7月10日に行われたFIFAワールドカップの準々決勝、オランダ・アルゼンチン戦は、0-0の引き分けの末、PK戦でアルゼンチンが決勝進出を決めた。
オランダにはロッベン、アルゼンチンにはメッシという絶対的エースがいながら、なぜ、無得点のまま試合が終わったのか。そして、サッカー観戦の歓喜の瞬間、ゴールがひとつもないスコアレスドローは、よく言われるようにつまらないのだろうか。
ハフポストのデータ・ダッシュボードを使って、この120分の死闘をデータで振り返った。
前日のブラジル・ドイツ戦を観たからだろうか。オランダ、アルゼンチンともにお互い、がっちり守りから入る立ち上がり。オランダは守備時にはファン・ペルシーだけを前線に残し、9人で守る5−4−1、攻撃時にはロッベンが中央寄りに移動し、ファン・ペルシーと2トップを組む、3−5−2の陣形。\n
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オランダの攻めは、ボールを奪ったらサイドに展開、ウイングバックの2人から前線にボールを供給する速い攻めが主体だ。ファン・ペルシー、ロッベンというスターの力をシンプルに活かす戦い方といってもいい。ウイングバックがボールを持つと、フォワード2人が裏を取る動き出しをして、下がったラインの合間にスナイデルが顔を出してパスをつなぐ攻め方も持っている。\n
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その形が出たのがゲーム最初のシュートとなる12分の攻めで、右サイドの高い位置でカイトがボールを受けると、裏に走りこんだロッベンにパス。マスチェラーノのディフェンスに遭うがクリアボールを拾ったスナイデルがシュート、というシーンだ。
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メッシはフォワードより少し下がり目の位置を自由に動いてボールを受け、ドリブルで仕掛けて崩すのが形。一番得意なプレーは右サイドから中に切り込むドリブルだが、それを最大限に活かすために、右サイドで人数をかけてパスを回し、形を作っていく。空いた左サイドにサイドチェンジしてラベッシがドリブルで仕掛ける、というプランBも持っている。\n
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アルゼンチン最初のシュートを導いた12分のフリーキックも、右サイドバックからイグアインに渡したところから生まれている。\n
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そんな中、狙っていた形が出たのが22分の攻め。カイトが前を向いて右サイドでボールを受けると、真ん中方向に切れ込んでドリブル。空いた右サイドにファン・ペルシーが走りこんでスルーパスを受けたシーン。サイドバックから、ファン・ペルシー、ロッベンへ。
お互い、右サイドを攻められるか。左サイドを守れるか――ゲームの形がはっきり見えてきた時間帯だ。
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ポジショニングを見ても、左サイドのラベッシが右サイドに流れてきて仕掛けに加わっているのが「狙っている」証拠。イグアイン、メッシ、ラベッシと個人技のある選手を右サイドに固めている。
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はっきりとアルゼンチンの守りが効いていることがわかるのが、前線へのつなぎ役として重要なカイトの位置。ボールを受けてもすぐにプレッシャーが来るため、下がってしまい、位置が低い。そして、前の時間から引き続き、ファン・ペルシーが孤立。ロッベンはまた、消えている。いや、“消されている”。
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守備もハマっている。オランダのつなぎ役、カイトを厳しくマークして封じ込めているため、ロッベンにボールが渡らない。象徴的なのが39分のシーン。キーパーからパスを受けたカイトが前を向こうとするとすぐにロホが寄せる。前方へのパスコースを封じられたカイトが仕方なく真ん中にパスしたところを、メッシとマスチェラーノで囲んで奪取、チャンスにつなげた。\n
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アルゼンチンにとっては、右サイドから崩し、守りもハマり、完全にいい流れなのだがシュートにつながらない。裏をとっても折り返しを跳ね返される。オランダの対人守備が固い。
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そして前半、最後のチャンスがアディショナルタイム、46分に訪れる。いつものように右サイドでボールを回し、中盤まで引いてボールを受けたメッシから、大きく空いた左サイドのスペースに長いサイドチェンジ。ロホが受けてセンタリングを上げた。\n
