新国立競技場の基本設計が終わらない理由1

先日、次のようなニュースがありました。えっ?何っ?何言っちゃってんの?と、建築関係者なら皆そう思うでしょう。というのも、通常の設計実務において、設計し終わったけど、その後で、雪の重みで耐えられないことが分かる。なんてえことは、起きないからです。なぜかというと、設計というのはその初めに積載荷重というのを考えてから始めるからです。
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先日、次のようなニュースがありました。

2月の大雪なら屋根落ちる? 新国立競技場、設計見直し

朝日新聞デジタル3月28日

2020年東京五輪・パラリンピックの主会場に予定されている新しい国立競技場の開閉式屋根について、今年2月中旬並みの大雪が降った場合、雪の重さに耐えられず崩落するとの試算が出ていることが26日分かった。日本スポーツ振興センター(JSC)が基本設計を進めており、屋根の素材や可動部の構造などを再検討している。

開閉式屋根はコンサート利用を増やし収益を上げるため、悪天候や騒音対策で設置が決まった。普段は開けておき、コンサートや悪天候時に閉める。「頑丈な屋根でなく、雨の時にさす傘のイメージ」(文部科学省幹部)で、東京ドームの屋根と同じガラス繊維膜材を想定。設置費用は120億円、開閉にかかる電気代は1回1万円としていた。

しかし、関東各地で観測史上最大を記録した2月14~16日の大雪で、東京でも体育館やアーケードなどの屋根が崩落。新国立競技場の屋根も同程度の雪が降った場合、重さに耐えられないとの試算が設計事務所から出たという。文科省の担当者は「2月は想定外の大雪だった」として「東京ドームのように覆いっぱなしなら問題ないが、屋根の可動部に負荷がかかるとのことだった」と説明する。

建築基準法は大規模な建物について、50年に一度の大雪にも耐えられる強度を求めているが、2月の大雪を受け国土交通省は基準を見直す方針。JSCは関係法令にのっとったうえ、設置費用が増えないように見直しを進めるという。(野村周平、阿久津篤史)

えっ?何っ?何言っちゃってんの?

と、建築関係者なら皆そう思うでしょう。

というのも、通常の設計実務において、

設計し終わったけど、その後で、

雪の重みで耐えられないことが分かる。

なんてえことは、起きないからです。

なぜかというと、

設計というのはその初めに積載荷重というのを考えてから始めるからです。

自動車で考えてみてもわかると思うのですが、

T型フォードの時代ならいざしらず、

車の設計をしてみたけど車が走らないことが分かった、、

なんて話はないですよね、走るように設計するんだから

調理してみたけど、食べれないことが分かった、、、

ま、これはあるかも知れないですけど、、そこは味覚の個人的問題でしょう。

で、雪の問題なのですが、日本は地震国というだけでなく、多雨多雪地域でもありますから

建物にかかる雪の重さにも初めからうるさいんです。

大きくは垂直積雪量が1メートル以上かどうかで、

多雪区域かどうかをいったん線引きしてあるんです。

北海道なんかはほぼ全域が1メートル以上です。

おおまかに考え方を解説すると下のような感じ、雪の積もり方は地域ごとに違うので、各市町村ごとにきめ細かく決まっています。

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積雪荷重(雪が積もることによる屋根にかかる重さ)

は以下の4つの関数として現されます。

d:垂直積雪荷重(そのまま、積もる高さ)

ρ:積雪の単位荷重(雪の深さ1センチごとに基本20N/㎡)

μb:屋根の形状係数(雪が自然に落ちるかどうか屋根傾斜の違い)

X:レベル係数(地域ごとの違いを考慮する数値)

