14日、麻生副総理は岐阜県羽島市の街頭演説で、以下のように発言されたようです。
何が起きるかわからない。起こってからじゃ遅い。しかも今回の場合は、大量の難民が来ることを覚悟しなきゃならない。難民をどこへ収容するか。その人たちは不法難民。武器を携帯してるかもしれない。テロになるかもしれない。その時に我々はきちんと対応できる政府を持っておかねばならん。
以前にも「難民が大挙して押し寄せてきてテロを起こす危険性」について述べられたそうですが、その発言に信ぴょう性はあるのでしょうか?
以前に書いたブログ「朝鮮半島有事で日本に大量に『難民』が流入するの?」と「『武装難民』は射殺してもいいの?」と重なる部分もありますが、発言の真偽について再確認しておきましょう。
1)大量の難民が日本に来るの?
以前のブログにも書いた通り、朝鮮有事の際に大量の難民は日本には来ません。北朝鮮の人々にとって最も魅力的な避難先は、言語的・文化的・歴史的背景や親族関係も近い韓国です。
北朝鮮出身者は、韓国に逃れたら原則的に韓国籍を与えられることになっていますし、既に韓国政府は非常に手厚い支援パッケージを脱北者に提供しています。非武装地帯(いわゆる38度線)を越えられない場合でも、北朝鮮と地続きの中国やロシア経由で韓国入りを目指すでしょう。
恐らく唯一、命がけでも舟で日本に渡りたい方々は、日本人拉致被害者の方々、「北朝鮮帰還事業」で北朝鮮に渡った方々、その子孫の方々でしょう。
その方々は(元)日本人ですので、就籍を支援する、あるいは「日本人の配偶者等」や「定住者」の在留資格を付与するのが筋ですし、日本国全体として帰還を温かく迎えるのが当然でしょう。万が一自衛のために武器を携行していたとしても、誤っても「射殺」などしてはいけません。
今年1月に韓国の軍事専門家が、北朝鮮人民の階級や所得、居住地域、船の所有の可能性などの細かいデータを分析した結果、朝鮮有事の際にわざわざ海を渡って北朝鮮から日本を目指す人は、3600人程度に留まるだろうとの見込みを発表しています。
3600人を「大量」と呼ぶのが相応しいか分かりませんが、その程度であれば、万が一全員を一時的に「収容する」必要が出たとしても、既存の入管施設で対応できる範囲内です。
2)難民を「収容」しないといけないの?
難民には(庇護申請中も含めて)基本的に「移動の自由」が認められています(難民条約第26条)。命からがら逃れて来た人を十把一絡げに「強制収容」するのは、そのような国際法上の原則や憲法第34条から見ても、明らかに違法です。
少なくとも金正恩体制が続いている限りは「迫害のおそれ」がありますので、身元確認が終わり次第、一時庇護上陸(入管法第18条2)を許可して、速やかに「宿泊施設」に移送すべきです。
実際、日本には1970年代後半から1990年代にかけて計13000人を超えるボートピープルが辿り着きましたが、いわゆる「収容」ではなく、移動の自由が確保されている「宿泊施設」が提供されていました。日本政府にも民間団体にも、その時に得た豊富な知見がありますので、それを生かせばよいのです。
ただし実際問題として、しばらく収容しなければならない「庇護申請者」(「難民であること」を確認中の人)や不法入国者も出てくるでしょう。人数的には極めて少数のはずですが、北朝鮮からの流入民の中に金正日体制の幹部やいわゆる「工作員」と呼ばれる人が混ざっている可能性も、仮想上は全くゼロではありません。
そのような人々の中に、「平和に対する犯罪」「戦争犯罪」「人道に対する犯罪」あるいは「国連の目的や原則に反する行為」などを行った人がいれば、そもそも「難民」の定義に当てはまりません(難民条約第1条F)。
また「工作員」などで、日本の安全にとって危険人物であることが判明した場合には、(有事の間は物理的に難しいと思いますが、「拷問のおそれ」がなくなれば北朝鮮に)追放・送還して良いことになっています(難民条約第33条2項と拷問禁止条約第3条)。
一部の方々からは批判されるかもしれませんが、特に北朝鮮という国の特殊な事情に鑑みて、人定事項や入国目的の確認が非常に困難なケースの場合は、収容期間が例外的に長くなってしまうケースが出てくることはやむを得ない、と私は思います。
いずれにせよ上記のような北朝鮮幹部や工作員などは(少なくとも金正恩体制が続く限りは)「迫害のおそれ」が無いので、そもそも「難民ではない」ことは強調しておきたいと思います。
3)「不法難民」とは誰のこと?
