ラシク・インタビューvol.66
魚屋あさい 浅井 有美さん
"店舗を構えない魚屋さん"という、今までにない仕事を作り出した浅井和浩さん・有美さんご夫妻。ある時は訪日外国人向けに市場案内&買い付け体験を行うツアーコンダクター、ある時はホームパーティで尾頭付きの魚をさばいて寿司を振る舞うケータリング、またある時は子どもたち向けに魚のさばき方講師...。こうした魚×人をつなぐ、自分たちの強みを活かした企画が国内外から注目されています。元々市場で仲買いをしていたご主人と、イベント会社の企画屋としてバリバリ働いていた有美さん、当初は夫婦で仕事をする予定は全くなかったと言います。しかし初めての出産と育児を機に、有美さんが今後の働き方に漠然とした"不安と不満"を抱くように。そんな育休中のワーママ、誰もが一度は悩む 働き方の壁。それを手探りで模索する中、一つの答えにたどり着いたその経緯について伺ってきました。
産休・育休前にはイメージすらしていなかった"ノマド魚屋"への転身
きっかけはネガティブさからの払拭だった
浅井有美さん(左)とご主人の浅井和浩さん(右)
LAXIC編集部:ご夫婦で「魚屋あさい」という"ノマド魚屋"をはじめられたきっかけは?
浅井有美さん(以下・敬称略。浅井):実は、"ノマド魚屋"をはじめるとか、主人と一緒に働こうということは、1年半ほど前は全然考えていなかったのです(笑) 私は2014年に結婚して、2015年の4月に出産しているのですが、産休前はイベント会社に所属し、営業から運営、収支管理まですべてこなす仕事を3年ほどしていました。
一方で、主人は沼津港で仲買いをしていた経験があり、2012年に上京し水産系の商社に就職したんですね。市場にコネクションがあったので、最初は趣味の延長で、魚のケータリングをしていました。お友達のホームパーティで尾頭付きの魚をさばいて出してあげたところそれが大好評だったんです。それが仲間内にどんどん広がって...... それが"ノマド魚屋"の始まりでもあります。
私自身は、自分の仕事は大好きでしたし、主人は主人、私は私と考えていたので、主人の仕事を手伝うということは、産休・育休前には全くイメージしていなかったのです。
編集部:では、育休後はイベント会社で復帰する予定で?
浅井:復帰大前提でしたが、「復帰したところで自分はどこまでできるんだろうか」という漠然とした不安はありました。大きい案件になると一週間缶詰なんてことも当たり前ですし、海外の案件もあります。実家も遠いですし、夫に子どもを託して...というのもイメージできないなと。かと言って、時短で復帰してバックオフィス...... となると現場が好きでこの仕事をしているのに、やりたい仕事じゃない。
保育園に入らせたいために仕事に復帰する...... みたいな働き方だと自分でも納得できないし、子どもにも説明できない。育休中はそんな悶々とした毎日でした。
あと、産後、主人は何も変わらない暮らしをしているのに、自分は生活のすべてが変わってしまったと思ったんです。仕事も行けないし、友達とも遊べない、1日の中で読める時間が少なくて。お皿を一枚洗うにしても、いつできるんだろう...... と。自分の裁量で何もできないことが、悔しかったんです。
そんなモヤモヤを抱える中で、主人は何にも悪くないのに、主人がしたい事を100%応援できない、ネガティブな自分が出てきてしまったんです。主人が「いつかは独立したい」とか夢を語っても、嫌な顔しちゃうことがあって(苦笑) そんな自分が自分でも嫌でした。
社会と繋がるために、今の自分にできること
その先に見つけた、私たちにしかできない仕事
編集部:その不安と不満をどう解消されたのですか?
浅井:産後3ヶ月ぐらいすると、子どもとの生活にも慣れ、自分の時間が作れるようになりました。主人のケータリング業については、私なりのアイデアがあったんですが、彼は現場の運営が忙しくプロモーションなどに時間を割くことは困難でした。なので、こっそりHPや申し込みフォームなどを作り始めたんです。
イベントの仕事でHPの中身の構成までは作っていましたので、あとは世に溢れる優秀なフリーソフトで作りました(笑) その時はただ「自分も何かをやっていたい」「社会と繋がっていたい」という一心でしたね。
編集部:魚屋を一緒にやる! という思いではなく?
浅井:はい。漠然と職場復帰に対する不安がある中で、時間があったので作った...... ぐらい。その後、「魚屋あさい」の形態は、海外からの旅行客に向けたインバウンド展開が向いていると思っていたので、知人を介してプラットフォームを持つ会社に子連れで営業し、情報サイトに書き込みをしました。すると海外向けの案件が入ってくるようになったんです。
編集部:インバウンド向けという着眼点もさすがです!
浅井:ありがとうございます(笑) 海外の案件が少しずつ入るようになったので、その時から主人と一緒に現場に出るようになりました。一つメディアに出させてもらうと次に繋がって...... みなさんの助けでようやく事業になった感じです。私としても満足感がありましたし、自分の仕事はどうなるかわからないけど手探りで進めていました。
編集部:この事業でやっていこう! と思ったのはどのタイミングで?
