2020年は世界の混沌で幕を開けた。長期化するオーストラリアの森林火災、ジャカルタの大洪水、米国・イラン危機、新型コロナウイルスの発生――。気候危機による自然災害の悪化について、「産業革命以前から1度上昇しただけで、制御不能な事態が起きている。今起きている非常事態に真正面から向き合うことが非常に重要」と話すのは「気候変動に関するアジア投資家グループ(AIGCC)」の古野真プロジェクトマネージャーだ。オーストラリアで育ち、同国の環境省で気候変動適応策に取り組んだ経験のある古野氏に森林火災と日本の気候危機対策について話を聞いた。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局=小松遥香)
ニューノーマル:常態化する異常気象
例年であれば、オーストラリアでは夏を迎える12月ごろから森林火災が自然発生する。しかし、昨年のオーストラリアは平均気温が観測史上最も高く、平均降水量も最低を記録した。9月から多発し始めた森林火災によって、死者数は30人以上、2000軒以上の家が焼失し、コアラなど10億以上の動物が犠牲になったといわれている。
今年初め、オーストラリアに帰国していた古野氏は連日報じられる火災のニュースに大きなショックを受けたと話す。
「本来なら火災が起きないゴンドワナ多雨林のような地域でも火災が発生し、これまでの森林火災とは明らかに異なりました。『ニューノーマル(新たな常態・常識)』と呼ばれ、異常気象はもはや異常ではなく当たり前のものになろうとしています」
今回の森林火災は、絶滅危惧種の動植物が生息する国立公園に多くの被害をもたらしている。オーストラリア大陸の文化と歴史を象徴する世界遺産のゴンドワナ多雨林の50%、ブルー・マウンテンズ国立公園の80%が焼失したと英紙ガーディアンは報じている。
火災がここまで悪化した原因の一つにモリソン政権の判断の遅れがある。
「昨年4月の時点で、最も火災が深刻なニューサウスウェールズ州消防局の前局長などはモリソン首相に緊急会議の開催を求めていました。今回の森林火災のシーズンは特に厳しいものになると予想され、これまで以上の対策が必要と判断したからです。でも実現しませんでした。政府はリスクが高まっていることを知りながらも、対策をとらなかったのです。9月以降、火災が広がってからも政府の対応は鈍いままでした」
国内の主要メディアが、森林火災と気候変動の関係性を報じず事態を助長させた側面もある。背景には、オーストラリア生まれで、フォックスのほか『ダウ・ジョーンズ』や『タイムズ』などを傘下に収める米ニューズ・コーポレーションを所有するメディア王ルパート・マードック氏の影響がある。同氏は気候変動懐疑論者として知られる。BBCによると、ニューズ・コーポレーションの発行する新聞『オーストラリアン』『ザ・デイリー・テレグラフ』などはオーストラリアの主要都市で発行されている新聞の約7割を占めるという。さらに、SNSでもさまざまなフェイクニュースが出回った。
「社会のどの層にいるかによって、どの情報をピックアップするかが変わっています。オーストラリアに毎年帰るたびに、社会の分断が広がり、情報の分断も広がっていると感じます。保守派の人は保守派の情報源から情報を手に入れ、中立の立場の人は色々な情報源から情報を手に入れ、限られた情報源しか見ていない人もいます」と古野氏は懸念を示す。
非常事態に正しい情報が得られないという状況は、東日本大震災、それに伴う原発事故の際に多くの日本人が直面したことだ。情報が溢れ、さまざまな課題を抱える現代社会において、正確な情報を得ることは生命線であり、防衛策でもある。世界中で自然災害が発生し、人間の生活の基盤となる生態系が変わる今、気候危機に関する正確な情報は、未来の備えとして重要だ。
2019年、世界の自治体や学校、団体などに急速に広がった気候非常事態宣言。その第1号は2016年に宣言を出したオーストラリア・デビアン市だった。
一方で、昨年、国連持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)などが発表した「世界のSDGs達成度ランキング」でオーストラリアは162カ国中38位とOECD諸国で最下位となった。理由はSDGs目標12「つくる責任つかう責任」と目標13「気候変動に具体的な対策を」の達成度の低さだ。「先進国の中でも二酸化炭素の排出量が高く、生物多様性を脅かしていて大変革が求められる」と評され、ランキングとは別に、同国に警鐘を鳴らすリリースが発表されたほどだ。
古野氏は「オーストラリアの中にも先進的な地域はあります。しかし石炭採掘地域が多い中で、石炭産業を否定できないのが政府の立場です。色々な立場の人がいて『オーストラリアはこういう国』とは言い切れません」と話す。
5年間で日本は変わってきた
オーストラリアから来日した古野氏は2015年、米国で誕生した国際環境NGO350.org日本支部を東京で立ち上げ、大手金融機関などに対して化石燃料からの投資撤退「ダイベストメント」を求めるキャンペーンを展開してきた。欧州の大手保険会社やニューヨークやパリなどの大都市で拡大していた「ダイベストメント」という言葉を日本社会に広めた立役者の一人。これまでの5年間をこう振り返る。