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上がったメッシが受けられないならば、引いたメッシが受けて逆サイドへ。アルゼンチンのプランBが牙を向いた瞬間だ。スコアこそ0−0だが、戦術的にはアルゼンチンの優勢のうちに、前半を終える。
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実に明快な采配だ。破られていた左サイドという守備的問題(マルティンス・インディ)と、抑えこまれていた右サイド(カイト)という攻撃的問題を、1人の選手の投入(ヤンマート)と、位置変更で解決しようとしている。オランダが重視する、カイトに代表されるような一人の選手が複数のポジションをこなせる能力があるからこそできることだ。\n
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さっそく、この采配の効果が出る。交代とポジションチェンジに、アルゼンチンが対応しきれていないのをよそに、両サイドバックから、左右にポジションを変えながらボールを受ける動きをするロッベンに、ボールが入りはじめる。前半、全く消えていたロッベンに、この時間帯だけで5本のパスが入っている。\n
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象徴的なシーンが2分から3分にかけての連続した攻めで、交代して入ったヤンマートを起点に右サイドを押し込み、ラインを下げると今度は左サイドのカイトが前を向いてボールを持ち、ロッベンに縦パス。たまらずファールしたアルゼンチンのデミチェリスがイエローカードを受ける。そう。アルゼンチンが一番嫌がる形で、前半、消されていたパターンがすぐに実現する。これぞ采配の妙だ。
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カイト、ヤンマートの位置の高さ、パス交換の多さからもそのことが読み取れる。ロッベンにもボールがつながっているが、ファン・ペルシーは消えている。
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ポジショニングマップを見て欲しい。前半、守備時は左サイドにいたペレスが、右にポジションチェンジしているのはなぜか。後半からサイドを変えたカイトの守備をするためだ。前半もペレスは右に顔を出しているが、それは攻めの変化をつけるためだった。しかし今度は、カイトにつくためにラベッシより守備がいいペレスが右に移動している。対策には対策を。戦術と戦術のぶつかりあいだ。\n
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ワールドクラスの怖さを象徴するシーンが57分にある。\n
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アルゼンチンの右サイドバックのサバレタにボールが入った瞬間、対面のカイトの寄せが遅れると見るやすぐさま、縦に走りこんだラベッシにスルーパス。折り返しからイグアインがヘディングシュートを放つもブロックされる。戦術的に手直しして、オランダにとっては最高の立ち上がりだったのにもかかわらず、一瞬の油断をアルゼンチンは逃さない。これが世界だ。\n
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この効果が出たのがクラシーが入ってすぐの65分のシーンで、クラシーが中央でスナイデルに縦パス。それを左サイドを上がっていたカイトにはたいたシーンだ。なぜ、前半死んでいたサイドが活性化しているのか。それは真ん中をうまく使えているから。簡単に両サイドに渡せば、キツいプレスの餌食になる。真ん中を経由して相手の守備陣形を縮めてから、空いたサイドに渡す。この戦い方が生きている。
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一方、守備では徐々にラインが下がり始め、ボールキープを許すようになる。センターバックの位置の深さと、前線の距離が開き始めているのがポジショニングマップでもわかる。しかし、シュートを打たせないのは、変につなごうとせず、ハッキリとクリアしていく守備によるもの。前後半で32のクリアを記録しているが、そのうち20が後半だ。\n
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思うようにパスが回せない中、それでも牙を研いでいるのがアルゼンチン。73分、オランダが人数をかけて左サイドを攻めようとしているところに、こぼれ球を拾うと一気にそのスペースにペレスが駆け上がり、クロス。イグアインがボレーで合わせるが、オフサイド。オランダがペースを掴む中で、またもカウンターで決定機。オランダが自らの流れを作りつつも決定機に至らないのと対照的だ。