浅井:海外アプローチがうまく行き始めた頃からでしょうか。主人は「やっていける!」と思ったみたいですね。私としてもお客さんの喜びがダイレクトに伝わったり、前の仕事とは違った喜びや満足感が得られていて。ちょうど働き方を考えていたので、その選択肢の一つとしてはありかな、と。今からちょうど一年前のことです。
編集部:一年前! すごいスピード感ですね...!
初めての子育て。手探りながらも...
夫婦でたどりついた仕事と家庭のベストな関係性
編集部:今後の展開についてはどの様なイメージですか?
浅井:これからはケータリングを日本在住の外国の方向けにやりたいなと思っています。ただ寿司職人が来て握るのではなく、一匹の魚を寿司にするまでを見届けてもらう。季節感のある魚をあますところなく食べる、というのは日本文化の最たるものだと思っているので、そこを体験してもらいたいです。また市場のある地方でもどんどん展開していきたいですし、あとは昔の行商みたいに魚を売り歩きたいです。タワーマンションとかに。
編集部:アイデアに溢れていますね。でもご夫婦で仕事をするのは何かと大変なイメージありますが......
浅井:あるとしたらオンオフを意識してつけないといけないこと、でもその程度です。以前は仕事と家庭は別物という感覚でしたが、今は主人と一緒に仕事をしていることで、仕事と家庭が同じフェーズで考えられています。それは私にとっては本当によかった!
編集部:仕事のことも、家庭のことも夫婦で一緒に考えられるということですね。
浅井:そうなんです。例えば、土日にどちらかが現場に出る必要がある場合、子どもをどうするかも含めて、主人と話し合っています。
最近、主人が「子どもをみるってところまで含めて、僕らの仕事だから」と言っていたのですが、この考え方は一緒に仕事をしていなかったらすんなりとは出てこなかったと思うのです。
編集部:いい言葉ですね! では現在は、仕事と家庭のことで悩みはあまりないですか?
浅井:仕事柄、主人の方が料理は好きだし...... 子どもが風邪引いてどうしよう、みたいなのはありますが、それも二人で悩めるのがいいですよね。
編集部:育休中から一緒にスタートできたのが良いのでしょうね。
浅井:はじめての子どもだったし、手探りでしたが良いスタートが切れていると思います。それにしても自分が魚屋になるとは、親もびっくりしています(苦笑)
"旬の魚を生で食す"という日本の食文化を
これからの家族や子どもたちに伝えていきたい
編集部:魚というものを、日本文化と捉えて海外の人に紹介したいというインバウンド的発想もお持ちのところが、浅井さんならではですよね。
浅井:そうですね。でも、魚屋目線になりすぎず、一般的な感覚を大切にしていたいなと思っています。尾頭付きの魚を買うのって、さばく手間や臭い、生ゴミの問題もあるので、結構ハードル高いじゃないですか?
編集部:そうなんです。親としては子どもに魚をたくさん食べさせたいし、骨もちゃんと取れる子に育って欲しいのですが、値段も高いし手間を考えると......
浅井:わかります。その負の部分を私たちが請け負う感じですね。ひと手間かけて旬の魚を刺身にしてみる、すると食卓が華やかになってコミュニケーションがもっと増える...... そんな魚文化を日本の家庭にもっと増やしていきたいのです。
編集部:なるほど。子どもへの食育目線のコンテンツもされていらっしゃいますよね。
浅井:最初は仲間内で子ども向けの市場見学&魚のさばき方講習をしていましたが、今はセブン&アイホールディングスさんと一緒に食育講座を作らせて頂いています。みなさん、一匹の魚が寿司になっていく様を、目を輝かせて見ていますよ。
編集部:ぜひ、今後親子で参加したいです!ちなみに...... お魚をさばいてお寿司にするケータリングはどこでもできるんですか? あと価格設定はどのぐらい?
浅井:水場があればどこでも可能ですよ。自宅に伺ってさばくだけなら大きい一尾×2種類で3万円〜。前菜など入れると10〜15人前で5万円〜ですね。家でのパーティだと親御さんもゆっくりできますし、お子さんにもとても喜んでもらえますよ。
編集部:今度、ホームパーティでぜひお願いしたいです!
浅井:よろこんで!
まだまだ「出産を機に会社を辞めるか、やりたいことを諦めるか」その選択に差し迫られた女性はたくさんいると思います。浅井さんもその中の一人でした。しかし、悩みもがきながらも、自分たちで"仕事を作り出す"という結果に。これには元企画屋ならではの溢れんばかりのアイデアと怯まない行動力あってこそ。でもそこには見習うべき姿勢がたくさんありました。
今は魚屋あさいの仕事を軸に、英語力を活かした翻訳の仕事やPR・メディアの仕事も継続されています。子育ての時期や自分なりのペースを軸に働けると、余計なストレスなく社会に貢献できるんだな、と改めて思いました。これからもノマド魚屋の動きに目が離せませんね。
浅井 有美さんプロフィール2008年に(株)リクルートメディアコミュニケーションズ (※(現)リクルートコミュニケーションズ)にて結婚情報誌「ゼクシィ」の制作ディレクターを担当。その後2012年にイベント会社に転職し2015年に出産。育休中にご主人の副業であったケータリング業を事業に。「魚と人」をつなぐ、店舗を持たない新しい魚屋夫婦ユニットとして活躍中。
文・インタビュー:宮﨑晴美(インタビュー)・飯田りえ(文)
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