「パリ協定、SDGsが採択された2015年に、350.orgの日本事務所を立ち上げました。当時の日本は、気候変動の危機に関する議論が全くないと言ってもいい状況でした。その中で、金融の側面から流れをきれいにしていこうとアドボカシーを行ってきました。すでに世界的に起きていたダイベストメントのムーブメントを日本、アジアに広げようという目的を持っていましたが、当初の反応は非常に薄かったです。
しかし今、金融機関や企業、投資家の方は、気温上昇を産業革命前の2度未満に抑えることが使命だという考えが主流になりつつあります。また日本企業に投資する3分の1は海外の投資家です。そうした投資家や年金積立管理運用独立行政法人(GPIF)が国連責任投資原則(PRI)に署名した影響で、日本企業がESG投資家の声に耳を傾けるようになってきたことはポジティブな変化です」
日本はパリ協定の目標引き上げが必要――前向きな決断が日本の未来を変える
2020年の今年、パリ協定が本格的に始動した。世界は産業革命前からの気温上昇を2度未満に保ち、さらに1.5度に抑える努力をする。そのために、今世紀後半に温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることを目指す。
しかし、古野氏は「できる限り1.5度に抑えなければならないということが常識にならなければいけません」と言う。
「産業革命前から1度上昇した今、こうした前例のない状況が起きています。2度に抑えようとしても、一定のライン『ティッピングポイント』を超えてしまうと取り返しのつかない不可逆的な状況になり、世界は歯止めの効かない状況に陥るかもしれません。科学的知見に基づいた方針と法律、対策が非常に重要になってきます」
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2018年、早ければ2030年にも世界の平均気温が産業革命前よりも1.5度上昇し、豪雨や洪水、干ばつなどの災害のリスクが高まると発表。1.5度上昇するとサンゴ礁は70-90%が消滅すると言われている。さらに国連環境計画(UNEP)は昨年11月、1.5度以内に抑えるには2020-30年の間に毎年、前年比の7.6%を削減しなければならないと報告した。
「1.5度に抑えるには、2030年までに二酸化炭素の排出量を最低でも50%減らさなければなりません。日本政府が掲げる目標は2030年までに2013年比の26%削減です。必要な努力の半分に過ぎない目標を掲げて、国際社会に『われわれは頑張っています』という発言は認められません。
東京オリンピック・パラリンピックもあり、日本が世界に注目される年です。このまま同じ目標を掲げ、経済効率性や安定供給のためにと石炭を使い続けるのか。日本のスタンスが問われています。転換点にいる中で、日本の決断は非常に重要です。前向きな決断をすることによって、アジア、世界全体の持続可能な開発に貢献できれば日本にとっても良い経済効果が生まれます」
企業の役割についてはこう言う。
「前向きに取り組む企業の役割は大きいと思います。将来、ビジネスが成り立たない世界をつくり上げるのではなく、リスクが見えている今こそ積極的に動き出すことが必要です。積極的に二酸化炭素の排出量ゼロを目指す企業の方が有利になります。コストではなく、将来のための『機会』であると考えることが本来、企業がとるべきスタンスです。
GAFAは100%再生可能エネルギーを宣言しています。5年前は、こういった行動をとることがロスにつながるのではないかという考えが主流だったかもしれません。今は、こういう行動をとることが機会を生み出し、経済的に有利と考えられています」
日本が将来世代のために変われるかどうか。それが試される一つの基準として、石炭火力発電所の新設があると古野氏は言う。
「今後10年間で再生可能エネルギーの方が石炭火力よりも安くなり、石炭火力は経済合理性がなくなります。石炭火力発電所を建設し続けるなら投資をしないという、投資家からのプレッシャーも高まっています。その中で既得権益を守るために実際に損をしてまでやり抜くのか、日本がどこまで世界的な動きを捉えて行動をとる意志があるかが試されます」
「私は、日本に期待したいと思います」と古野氏は前を向く。
古野 真 ・気候変動に関するアジア投資家グループ プロジェクトマネージャー
気候変動に関するアジア投資家グループ(Asia Investor Group on Climate Change)のプロジェクトマネージャーとして2020年1月に活動を開始し、投資家の立場から投資先企業及び政府機関とのエンゲージメントを担当。現職に就任前は国際環境NGO350.orgの東アジアファイナンス担当を努め、350.orgの日本支部350Japanを2015年に立ち上げた。NGOセクターに携わる前にはオーストラリア政府の環境省で課長補佐として気候変動適応策を推進する国際協力事業を担当。気候変動影響評価・リスクマネジメントを専門とする独立コンサルタントとして国連開発計画(UNDP)、ドイツ国際協力公社(GIZ)や一般社団法人リモート・センシング技術センターのプロジェクトに参加。クイーンズランド大学社会科学・政治学部卒業(2006),オーストラリア国立大学気候変動修士課程卒業(2011)
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