長時間労働、低賃金など、過酷かつ不規則な労働環境が強いられるエンターテイメント業界。パワハラやセクハラの横行も明るみになり、映画業界では、監督やプロデューサーなどから性暴力を受けたとする女性の告発も相次いでいる。
このような状況に対し、業界内外で改善を求める声が上がっており、業界全体でハラスメント防止などの研修や、被害者の訴えを受け付ける匿名の相談窓口を設置するなど、対策に追われている。
そういった動きの先駆けとも言えるのが、アメリカに本社を置くNetflix。日本国内でも、2021年に東宝スタジオの2棟を賃借し、オリジナルコンテンツ制作に力を入れている。
2022年7月8日には、同スタジオでNetflix主催のメディアイベント「Studio Day」が開催され、同社が実施する労働環境の改善のための取り組みについて、詳細が明かされた。
イベントでは、Netflix Japanのプロダクション部門日本統括ディレクターの小沢禎二氏、インティマシーコーディネーターの浅田智穂氏、そしてドラマシリーズ『金魚妻』の監督を務めたフジテレビの並木道子氏の鼎談も行われ、日本の映像業界の課題が浮き彫りになった。
良い作品は良い労働環境から生まれる
Netflix社は、オリジナル作品制作開始前には、作品に関わる全スタッフに対し、ハラスメントを未然に防ぐための「リスペクトトレーニング」の受講を義務付けている。日本でも2019年の『全裸監督』以降、これまで50以上の作品で実施されてきた。
講習は一方的に聞くものではなく、受講者の参加形式で行われる。どこからどこまでがハラスメントにあたるか教えるのではなく、仕事後の食事への誘い方や、それを断った際の反応などの「ありがちな例」をあげ、その行動において、相手にリスペクトがあったか、どんな対応が望ましかったのかなどを話し合う。
スタッフ全員が受講し、ハラスメントに対する意識を共有することで、現場での言動について互いに相談したり、第三者が仲介に入ったりと、声を上げやすい環境づくりに繋がるという。
良い環境を作り出すのに必要なのは、ハラスメント予防だけではない。誰もが意見を言えること、健全な労働時間も重要だ。
アメリカでの撮影経験もあるNetflix Japanの小沢氏は、現地では撮影方法に悩む監督に対して通りがかりのスタッフでも意見を言うことがあると言い、「誰でも意見を言いやすい現場の雰囲気が海外にはある」と話す。
「アメリカは楽しそうに仕事をしています。日本の現場の労働時間は長い上に、忖度し、顔色を窺うことが多い。労働時間が改善されないと日本の現場にも笑顔は増えません」
そこでNetflix Japanでは、1日の撮影時間を原則12時間までにとどめるよう撮影現場で呼びかけているという。
「仕事は仕事。でも日本の現場では、仕事が人生になってしまっている」と小沢氏は苦言を呈し、「撮影が終わった後、残りの時間で人生を楽しんでほしい」と話した。
フジテレビの並木監督は、それに共感を示す一方で、「労働時間を守りつつも作品のクオリティを保とうとすると、撮影期間が長くなり、スタッフも増やさなければならず、予算がかかる」と指摘した。
インティマシー・コーディネーター育成の前に業界に必要な変化とは
Netflix Japanは水原希子さん主演の映画『彼女』で、国内でいち早く「インティマシー・コーディネーター」を起用したことでも知られる。
インティマシー・コーディネーターとは、性的なシーンを撮影する俳優を身体的・精神的に守り、制作側との仲介役となって、交渉や演技のサポートをする仕事だ。
日本ではまだ認知度は低いが、最近ではメディアで取り上げられることも多く、その存在に注目が集まっている。
『彼女』でインティマシー・コーディネーターを務めた浅田氏は、並木監督が手がけた『金魚妻』でも起用された。
並木監督は、撮影現場での浅田氏の役割について、「台本の解釈が的確で、シーンで表現したいことを感情面でも理解してくれていました。キャストだけ、ディレクターだけの味方でなく、作品を良くするために入ってくれたと感じました」と振り返った。
Netflix Japanでの導入を受け、邦画や民放ドラマを含め、需要が増えているというインティマシー・コーディネーター。しかし実は、日本ではまだ2人しか存在しない。
後任育成が求められるが、それ以前に業界自体の変化が急務だと浅田さんは述べる。
インティマシー・コーディネーターを多くの作品で導入するアメリカでは、撮影ルールは、俳優らが所属する「全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)」が定めるガイドラインに基づいている。しかし、日本にはそもそも俳優組合が存在しないという。
「業界を改善する中で、労働時間などベースになるガイドラインが整った上で、インティマシー・コーディネーターという役割が機能します。まずはガイドラインや基盤を整えてからの育成でないと、各現場で差が出てきてしまう」と続ける。
「私が経験を積んでガイドラインをどう引くべきか考えるのが先で、その後の後任育成です。また、アメリカのこのトレーニングを、日本式に変えることも必要です」と、業界における労働環境の改善の必要性を指摘した。
1社だけでは山は動かない
労働環境の厳しさやパワハラの横行で、若い人材の確保や勤務継続も問題になってきているという同業界。
鼎談で何度も話に上がったように、環境の改善が急務であり、今後の業界の明暗を分ける鍵となりそうだ。
小沢氏は、海外の映画作りのノウハウの中で日本で機能することを見極め、それをローカライズすることは時間がかかる作業だと述べる。
「インティマシー・コーディネーターの知見を溜め、リスペクトトレーニングで労働環境を改善していく。それを続けることで安心して仕事に取り組めるようになり、作品が良くなる。そうしてみんなに喜んでもらえる作品を届けていきたいです。
1社だけでやっていても大きな山は動かない。社会全体、業界全体を巻き込んでこれを変えて行きたい」