ネオニコチノイド系農薬がハチに及ぼす脅威が、より明確になってきた。
ミツバチへの影響をめぐって論争が繰り広げられているネオニコチノイド系農薬。この使用を制限する機運が世界中で高まっている。2015年4月22日には、この農薬によるハチへの影響に関する2本の論文がNatureオンライン版に発表された(参考文献1, 2)。世界の規制当局は農薬の規制をめぐる新たな議論に備え始めている。
Jonathan Carruthers
近年、ハチのコロニーが突然崩壊する「蜂群崩壊症候群」が世界各地で起きており、寄生生物や食料源の減少による栄養不良など複数の原因が挙げられている。もう1つ原因として疑われているのが、世界中で利用されているネオニコチノイド系農薬だ。この農薬はしばしば種子処理に用いられ、植物の花粉や花蜜に移行する。EU諸国は現在、ミツバチに害をなすおそれがあることを理由に、ネオニコチノイド系農薬のうちクロチアニジン、イミダクロプリド、チアメトキサムの3種類を種子処理に用いることを暫定的に禁止していて、2015年12月に再評価を行う予定である。米国では、こうした規制は行われていない。しかし、米国環境保護庁は2015年4月2日に、ハチへの影響に関する新たなデータが提出されないかぎり、ネオニコチノイド系農薬の野外での使用が新規に承認される見込みはないという趣旨の発表を行った(編集部註:日本の農林水産省は『農薬による蜜蜂の危害を防止するための我が国の取組』中で対策を検討中と述べている。一方、厚生労働省は5月19日、この農薬の食品中の残留基準値を緩和した)。
農薬がハチに及ぼす影響については、これまでにも数多くの研究が行われてきたが、そのデータには一貫性がなかった。ハチのコロニーの弱体化をネオニコチノイド系農薬と結び付ける研究の多くが、投与量が現実的でないなどの批判を受けている。また、ネオニコチノイド系農薬が有害であるなら、ハチはこの農薬で処理された植物を避けるようになるだろうと主張して、この農薬を擁護する人々もいる。
ニューカッスル大学(英国)の昆虫神経行動学者Geraldine Wrightらは、この観点から研究を行った。彼らはセイヨウミツバチ(Apis mellifera)とセイヨウオオマルハナバチ(Bombus terrestris)を箱の中に閉じ込めて、何も添加していないショ糖溶液と、ネオニコチノイド系農薬(イミダクロプリド、チアメトキサム、またはクロチアニジン)を花蜜で見られる程度に添加したショ糖溶液のどちらかを選べるようにした。その結果、ハチは前者よりもむしろイミダクロプリドやチアメトキサムを加えた溶液を選ぶ場合が多いことが明らかになった1。ただし、野生でもこのような選り好みが見られるかどうかは不明である。
Wrightのチームは、ネオニコチノイドに対するハチの味覚ニューロンの反応が農薬の濃度によって変化しないことも、分析によって明らかにした。つまりハチはネオニコチノイドの味を分かっておらず、味覚以外の仕組みによって、農薬を加えた蜜を選んでいたのだ。先行する他の複数の研究から、ネオニコチノイドはハチの脳の記憶や学習に関連した受容体を活性化することが分かっている。
ルンド大学(スウェーデン)の生態学者Maj Rundlöfらによる第2の論文(参考文献2)では、ミツバチと、マルハナバチを含む野生のハチについて、スウェーデン南部で野外調査を行っている。この研究チームは、クロチアニジンで種子処理したアブラナの圃場8カ所と、非処理の種子をまいた圃場8カ所を比較分析した。
ミツバチの反応は、農薬で種子処理した作物の圃場でも非処理の種子をまいた圃場でも違いは見られなかった。これに対して野生のハチでは、種子処理した作物の圃場での密度が、非処理の圃場の約半分になっていた。また、種子処理した作物の圃場では、社会生活をしない単生バチの巣作りやマルハナバチのコロニーの成長も不活発だった。「野生のハチへの影響が心配です」とRundlöfは言う。
この研究で農薬がミツバチのコロニーの健康状態に影響を及ぼさなかった理由について、Rundlöfは、ミツバチのコロニーは野生のハチより大きいため、かなりの数の働き蜂が失われないとコロニー全体に影響が現れないのではないかと考えている。もしそうなら、新たな問題が生じてくる。「ミツバチは、農薬の毒性テストのモデル生物として利用されているからです」と彼女は言う。ミツバチがハチ全体を代表していないのであれば、他の研究でミツバチへの悪影響が検出されないことに説明がつくと考えられる。
サセックス大学(英国ブライトン)のハチ研究者Dave Goulsonも、ミツバチは野生のハチよりネオニコチノイドに順応しやすいのではないかと考えている。彼によると、従来の研究については、対照群の汚染などの問題が多数指摘されているが、Rundlöfの論文はこうした問題の多くを回避できており、これまでに行われた野外研究の中でおそらく最も優れているという。「論理的な人間なら、農薬が実際に野生のハチに影響を及ぼしていることを認めなければならないでしょう」。
論争はますます激化している。Goulsonは2015年3月に、英国食品環境研究庁による2013年の研究(go.nature.com/w9jlti参照)のデータを再分析した(参考文献3)。この研究では、ネオニコチノイド系農薬はハチに悪影響を及ぼさないと結論付けていたが、Goulsonは、実際には悪影響を及ぼしていたことを見いだした。それに対し、同月に発表された米国の研究によれば、イミダクロプリドで種子処理した作物に曝露されたミツバチは、悪影響を受けても「無視できる」程度であることが明らかになった(参考文献4)。2014年にカナダで行われた研究(参考文献5)も、クロチアニジンで種子処理したアブラナに関して同様の結論に達している。
ダンディー大学(英国)でヒトとハチの神経科学を研究しているChristopher Connollyは、ネオニコチノイドがマルハナバチのニューロンの機能に有害な影響を及ぼすことを示唆する研究結果を2015年1月に発表しているが(参考文献6)、その時点ですでに、農薬がハチへの脅威になっていることを確信していたと話す。ネオニコチノイド系農薬がハチに悪影響を及ぼしていることに疑問の余地はなく、科学者は、その仕組みを解明する段階に進まなければならないと彼は言う。
Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150713
原文:Nature (2015-04-23) | doi: 10.1038/520416a | Bee studies stir up pesticide debate
Daniel Cressey
参考文献
1. Kessler, S. C. et al. Nature 521, 74-76 (2015).
2. Rundlof, M. et al. Nature 521, 77-80 (2015).
3. Goulson, D. PeerJ 3, e854(2015).
4. Dively, G. P., Embrey, M. S., Kamel, A., Hawthorne, D. J. & Pettis, J. S. PLoS ONE 10, e0118748 (2015).
5. Cutler, G. C., Scott-Dupree, C.D., Sultan, M., McFarlane, A. D. & Brewer, L. PeerJ 2, peerj.652 (2015).
6. Moffat, C. et al. FASEBJ 29, 2112-2119 (2015).
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