ギリシャ記号が出てきて難しそうですが、関係だけ説明します。

1㎡の平らな面に積もる雪の深さに雪の1㎡あたりの重力20Nをかけて、

積もりやすいかどうかを考慮して、後は地域ごとに考える、です。

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まあ、要はですね。

日本に建っている建築のほぼすべては、設計の前に地域ごとに雪の量を見込んでから設計始めているわけです。

これなんか、北海道だけじゃなく新潟や秋田、意外なとこでは滋賀県なんか豪雪地方なんですけど、街の普っ通っ~の工務店でも当たり前にやってることです。

そもそも普段なんにも報告してこないJSCさんが、

「報告イタシマス!」

「ワレ想定外ノ積雪に遭遇セリ!」

「ソノ甚大ナルヲモッテ、設計ヲ見直スニ決ス!」

みたいな感じで積極的にご報告されているのが、

不可思議でならなかったんです。

というのもですね。

東京都の積雪荷重は、その想定する垂直積雪量は30~40センチなんだな。

これは、30~40センチ降るっていうことではありません。

雪なんぞ数年に1回降るかどうかの岡山県と同じようなものです。

いきなり東京の設計条件が多雪地域に変化したわけじゃない、、

積雪荷重が1メートルとかに急に決まったわけじゃあるまいし、、、

何、急に、

「想定外ノ積雪ニ遭遇セリ!」、

「基本設計の提出ノ遅延ヲ許可サレタシ!」

とかテンパってんだろう、、、

だって、垂直積雪量が30センチくらいでいいってことは、、

最初の積雪荷重の計算でいって、まったく雪が滑り落ちないと仮定しても

深さ1センチあたり20Nなんだから、600N/㎡。

このNってやつは質量kg×9.8m/ss(重力加速度)なので、

いくらの体重の人が乗ってる想定かというと61.22キロの人じゃん。

昔のブリトニー先生くらい?

1㎡の広さあたり、人間一人も支えられない屋根なのか?

と以前、橋梁じゃねえの?どうやって施工するんだ?と解説した

新国立競技場の設計案をもう一回ながめ始めたんです。

すると!またまた大変なことが分かったんです。

これが、以前もご紹介した新国立競技場計画案のモデルです。

これ、でっかい橋だろ?っていうのは前にやりました。

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既にこの半年間まったく進捗が見られないという、

JSCの新国立競技場に関する進捗状況というコーナーがあるのですが、

この報告書は誰でも見ることができます。

平成25年11月 新国立競技場基本設計条件案策定

この報告書はけっこう真面目に作られており、これまでの経緯や関与している当事者をその座長名までは明記してあります。

最初から最後まで関わっているのはやはり安藤忠雄さんただ一人ですね。

同時に、設計を進めていくための必要部屋数や使用者側の要望なんかも書いてあります。そして周辺景観についても。

いってみれば、この書類が本来のコンペ募集要項となるべきものといってもいいでしょう。だから、実際はこの書類が出てから初めて建築の設計を始めたということがわかります。

この報告書の2P目に「フレームワーク設計を日建設計・日本設計・梓設計・アラップジャパンの4社JVを特定し、5月31日に契約しました。」と書いてあります。

この言葉を聞くと普通の人は「設計」って言葉が付くから

ああ、去年の夏前からなんか設計作業やってたのね。って思うでしょう?

私が建築の専門家としてこれを見て思ったのは、

これ、一体全体何をやってるんだろう?

なんだ?「フレームワーク設計」って、、、というのが正直な感想です。

「フレームワーク設計」ってソフトウェア開発の現場では、まま聞くと思うんですが、プログラム開発作業の効率化を図るために、よく出てくる処理や必ず登場する基本的な記述をいちいち作らないで、使い回せるようにした枠組みのことです。

建築の現場では今まで聞いたこともない作業概念なんですよ。

その設計作業をやったと書いてあるんですね。

JSCの新国立競技場に関する進捗状況の記述には以下のように書かれていました。

「フレームワーク設計」では、ザハ・ハディド・アーキテクツのデザイン監修の下、

基本設計を行う前段階として、既に決定しているラグビーワールドカップに加え、オリンピック・パラリンピック競技大会開催を想定しつつ、ザハ・ハディド氏のデザイン案を忠実にかつスポーツ・文化の各WGから出された要望をすべて取り入れた場合の試算をおこないました。

この作業ってまだ建築の設計じゃねえじゃん。

みんなの要望を集めて、まとまるかどうかを調べました、じゃん。

そんなのやるためになんで、日本建築設計界の両横綱そして東の大関である

日建設計・日本設計・梓設計さんを投入しているんだ?

それだけじゃない。アラップジャパンまで、そんな準備作業に駆り出しているんだよ。

JSCが「フレームワーク設計」と呼んでる作業は、コンペの実行委員会でやっとくべき作業じゃないか!

国立競技場将来構想有識者会議の建築座長の安藤忠雄さんが、真面目な建築技術者とかの専門家を集めて、コンペの事前にやっとくべき検討作業のことじゃんか!

何をサボッてたんだ、この人は。

TVや雑誌なんかで、「学校行ってない、ボクサーやった、皆に相手にされへんかった、なにかと闘った、世界に褒められた、夢をもとうや、コンクリートは暑くて寒くてしんどいわ、自分が住むんやったら建売のマンションが一番ええわ」とか

言ってる場合じゃないだろう!!

全然、新国立競技場の件、まだまだ基本設計に取り掛かれてないじゃんか!

建築専門家以外の人たちには日建設計・日本設計・梓設計・アラップジャパンというメンバーがどれだけ豪華キャストかわからないでしょう。

簡単に触れておきますと、、、

(2014年4月9日「建築エコノミスト 森山のブログ」より転載)