太平洋の南西に浮かぶニュージーランド。この国の電力の約79%が自然エネルギーによるものだという。そして2025年までに、自然エネルギーの割合を90%にする目標を掲げている。
自然エネルギーを推進し、原発のない国づくりを進めるニュージーランドだが、その道のりは平坦ではなかった。過去に、財政破綻する危機を乗り越え、エネルギー政策を見直した経緯があったのだ。財政難の問題を抱える今の日本が、ニュージーランドから学べることはあるのか——。
前編につづいて、2010年1月にニュージーランドへ移住し、湖畔の森と東京都心という〝両極端〟ともいえる2拠点を行き来しながら、執筆や講演活動をする四角(よすみ)大輔さん(写真)に話を聞いた。
■ニュージーランドが方向転換したきっかけ
自然エネルギーと「非核法」を大切にしているニュージーランドだが、順風満帆に今のような持続可能な社会を築いてきたわけではない。国を揺るがしたある出来事をきっかけに、経済発展を優先する政策から方向転換し、エネルギー的にも食料的にも自立した国家の道を歩みはじめたのだという。
「実は、1970年代にニュージーランドが財政破綻の危機に陥ったことがあったんです。かつての宗主国で主要な貿易相手国だったイギリスがECに加盟したことで農業輸出額が激減。さらに、同時期に起きたオイルショックの影響をうけて国が破綻寸前にまで追い込まれました」
ニュージーランド政府は、これをうけて、1)中央官僚の大幅な削減、2)電信電話、鉄道、航空、発電、国有林、金融などの国営企業の民営化、3)大学と国立研究所の法人化 などの抜本的な大改革に取り組んだ。これにより、国家財政は黒字化し、国家運営のスリム化や財政の健全化を成し遂げたのだ。
「他国の影響を受けない国を——。ニュージーランドのインディペンデントな(独立した)精神は、この教訓によって生まれたのではないでしょうか。さらには、この国でも過去に一度、経済成長を優先しようとして、火力発電比率が高まった時期もありました。これらを経験したことで、持続可能で、国家として独立性を維持できるような国づくりを目指すようになったのです。具体的には、水、食料、電力を自給することできれば、世界情勢の影響を受けずに常にインディペンデントな存在でいられる、そう考えたのです」
「ただ、こういう話をすると、『人口や産業形態、必要な電力量がまったく違うのに、同列に議論できるのか』というような反応が必ずあります。前編でも語りましたが、大切なのは『そもそも国としてどうありたいのか』といった意思や文化です。こういった哲学をベースに、エネルギー政策や外交政策が議論されるべきではないかと。でも、『原発0。自然エネルギー79%』といった日本にとっては衝撃的なトピックをつきつけられると、反射的に『安易に比較すべきでない』といった意見になってしまうのは残念に思います」
水と農産物は豊富なニュージーランド。火力発電の比率を下げて自然エネルギーを推進したことで、電力の大半も自国でまかなえるようになった。さらに、北米・欧州・アジアへ積極的にビジネスを展開する隣国のオーストラリアとは違い、金融や経済活動も手を広げず国内投資がメインだ。その結果として、ニュージーランドは2008年のリーマン・ショックの際、直接的な影響もあまり受けずに済んだという。
■「節電」が当たり前 電気を使わないライフスタイル
自然エネルギーを推進したことで、ニュージーランドの電気料金は安くない。日本と比べると食料や日用品の物価が安いが、電気料金だけは日本と同程度。そんなニュージーランドの人々にとって、「節電」は当たり前の習慣になっているようだ。
「大都市の中心部を除いて、24時間営業のコンビニのようなお店は基本的にありません。自動販売機もなく、お店も夕方には閉店します。例えるなら、節電意識が高まった震災直後の日本の街の暗さが、ニュージーランドでは日常です。飲食店はカフェ(写真)が多く、閉店時間は15時前後で、土日休みのところも多いです。基本的に、家族と家でごはんを食べますね。夜まで営業しているレストランは数が少なく、営業中も本当にやってるの!? と思うほど暗いです(笑)。冬でも暖房がついていない場合が多く、みんな上着を着ながら食事をしています」
