NHK「ポスト籾井」に浮上した増田寛也氏

「実は籾井勝人氏(73)の後継としてNHK会長に起用される構想が進んでいるのです」

7月末の東京都知事選で一敗地にまみれた増田寛也氏(64)。建設官僚から岩手県知事に転身して3期務めた後、民間人枠で総務相に就任。2014年に著した『地方消滅』(中公新書)は、大ベストセラーとなった。

その増田氏にとって、小池百合子氏に100万票以上の差をつけられての敗北は屈辱的なものであったはずだ。「晩節を汚した」という人もいるだろう。しかし惨敗から2カ月近くが経ち、増田氏を取り巻く状況は決して暗い話ばかりではない。「華麗なる」転身先がちらついているというのだ。

「実は籾井勝人氏(73)の後継としてNHK会長に起用される構想が進んでいるのです」

自民党関係者は、こうささやく。行政経験が豊かで、電波行政を所管する総務省の大臣も務めた増田氏は、確かにNHK会長に就任してもおかしくない経歴の持ち主ではある。しかし、なぜ都知事選で敗れたばかりの彼の名が取り沙汰されるのか。

仕掛け人は菅官房長官

増田氏のNHK会長説の源流をたどると、都知事選に「負けたのにもかかわらず」ではなく「負けたからこそ」浮上していることが分かる。仕掛け人は、増田氏の総務相の前任者であり、放送界ににらみを利かす菅義偉官房長官(67)と言われる。増田氏の都知事選出馬を口説いたのも菅氏だった。

都知事だった舛添要一氏に政治資金の公私混同問題が浮上し辞任不可避となったころから、菅氏は増田氏と接触を図っていた。当初はアイドルグループ「嵐」の櫻井翔さんの父で総務次官を務めた桜井俊氏に白羽の矢を立てたが、桜井氏が固辞すると、増田氏に狙いを定めた。

増田氏の弱点は知名度の低さ。菅氏は増田氏に対し、正式な出馬表明はできるだけ遅くし、出るか出ないか分からない状態を続けてマスコミ露出を増やすことなど、細かい助言もしたという。知事選期間中も、安倍晋三首相が1度も応援に入らないのとは対照的に、菅氏は公務の合間を縫って積極的に応援演説を買って出た。

結果は冒頭にも書いた通り「小池劇場」の前になすすべもなく完敗した。増田氏に申し訳ないという思いが強い菅氏は、再就職先を探し、それが「NHK会長」となったというわけだ。普通なら選挙で負けた候補が要職に就くことには反発も出るだろう。しかし増田氏に対しては自民、公明両党の中で「小池氏が相手では誰が出ても勝てない。増田氏は負け戦によく応じてくれた」という同情論が多いため、障害は少ないという。

二階幹事長との確執

「増田NHK会長構想」は、安倍政権内の微妙な権力構造の変化と無関係ではない。安倍氏が首相に復帰してから3年半あまり。菅氏は官房長官として、自他共に認める「政権ナンバー2」として辣腕をふるい続けた。ところが今年8月の内閣改造・党役員人事で二階俊博氏(77)が幹事長に就任。政権内で2人のさや当てが始まっているのだ。

菅、二階氏は、どちらも水面下の根回しや「寝技」を得意とする似たタイプの政治家だが、10歳上の二階氏の方が、政治経験も与野党の人脈も「一日の長」がある。同時に、菅氏の政治決断には失敗が少なくないという指摘が出始めている。失敗の「象徴」が都知事選の惨敗ということになる。だからこそ、菅氏は増田氏を要職に処遇し、自身の政治的影響力を誇示しようと考えているというのだ。

増田氏が会長に就くことになれば、当然籾井氏は1期3年で2017年1月に退くことになる。2014年の会長就任会見で「政府が『右』と言っているのに我々が『左』と言うわけにはいかない」と発言するほど政権寄りのスタンスを取ってきた籾井氏。再選濃厚との見方も強かった。しかし、不規則発言や強引な経営手法が頻繁に報道されて批判を受け続ける中、政権側もさじを投げつつある。少なくとも、政権と籾井氏の蜜月は終わっている。

籾井氏と比べ「常識人」の増田氏の方が、菅氏にとってもコントロールしやすいという判断も働いているのだろうか。NHK会長を選ぶのは経営委員会だが、そこに政治の意思が間接的に働くことは言うまでもない。

野々山英一

ジャーナリスト

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(2016年9月20日フォーサイトより転載)