるという民族自主の原則を確認しました」

「南北関係を全面的、画期的に発展させて断絶した民族の血脈をつなぎ、共同の繁栄と自主統一の未来を引き寄せようと固く約束し合いました」

「金正恩委員長と私はきょう、韓半島で戦争の恐怖と武力衝突の危険を完全になくすための具体的な措置に合意しました」

「白頭山から漢拏山まで、美しいわが山河を永遠に核兵器と核の脅威のない平和の地として子孫に引き継いでいくことを確約し合いました」

■「70年間の敵対を清算しよう」

観衆総立ちの拍手と歓声。会場の興奮は、次のような訴えで極まっていった。

「平壌市民のみなさん。わが民族は優秀です。強靭です。わが民族は平和を愛します。そして、わが民族は、いっしょに暮さなければなりません」

「私たちは5千年間いっしょに暮らしながら、この70年間別れて暮らしてきました。私はきょう、この席で過去70年間の敵対関係を完全に清算し、再び一つとなるための、平和への大きな一歩を踏み出すことを提案します」

「金正恩委員長と私は、北と南8千万同胞と固く手を握り、新しい祖国をつくっていきます。いっしょに新しい歩みを始めましょう」

7分余の演説だったが、韓国の大統領がこのような形で北朝鮮の市民に直接語りかけるのはもちろん初めて。映像は、観衆の表情も映し出した。どの顔も南から来たこの大統領の一挙手一投足に目を凝らし、その一言半句も聞き漏らすまいと必死の様子がそのまま伝わってくる。

■「霊峰」の天池バックに記念撮影

白頭山登山は大統領訪朝最終日の翌20日。早朝、平壌の順安空港を発ち、空路登山基地の三池淵空港へ移動。車とケーブルカーを乗り継ぎ、山頂に立った両首脳は、この山を象徴するカルデラ湖・天池をバックに記念撮影。2人で手をつなぎ、それを高く持ち上げてポーズを取り、カメラにおさまった。

標高2,744メートル、朝鮮半島の最高峰。朝鮮民族発祥の地とされ、南と北が共にそれぞれの「愛国歌」(国歌)に次のように歌いこんでいる。

韓国  〽東海(日本海)が乾き果て 白頭山が磨り減るときまで...(1番の歌い出し)

北朝鮮  〽白頭山の気性を余さず抱き 勤労の精神は宿り...(2番の出だし)

北朝鮮が、金日成主席の抗日パルチザン闘争の舞台として「聖地」とすれば、韓国民も「民族の精気」が宿る「霊峰」とあがめ、あこがれる。

その山頂で両首脳夫妻が談笑し、大統領夫妻が天池に手を浸し、ペットボトルに水を汲む。韓国のメディアはこれを、興奮気味の口調で次のように速報した。

「文在寅大統領と金正恩委員長の両首脳はきょう、民族の霊峰白頭山にいっしょに登り、南と北が一つの同胞(はらから)、一つの民族だということをいま一度、確認し合いました」(YTNニュース)ttps://www.youtube.com/watch?v=mbZHmAW3PRY

■民族の思い込めた共同宣言

朝鮮半島が南北に分断されて70年余。この間、冷戦構造に封じ込められ、時の経過とともに民族統一への思いは冷めてきたともいわれる。実際、韓国の各種世論調査では若い世代を中心にそうした傾向がみられたのも事実である。

しかし、今回の首脳会談を見ていて感じたのは、実際に統一が可能かどうかということとは別に、それが「民族の正義」として南北をまたぎ広く共有されているのは間違いないということだ。

今回両首脳が合意した「9月平壌共同宣言」にはそうした民族の思いがにじみ出ている。前文のなかには次のような一文がある。

<両首脳は、民族自主と民族自決の原則を再確認し、南北関係を民族の和解と協力、確固たる平和と共同繁栄のために一貫して持続的に発展させていくことにし、現在の南北関係の発展を統一へとつなげていくことを願う全同胞の志向と念願を政策的に実現するために努力していくことにした>

この共同宣言とは別に、その「付属合意書」として「板門店宣言軍事分野履行合意書」も採択した。そこでは武力衝突の防止へ軍事演習を厳しく規制し合ったほか、境界海域一帯に「平和水域」と「モデル共同漁業区域」を設けるといった内容も盛り込んでいる。

韓国大統領府はこれを「実質的な終戦宣言」としており、この南北間の約束に米国も巻き込んでいこうとしているのは間違いない。

■「自国の運命は自らで...」

朝鮮半島問題の解決は当事者である自らの手で―。文在寅大統領はこの間、こんなメッセージを繰り返し発してきた。大統領就任3カ月後の昨年8月15日の光復節演説では次のように訴えた。

「(南北)分断は、私たちが自ら自国の運命を決めるだけの力がなかった植民地時代の不幸な遺産です。冷戦の中にあってそれを清算できなかった。しかし今、私たちは自ら自国の運命を決めることができるほどに国力が大きくなった。朝鮮半島の平和も分断の克服も、私たちの力で成し遂げていかなければなりません」

同年11月1日、国会での施政演説でも次のように説いた。

「わが民族の運命は私たち自らが決めていかなければなりません。植民地支配や南北分断のように私たちの意思と無関係なところで私たちの運命が決められた不幸な歴史を繰り返してはならない」

文大統領のこうした発言や、今回の共同宣言に見られる「民族」「同胞」への言及は文字通り、そのまま朝鮮半島のナショナリズムの発現と言い換えていい。

それは「南北関係の発展と統一」(共同宣言)へと未来方向に向かっているだけではなく、過去へもさかのぼる。その場合、日本の植民地支配に突き当たるのは必然だ。実際、今回の共同宣言には次のような一文も盛り込まれた。

<南と北は、...(来年の)3・1運動100周年を南北が共同で記念することにし、そのための実務的な方案を協議していくことにした>

■信頼醸成は過去直視から

日本で北朝鮮の問題といえば、核・ミサイル問題や日本人拉致の問題として語られることが多かった。重要な問題であることは間違いないが、しかしそれらは、それ単独の問題として存在しているわけではない。それぞれに過去の歴史、経緯を引きずり、複雑に絡み合っている。

大前提となってきたのは朝鮮半島の南北分断と対立だった。古い冷戦構造を引きずったその基本構図がいま、崩れ始めたのである。トランプ米大統領と金正恩委員長が史上初の首脳会談(6月12日、シンガポール)をおこない、その共同声明で「相互の信頼醸成」をうたい上げた。そして今また、2度目の首脳会談に向けて動き出している。

日本も対応が迫られる。安倍首相は遅ればせながら北朝鮮との「信頼醸成」に言及し始めているが、言葉だけでは前に進まない。

根本は「過去清算」の問題だ。振り返って考えると、日朝間の最大の課題はそこにあったはずである。いまは、その原点に立ち返ってまず、植民地支配の過去を直視し、そのうえで、北東アジアに大きな平和の絵柄を描いていくことが日本には求められる。

「拉致」も「核・ミサイル」も、そうしたなかから解法を見つけ出していく以外にない。

(2018年9月25日「コリア閑話」より転載)