北朝鮮 増すばかりの「核の脅威」

北朝鮮は核兵器の材料となるプルトニウムや濃縮ウランの生産を続け、核兵器の材料を増やし続けている。
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金正恩氏の「水爆発言」の真意は?

党機関紙「労働新聞」は12月10日、金正恩第1書記が改修された平壌の平川革命史跡地を現地指導したと報じた。平川革命史跡地は北朝鮮で最初の兵器工場となった場所で、いわば北朝鮮軍需産業の発祥の地だ。

金正恩第1書記はここで「金日成主席の不眠不休の労苦によってつくられた一挺一挺の銃がこんにちは党と革命、祖国と人民を守る銃剣の林になり、主席がここで鳴らした歴史の銃声があったので今日、わが祖国は国の自主権と民族の尊厳をしっかり守る自衛の核爆弾、水素爆弾の巨大な爆音を響かせることのできる強大な核保有国になることができた」と語った。

北朝鮮が既に原爆だけでなく、水爆まで保有していると取れる発言だけに内外に大きな波紋を呼び起こした。米国のアーネスト大統領報道官は10日の記者会見で、金正恩第1書記の発言に対し「われわれの持つ情報の限りでは非常に疑問だ」と述べ、米情報当局は北朝鮮が水爆開発に成功したとはみていないとした上で、北朝鮮の政策や行動が地域を不安定にしていると懸念を表明した。

韓国の情報当局は「北が水爆を開発したという情報はない。核弾頭の小型化にも成功していない北が水爆製造の技術を持っていないと判断する」とし「金正恩第1書記の発言は修辞的な意味が大きい」とした。

党機関紙「労働新聞」は2010年5月12日に「科学者らが核融合反応を成功させるという誇りに満ちた成果を収めた」と報じたことがある。しかし、その後も、北朝鮮が核融合に成功したという確証はない。今回もこれに似たものとの反応が一般的だ。

核兵器15~22個分

北朝鮮が水爆の開発に成功したと見る人は少ないが、北朝鮮は核兵器の材料となるプルトニウムや濃縮ウランの生産を続け、核兵器の材料を増やし続けている。米国研究機関「科学国際安保研究所(ISIS)」は10月8日に報告書「北朝鮮のプルトニウムと武器級ウランの在庫」を発表し、「北朝鮮が保有しているウランとプルトニウムの量は核兵器15~22個分と考えられる」とした。

米ジョンズ・ホプキンズ大客員研究員のジョエル・ウィット氏は12月16日、韓国のワシントン特派員との懇談会で「我々の予測では、北朝鮮は2020年頃に100キロトンの爆発力を持つ核兵器を製造できる段階に到達するだろう」と明らかにした。

ウィット氏の語る「100キロトンの爆発力を持つ核兵器」を韓国メディアは「水素爆弾」と報じたが、水素爆弾にしては爆発力が小さい。ウィット氏の語ったのは、原爆と水爆の中間段階にある「ブースト型核分裂弾」(強化原爆)のことではないかとみられる。

韓国国防部の李(イ)サンチョル軍備統制団長は12月21日、学会での発表で水素爆弾保有は国内向けの宣伝とみられるが、北朝鮮が既に「ブースト型核分裂弾」を開発した可能性が高いと指摘した。

ウィット氏は2月に、北朝鮮が既に、日本のほぼ全域を射程に収める中距離弾道ミサイル「ノドン」に核弾頭を搭載する能力を持っていると警告したことがある。

つまり、北朝鮮が核融合や水爆の開発に成功したというのは信じがたいが、北朝鮮の核の脅威が増大し続けているのは疑いようのない事実だ。

米国のオバマ政権は「戦略的忍耐」と称して、北朝鮮の姿勢変化を待ち続け、自らは北朝鮮の核問題に関与せず、中国に責任を転嫁した。その結果がこれである。オバマ政権の「戦略的忍耐」は明確に失敗した。北朝鮮が核を廃棄すると考える専門家はいないだろう。

「党大会」後「米大統領選」までの危うい期間

筆者は牡丹峰楽団の公演中止や南北当局者会談の決裂など、様々な不安定要因を抱えながらも、金正恩体制は来年5月の第7回党大会までは比較的安定した動きをするのではないかと考える。金正恩第1書記は「権力の掌握」から「権力の安定」を通じて第7回党大会で金正恩体制の基盤を固めて本格的な「金正恩時代」のスタートを切る考えとみられる。

そのためにも中朝関係や南北関係は成果を生み出すまではいかなくても、緊張関係に持ち込むことは避ける可能性が高い。金正恩第1書記が語る「平和的環境」づくりが必要な時期だ。

一方で、金正恩政権の基本路線である経済建設と核開発を同時にすすめる「並進路線」は貫徹していく姿勢だ。米国では来年11月に大統領選挙があり、再来年1月から新政権がスタートする。北朝鮮が人工衛星の打ち上げや核実験を考えているなら、米大統領選挙で次期政権が決定した以後になれば、また再び米次期政権との対話はしばらく遠のく。

その意味で、オバマ政権との画期的な米朝関係改善は期待できないだけに、もし、そうした瀬戸際路線を演出するなら来年の党大会から米大統領選挙の間ではないかと考える。しかし、人工衛星発射や核実験に反対する中国や韓国との関係が改善し、そこで実利を獲得できれば自制する可能性はある。

その意味で、12月12日の「シビ・シビ」での2つの事件による躓きは大きい。来年初めにかけ、中朝関係の修復、南北関係の進展があるかどうかが来年後半の北朝鮮の動きを決めるような気がするのだが。

(この記事は「北朝鮮『2つの事件』(下)増すばかりの『核の脅威』」を編集したものです)

平井久志

ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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(2015年12月23日「新潮社フォーサイト」より転載)