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生まれ変わった後半を象徴するプレーが89分のロッベンの決定機。右サイドのパス交換から組み立てて、ロッベンが大きく左のカイトにサイドチェンジ。揺さぶられたディフェンスの逆を突くようにカイトが中央に切れ込んでドリブル、走りこんだロッベンにパスを出し、ロッベンがドリブル突破を図ったプレー。サイドからシンプルにロッベンへ。オランダの狙う戦い方が出たシーンだ。しかしこれもロッベンの飛び出しを察知したマスチェラーノにブロックされ、延長戦へと突入する。
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86分、オランダのクリアボールを拾ったメッシが単独でドリブル突破してスルーパス。アグエロがシュートを打つがフラールにブロックされる。両チーム共に崩れても、センターバックが最後に守り切る。\n
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続く87分も、「困ったときの下がってくるメッシ」が発動。下がったメッシが空けたスペースをマスチェラーノが使ってドリブル突破からスルーパスを試みるが、フラールがブロック。最後の壁が超えられない。
試合のポイントを6つのプレーデータの比較で見てみよう。\n
たとえば、スイス戦(画像右)と比較すると、オランダに「遠ざけられていた」ことがよくわかる。ベルギー戦でも数は少ないが、ペナルティエリア前のいわゆる「バイタルエリア」で仕掛けが成功している。
ゴールこそ生まれなかったものの、前半、戦術で勝ったアルゼンチンに、後半オランダが対策して流れをひっくり返し、さらにアルゼンチンが相手に呼応してカウンター狙いに切り替える。そして最後は両チームのエースが一対一を仕掛けて打開に動く、と勝負の醍醐味が詰まった見どころの多いゲームだった。
無得点で終わったゲーム、メッシやロッベンという絶対的エースはなぜ抑えられたのか。
アルゼンチンは、ロッベンを抑えるために、カイトというロッベンにボールを供給する選手を徹底的にマークした。前半は完全にその策がハマり、アルゼンチンのペースだった。実際、前半のカイトはプレー位置が低く、前方向のパスも圧倒的に少ない。前半のこの試合のMVPは、カイトを守っていたペレスとロホと言っていいだろう。パスの供給源を絶たれたことでロッベンは前半、受けたパスがわずか3本。出したパスにいたっては1本。いかに「ゲームから追い出されていた」かは、データがハッキリ表している。
オランダはメッシをどう守ったのか。それは、ゴールの近くで触らせないようにマンマークをつけたことが大きいだろう。この試合、メッシがボールを持って、ドリブルでオランダの選手を交わすシーンは何度も観られた。実際、一対一を仕掛けた数は15と最多。しかしペナルティエリア近辺はわずかに3つ。しかもその1つは延長戦後半終了間際のもの。その他はすべてゴールから遠いか、失敗したものだった。
なんと、メッシは120分間、一度も相手のペナルティエリアでボールを触っていない、というデータもまた、メッシがいかに相手ゴールから遠ざけられていたかを示している。
そして、なんといっても賞賛すべきは、一対一で簡単にやられない、両チームのセンターバックだろう。とくに4つのタックル、6つのインターセプト、12のクリアを記録したオランダのフラール、両チーム最多の15のクリアを記録したアルゼンチンのガライは抜群の安定感だった。
また、マスチェラーノはチーム一の74本のパスを成功させただけでなく、ロッベンのゴール前での決定的な侵入を2度、阻止しており、能力の高さをデータでも証明している。
PK戦についてはやはり、オランダのファン・ハール監督が準々決勝のコスタリカ戦で見せた、PKのためにゴールキーパーを交代する、という策が使われなかった点に注目が集まってしまうのは致し方ないだろう。
シレッセンはこの試合まで、オランダリーグ戦で8回、欧州チャンピオンズリーグで3回、そして今大会で2回、合計で15回、PKを守る機会がありながら、ひとつも止めていない。そのデータを裏付けるように、この試合のPKでも両手に当てながら弾き返せず、成功を許してしまったシーンもあった。当然、ファン・ハール監督はクルルの投入も考えたはずだ。だが、押しているゲーム展開だったため、PKのために最後の交代枠を使うより、「点を取りに行く」ことを選択し、不調だったファン・ペルシーを下げて、フォワードのフンテラールを送り込んだ。そこで点が取れず、PKになってしまったのが誤算だった。
後半のヤンマート、クラシーの投入が当たり、ゲームの流れを引き寄せたのに対し、延長戦でのフンテラール投入はうまくいかなかった。オランダベンチの采配がゲームを大きく変える要素だったことは否定できないだろう。
FIFAワールドカップも残すところあと2試合。ドイツとアルゼンチン。栄冠をつかむのはどちらだろうか。
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