麻生副総理がどういう人達のことをさして「不法難民」と言ったのか定かではありませんが、もしパスポートやビザを持たずに不法に入国してきた難民のことを指しているのであれば、国内法的にも国際法的にも完全に間違いです。
「不法に入国してきた難民を処罰してはならない」という原則(難民条約第31条)が、既に1951年から国際的に確立していますし、日本も1982年からその原則が国内法として施行されています。
ちなみに9月の副総理の「射殺」発言の直後、「武装難民」という概念の「ある」「なし」が一部で議論されました。
一般に「武装難民」という言葉は、ことに90年代からルワンダ危機などで顕在化した「難民の武装化」(armed refugees、refugee warriorsまたはmilitarisation of refugees)という現象で、主に周辺国に難民として逃れた後、難民キャンプ内やその周辺で武器が流通し、キャンプ内で軍事訓練や母国に向けた攻撃準備が行われる問題をさしています。
漂着時に武器を携行している人をどう対処すべきかという議論とは、文脈が全く異なる概念です。
またそもそも、そのような概念の有無が問題なのではなく、実際に武器を携行している漂着民が来たらどう対処するのが「正しいのか」を考えるのが重要なことでしょう。
4)「武器の携帯」の可能性?
詳細は以前のブログを参照頂きたいですが、「武器を携帯している」だけでその人が難民でないとは言えません。自衛のために武器をもって辿り着く人や、北朝鮮軍部による強制徴兵制度を逃れてきた(元)軍人かもしれないからです。
もし安保法制に基づいて日本も「紛争当事国」となった場合には、国際人道法が適用し始めますが、ジュネーヴ条約第一追加議定書第50条によると「武器を携行していること」だけをもって直ちにその人を「戦闘員」(軍人)と見なすことはできません。
「直接的な攻撃行為に参加していない人は、文民として保護しなければならない」というのが国際人道法の原則であり、国際赤十字社が最近出した指針です。
そもそも今の北朝鮮の状況で何かの武器をもって舟で出国できる人は非常に限られると思いますが、仮に北朝鮮の軍人(あるいは民兵や便衣兵)と疑われる人が武器を携帯している状態で日本の領海に入域したら、まず武器放棄を命じて、どうしても必要であれば威嚇攻撃の上、拘束し収容する、というのが順当な手続きでしょう。
また上の2)で書いた通り、体制幹部や工作員などは、武器は一切持たずに市民や戦争被災民を装って入国を試みると思いますので、そちらの方が質的には審査がずっと難しくなると思います。
5)難民はテロリスト?
世界にはテロリストの定義がありませんので網羅的な統計資料はないのですが、欧州諸国で起こっている「テロ事件」は、いわゆる「ホーム・グロウン・テロリスト」すなわち自国民あるいは移民の2世・3世などによるものが殆どです。
その国の社会経済政策に極端な不満を持っている者、またはひどい外国人差別などの被害者が、自暴自棄になって起こしたものです。テロの原因は「彼らが外国人だから」ではなく、「その国の社会経済政策や移民の統合政策が失敗しているから」です。
そもそも、日本には既に223万人以上の定住外国人がいますし、難民や庇護申請者も近年1万人以上、日本に来ています。彼らによる「テロ事件」というのは聞いたことがありますか?
少なくとも戦後に日本国内で起きた「テロ事件」は全て日本人によるものです。複数の市民が犠牲になった日本における大規模殺傷事件(例えばオウム事件、佐世保の乱射事件、「津久井やまゆり園」の事件)も、犯人は外国人ではありません。
少なくとも過去の事実に基づくのであれば、日本人によるテロ対策に力を入れるべきでしょう。これはおそらく「外国人はテロリスト」という幻想を広めたい人にとっては「不都合な真実」だと思いますが、幻想ではなく真実を直視したいものです。
ちなみに国際法上、万が一庇護を求めてきた人がテロを画策していることが判明したら、その時点でその人は「難民」の定義から外れますし、もし一旦「難民」として認定されても、日本の安全にとって危険人物であることが判明した場合には、一定の条件下で母国に追放・送還して良いことになっています(難民条約第1条Fと33条2項)。
もちろん、副総理自身が上で書いたような国際難民法や国内入管法の詳細を最初から知っている必要はないかもしれません。
でも、もし本当に難民危機が訪れると思っているのに、私のブログで書いてきたようなベーシックなことさえブリーフできる人材がいない政権、あるいはブレインはいるのにその人が言うアドバイスや事実に基づかない言説を繰り返す副総理がいる政権で、本当に大丈夫なのでしょうか?
選挙中なのであえて明記しておきますが、私は個人的に「反自民」ではありません。自民党内にも、知性と良心を持った素晴らしい政治家が(特に宏池会系を中心に)沢山いらしたと理解しています。けれども現政権が北朝鮮難民に「きちんと対応できる政府」なのかどうか、麻生副総理の発言を聞く限り、残念ながら疑問を持たざるをえません。