北朝鮮「平昌平和攻勢」の舞台裏(5)鍵は「スウェーデン」と「韓成烈」という男--平井久志

欧州や帰路の途中で別の「業務」をしていた可能性がないのかが、気になるところだ。
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KIM WON-JIN via Getty Images

 米国と北朝鮮の2月10日の秘密会談が実現しなかったことで、米朝双方の対話に対する基本姿勢の違いが大きいことが明らかになった。北朝鮮は非核化を前提にした対話には応じない姿勢を堅持し、米国は非核化を前提としない対話には応じない姿勢を崩していないということだ。

 米朝秘密会談が実現しなかったことで米朝対話の兆しは消えてしまったように見えるが、時系列的に整理してみると、まだ「予備的対話」の火は消えていないように見える。

副大統領「対話を望めば応じる」

 マイク・ペンス米副大統領は、韓国から帰国する専用機の中で『ワシントン・ポスト』のインタビューに応じ、興味深い発言をした。この発言は、米朝秘密会談が流れた後のものであることに注目する必要がある。

 インタビューでペンス副大統領は、「北朝鮮が非核化への有意義な一歩とみなされる行動を取るまで、最大限の圧力を掛け続ける」とした上で、「(北朝鮮が)対話を望むのであれば、われわれは応じる」と語った。『ワシントン・ポスト』は、北朝鮮との対話に否定的な姿勢を示していたペンス副大統領のこうした発言は「重要な転換」と報じた。

 ペンス副大統領が米朝秘密会談キャンセル後に「(北朝鮮が)対話を望むのであれば、われわれは応じる」と述べたのは、北朝鮮との「予備的対話」には依然として対話の扉を開けている、という姿勢とも言える。

 ペンス副大統領のこうした発言の背景には、2月8日夜の文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領の働き掛けがあるのでは、という見方がある。

 文大統領は、北朝鮮が明確な非核化に向かう前に韓国政府が制裁解除などの措置を取らないことを前提とした上で、米国と北朝鮮が核・ミサイル問題の本格的な交渉に入る前段階として、北朝鮮の意向などを探るための予備的協議を米朝間で行うことを提案した、とされる。ペンス副大統領は、米朝秘密会談は実現しなかったが、文大統領の提案した「予備的会談」にはドアを開ける姿勢を示したと見られるのだ。

 一方の北朝鮮はどうだろう。北朝鮮は2月10日の米朝秘密会談が流れたことについては、本稿執筆時点ではまだ何の反応も見せていない。

 ただし、ペンス副大統領への批判は強めている。朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は2月17日、平昌五輪でのペンス副大統領の言動について「苦境に陥った米国の哀れでみすぼらしい姿だけを現した醜い行脚」と題した論評で批判した。論評はペンス副大統領に対し、「南朝鮮に来る前は、北朝鮮代表団に会ったら言うべきことを言う、と肩を怒らせていた『威勢』はどこへ行ったのか、おびえて尻尾を股ぐらに挟んで棍棒だけをうかがっている狂犬のような格好であった」と述べた。

 さらに論評は、「明確に話しておくが、やるべきことはすべてやり、持つべきものをすべて持ったわれわれは、米国との対話を渇望するものではなく、時間が経つごとに慌ただしくなるのは米国だ」と述べ、国家核武力を完成した北朝鮮としては急ぐことはなく、対話をせざるを得なくなるのは米国だ」とし、時間は北朝鮮に有利であるとした。

注目すべき「スウェーデン」の役割

 米朝双方のこうしたやりとりを見ていると、米朝の予備的接触すら容易でないと思わざるを得ない。

 そうした中で気になる動きがある。北欧のスウェーデンだ。

 昨年12月19日から21日まで、スウェーデン政府特使であるケント・ロルフ・マグヌス・ハールステット国会議員一行が訪朝した。一行は北朝鮮滞在中、李洙墉(リ・スヨン)党副委員長(党国際部長)、李容浩(リ・ヨンホ)外相、韓成烈(ハン・ソンリョル)外務次官らと意見交換をした。

『朝鮮中央通信』は12月21日、「(両国は)席上、両国関係を様々な分野で拡大、発展させて行く問題が討論され、最近の朝鮮半島情勢と関連して意見を交換した」と報じた。

 ハールステット特使は訪朝に先立ち中国を訪問、昨年12月18日に6カ国協議で中国の首席代表を務める朝鮮半島問題特別代表の孔鉉佑外務次官補(当時。今年、次官に昇格)と会い、朝鮮半島問題で意見を交換していた。ハールステット特使は昨年6月20日から23日にも訪朝し、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長、李洙墉党副委員長、李容浩外相と会っている。

『朝日新聞』は1月14日付記事でソウルの情報消息筋の話として、この協議で北朝鮮とスウェーデンが外務次官級協議を開催することで合意した、と報じた。

 米国とカナダが共催する北朝鮮の核・ミサイル問題に関する外相会合が、カナダのバンクーバーで1月16日に開催されたが、スウェーデンもこれに参加した。『聯合ニュース』によると、韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相はこの外相会合でスウェーデンの外務次官と非公開の会談を行った。同ニュースは、韓国と北欧国家が対北朝鮮政策で協力体制をつくる方法などで意見交換をした、と報じた。