「あと、僕の住んでいる田舎街は、よく停電しますね。だいたい一週間に一度、数秒の停電があり、月に一度くらいの頻度で、数時間の停電があります。でも、ヘッドライトなどの備えがあれば問題ありませんし、もう完全に慣れました(笑)。あと細かいことですが、どの家の壁のコンセントにも、最初からオンオフの切り替えスイッチが付いています。こんなふうに『節電』があたり前の習慣としてライフスタイルに組み込まれているのです」
ニュージーランドの日常を楽しそうに話す四角さん。自分たちの意志で自然エネルギーを選んだ代わりに、日々の不便は受け入れるニュージーランドの人たちの暮らしぶりが伝わってくる。彼らの根底に、ニュージーランドという国に受け継がれた原住民マオリの「自分たちが大地に属し、環境に依存している、その自然を壊してはいけない」という生命観があるからだと教えてくれた。
"経済成長"や"雇用を守る"といったテーマは、たしかに重要なテーマだ。「しかし、その論理のなかにいて、人類が、地球にとってやっていいことと、いけないことのラインを感じ取る感性を鈍らせては致命的なことになりかねない」と四角さんは、今の日本に警鐘を鳴らす。
■日本人は、もっと自然と触れ合う時間を
現在、東京の都心とニュージーランドの森を行き来する四角さんは、「東京は明るすぎて、モノが多すぎて、便利すぎる」と感じるという。「久しぶりに東京に戻ると、情報ノイズにめまいがする—−」と。
「日本には、いまだに、企業も経済も永遠に成長し続けられると信じている人が多くいますが、地球がそのペースに合わせて膨張し続けることはありません(笑)。あたり前ですが、資源には限りがあります。今考えれば、高度経済成長や80年代のバブルは、ある意味、非地球的で非人間的なものだったといえます。たとえば、日本の食料廃棄率は世界一なんです。食料自給率は低いのに、大量の食物を輸入して、過剰に生産しているのです。こうなると廃棄前提といってもおかしくありません。日本は物づくりの国といわれてきましたが、気づけば、物をつくりすぎる世界有数の『資源無駄遣い国家』になってしまっているのかもしれません。ニュージーランドが早くに経済成長路線を放棄し、持続可能でインディペンデントな国づくりを目指したように、今こそ日本もギアを落としてダウンシフトし、人間的なライフスタイルや地球環境を優先する思考を持つことを、ぼくは望んでいます」
ギアを落とす一番の方法は「自然のなかへ入り、地球人としての感覚を呼び起こすこと」だと四角さんはいう。「山歩きをしたり、キャンプに行ったりするのもいいですが、家の近くの公園を散歩したり、お隣の庭の木々を見つめたり、日中に青い空を見上げ、夜に月を見つめるだけでも十分なんです」
「養老孟司さんは、人間にとって自然がいかに重要かという視点から『二地域居住』を提案されました。ひとつの拠点を都市にするなら、もうひとつは田舎にする、という考え方です。それが、人間が健全でいられるひとつの生き方だと。地方に故郷がある方は、実家のある田舎へ、自然に触れるという目的を持ってもっと頻繁に帰ってみて下さい。田舎がない方は、週末にアクセス可能な距離に、そういう場所を見つけてみてはいかがでしょう」
■世界で最も若い国、ニュージーランド
The youngest country on the earth(世界で最も若い国). ニュージーランドの人々は、自らの国を、親しみを込めてこう呼ぶ。国家としての歴史が浅く守るべき伝統や文化がない分、新しいものを柔軟にとり入れることができる。ニュージーランドは、積極的に移民と異文化を受け入れ、一早く同姓愛者同士の結婚も法的に認めている。近年では、いつも幸福度ランキングでは北欧と並び上位に位置し、「安全な国」や「不正が少ない国」では世界一を誇るという。
ニュージーランドのことを四角さんは「ナチュラルでオーガニックなだけでなく、リベラルでクリエイティブな国」と称した。クリエイティブとは、『国としてどうありたいのか』をデザインする創造性があるという意味でもあるだろう。日本は、この「未来の国」ニュージーランドから、自然に対する姿勢や、国としての在り方、これからのエネルギー政策について学べることはあるはずだ。
財政危機を乗り越え、インディペンデントな国づくりを進めるニュージーランドや、自然を大切にするニュージーランドの人々のライフスタイルについてどう思いますか? あなたの意見を聞かせてださい。
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