 そして、北朝鮮の韓成烈外務次官が1月27日に平壌を出発し、同29、30日の両日スウェーデンを訪問し、2月6日に北京経由で平壌へ帰国したのだった。

米朝関係のキーマン「韓成烈」

 北朝鮮の韓成烈次官は、北朝鮮外務省切っての米国通だ。1954年生まれで、金日成総合大学政治経済学科を卒業して外務省入り。1992年に外務省のシンクタンク・軍縮外交研究所の上級研究員になり、同年米州課長、1993年9月にはニューヨークの国連代表部に公使として赴任し、1997年5月に帰国して米州局副局長。さらに2002年8月に再び国連代表部勤務となり、2006年10月まで次席大使を務めた。

 一端帰国して軍縮平和研究所長を務め、2009年11月に再び次席大使として国連代表部に勤務した。2013年7月に帰国して米州局長を務め、2016年に外務次官に就任した。

 3度の米国勤務に表れているように、米国務省と北朝鮮とをつなぐニューヨーク・チャンネルを担ったキーマンだ。米国務省側も、本当の意思疎通をするためには韓成烈氏を対話相手に求める傾向がある。

 韓成烈次官はそのキャリアからもわかるように、米国担当で欧州担当ではない、と見られている。その韓次官がスウェーデンを訪問したのは、スウェーデンとの主な協議課題が2国間関係ではなく、米朝関係にあること示している。

朝鮮半島とスウェーデン

 朝鮮戦争(1950~53年)が休戦状態になって以来、スウェーデンは西側ではスイスとともに休戦協定の中立国監視委員会のメンバーを担ってきた。さらに1973年、西欧の国としては最初に北朝鮮と国交を結び、1975年には平壌に大使館を設置した。

 こうした経緯から、スウェーデンは北朝鮮における米国、カナダ、オーストラリアの利益代表部の役割を果たしている。北朝鮮では、観光目的で入国した米国人が拘束されたりするが、拘束された米国人の面会などの領事業務をスウェーデンに代行してもらっている。

 日本は拉致問題の再調査などのために北朝鮮と非公式協議を続け、2014年5月に合意内容を文書化したが、この最後の詰めはスウェーデンの首都ストックホルムで行われた。そのため、この時の合意文書は「ストックホルム合意」と呼ばれている。スウェーデンは朝鮮半島問題だけでなく、国際的な紛争において中立的な立場を維持しながら、仲介や外交舞台を提供するなどしてきた実績があるのだ。

 オバマ政権下での米朝間の非公式協議は2015年末から始まったが、それもスウェーデンのストックホルムだった。しかも、これに出向いたのは韓成烈氏であった。

 韓成烈氏は米国担当と見られているが、北朝鮮国内でのスウェーデンやスイス大使館が催すレセプションなどには小まめに出席している。米国との協議を考えると、スウェーデンやスイスの助力がいつ必要になるかも分からず、さらに拘束米国人問題などの協議はスウェーデン大使館を通じて行うためだ。

「空白の日程」の謎

『朝鮮中央通信』などによると、韓成烈次官はスウェーデンでステファン・ロベーン首相、マルゴット・ヴァルストローム外相、アニカ・セーデル外務担当国務相と会談したと報じられた。ロベーン首相は席上、「最近、朝鮮半島では緊張緩和と和解の雰囲気がもたらされていることについてうれしく思う」と語り、「スウェーデンは長い歴史を有している朝鮮との関係発展のために努力する」と述べた。

 米政府系の『自由アジア放送(RFA)』は1月30日、スウェーデン外務省報道官の言葉を引用し、韓成烈次官とスウェーデン政府の会談はアニカ・セーデル外務担当国務相が主管し、「会談の重要議題は、北朝鮮でスウェーデンが米国、カナダ、オーストラリア政府を代理して行っている領事業務など、利益代表に関する業務について」だったとし、北朝鮮で拘束されている米国人の処遇問題などが話し合われたことを示唆した。さらに「両国は国連安全保障理事会で重要問題として扱われている朝鮮半島の安保状況についても論議した」とも報じた。

 要するにこの一連の会談では、北朝鮮とスウェーデンの2国間関係よりも、拘束米国人問題や核・ミサイル問題を含む朝鮮半島情勢について議論されたということだ。

 さらに気になるのは、韓成烈次官が1月29、30日にスウェーデン側との会談を行ったが、北朝鮮に帰国したのは2月6日だということだ。この5~6日間の空白の日程に何をしていたのかは、明らかではない。帰国まで少し時間が空きすぎており、欧州や帰路の途中で別の「業務」をしていた可能性がないのかが、気になるところだ。

 さらにスウェーデン側の動きも気になる。平昌五輪で朝鮮半島が緊張緩和の方向に動いている中で、マルゴット・ヴァルストローム外相が韓国を訪問、2月19日に康京和外相と会談した。

 韓国外務省によると、「両外相は平昌五輪でつくられた南北対話の勢いを維持し、北朝鮮の核問題の平和的な解決に向けた対話につながるような外交的努力を続けていく」ことで一致したという。

 ヴァルストローム外相は、記者から米朝対話の仲介の計画はあるのかとの質問を受け、「会うことが可能になるように寄与することがあれば何でもやる。さらに多くの対話が生まれるように助けることがあればやる」と積極的な姿勢を示した。さらに「国連安保理の制裁を引き続き履行しながら、それとともに対話にも門を開けておかねばならない」とし、「もちろん、北朝鮮の非核化という長期的な目標はあるが、北朝鮮の平昌五輪参加は、信頼を積み重ねる上で小さな一歩だと考える。だから、私の考えではこれは望ましいことだ」と述べた。(つづく)

平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

(2018年2月26日
より転載)
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