自然エネルギー100%の未来は実現できる!?「長期シナリオ2017」をめぐる議論

新しいエネルギー社会の実現に向けた「100%自然エネルギーシナリオ」。その実現可能性について今、議論がなされ始めています。

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地球温暖化を抑えるため、日本のエネルギーを全て、再生可能な自然エネルギーでまかなう未来へのシナリオをまとめた、WWFの「100%自然エネルギーシナリオ」。その提案の実現可能性について今、さまざまな視点から議論がなされ始めています。2017年4月12日には、国際環境経済研究所が、最新のシナリオの内容について疑問点を提示する論考を発表。WWFジャパンもこれに対する回答を明らかにしました。決して簡単ではない、新しいエネルギー社会の実現に向け、WWFはこうした議論の活性化を期待しています。

再生可能エネルギー100%に向けたシナリオをめぐる議論

地球温暖化の緩和をめざすWWFジャパンは、現在、株式会社システム技術研究所への委託研究を通じ、2050年に、日本のエネルギーがすべて、再生可能な自然エネルギーによって供給される未来に向けたWWF「100%自然エネルギーシナリオ」の研究と発表に取り組んでいます。

2017年2月には、その最新の報告書「脱炭素社会に向けた長期シナリオ2017~パリ協定時代の2050年日本社会像~(WWF長期シナリオ)」を発表。

すでに発表している、WWFの「100%自然エネルギーシナリオ」と、日本政府が掲げる2050年に80%削減を達成することを前提としたシナリオ「ブリッジシナリオ」の二つを検討した結果をまとめ、再生可能エネルギーの導入が、日本に96兆円から84兆円の利益をもたらす可能性を明らかにしました。

この内容に対し、NPO法人国際環境経済研究所が、2017年4月12日、「再生可能エネルギー100%は可能か、~WWFジャパン「脱炭素社会に向けた長期シナリオ」の問題点~(執筆:塩津源氏)」と題する論考を発表。

WWFの長期シナリオに対して、「残念なことにこの報告書は初歩的な分析の誤りを含み、非現実的で過大な想定にも依拠しており、これらが結論に対し看過できないほどの重大な影響を与えている」とする論考を発表し、以下の主に8つの疑問を呈しました。

WWFジャパンは、国際環境経済研究所が「WWF長期シナリオ」を取り上げて、詳細に検討し、分析を行なわれたことに感謝と敬意を表すと共に、ご指摘いただいた点の多くが、科学的な問題というよりも、根本的な考え方の相違からくるものであると思われる点を指摘。

個別の疑問に対し、その回答と根拠を明示しました。

2050年という長期に向けた社会像を、こうした国民的議論で考えたうえで、今の政策を決めていくことへの指針とすることこそ、WWFジャパンが強く願う処でもあります。

【国際経済研究所からの疑問】

1 分析方法への疑問 (1)金利のない国ニッポン

報告書では、いずれのシナリオにおいても金利をゼロと置き、配当金が発生することもなく、資本コストが一切かからないと想定している。このため、再生可能エネルギーのように固定費用の割合が大きく、変動費用の小さい投資が相対的に有利になっている。資本コストがかからないのであれば、初期投資が大きい原子力発電の競争力も高まるはずだが、そもそも段階的に廃止する前提なので、報告書ではそのような試算までは行っていない。

しかし、資本コストがかからないのであれば、そのような資金需要に出融資する慈善事業家がいる訳がない。イスラム世界でも手数料や配当金といった資本コストがかかるのに、いったい地球上のどこでそのような経済システムが成り立つのだろうか。絶対にあり得ないことを前提とするようでは、試算としての意義が乏しい。

実は資本コストの非計上は、次に述べるとおり、報告書の結論を成り立たせるための重要なトリックになっているのである。

まず、この報告では、金利を含めませんでしたが、数%程度の金利を含めても結論に大きな変わりはないと考えています。

なお、省エネの場合には、WWFシナリオが想定している多くの技術の場合は、多くが1年~3年以内、長いものでも10年以内には投資額が回収できる想定であるため、40年という長期にわたって投資を継続しなければならないものではありません。また、投資回収年数を現状の産業界のBAUである3年以内(3年以内ならば投資する)という原則から離れて、それぞれの機器の耐用年数に見合った年数の投資回収年を想定することによって、産業界は自ら持てる資本によって、投資が進められていくことが想定されると考えています。

再エネの場合は、数年間は現状のような固定価格買い取り制度などの政策の後押しが必要であると考えています。しかし運転費用として今後も不安定な化石燃料輸入に継続的に費用が掛かることを選択するのか、国産エネルギーである再エネを主流にしていくのかは、その国の考え方の選択であると考えます。

【国際経済研究所からの疑問】

(2)再エネでお得?

報告書におけるコスト試算は、二つのWWFシナリオを実現するために必要な総費用ではなく、なりゆきケース(BAU)との比較による。このBAUは、日本エネルギー経済研究所の「アジア/世界エネルギーアウトルック2015」のレファレンスケースである。比較によるため、再生可能エネルギーの運転費用はゼロでなく、マイナスで表示される。このことをもって二つのWWFシナリオは「お得」であるという。

具体的に「100%自然エネルギーシナリオ」においては、2010年から2050年までの設備投資費用が省エネに191兆円、再エネに174兆円の合計365兆円かかるとしている。その運転費用は、省エネにマイナス281兆円、再エネにマイナス168兆円の合計マイナス449兆円である。これにより差引き正味費用は、省エネにマイナス90兆円、再エネ5.9兆円の合計マイナス84兆円になる。

また「ブリッジシナリオ」においては、設備投資費用が省エネに154兆円、再エネに143兆円の合計296兆円かかるとしている。その運転費用は、省エネにマイナス247兆円、再エネにマイナス146兆円の合計マイナス392兆円である。これにより差引き正味費用は、省エネにマイナス93兆円、再エネにマイナス3.5兆円の合計マイナス96兆円になる。

注意を要するのは、正味費用がマイナスになるからといって、これが需要家に返金される訳ではないし、電気料金がゼロにもならないことである。BAUとの比較である。設備投資費用がかかる代わりに燃料費だけ電気代が抑えられ、他の投資や消費に充てることができるという意味である。

もっとも、現実には資本コストを考慮すれば、これは事業計画として魅力に乏しいものである。なぜなら、設備投資費用に対する「お得」度を投資収益率で考えると、正味費用マイナス84兆円は23%、マイナス96兆円は32%に過ぎない。しかし、仮に金利が3%として、手持ちの資金を40年間複利で運用するだけで3.17倍、2%でも2.16倍になって戻ってくるからだ。

これだけの差があれば投融資先として候補にならない。だからこの試算では金利がかからない前提にせざるを得なかったのだろう。

設備投資は最初からすべての設備に投資するのではなく、年を追って段階的に投資してゆくので、投資資金合計は次第に増加します。自然エネルギーについては20年の設備利用期間が終了すれば設備更新されますが、2050年以降に資金回収される部分は計算に含まれていません。省エネルギーについてはもっと短い期間で資金回収が完了します。単純に40年間の複利計算と比較するのは不適当です。この報告では40年間に化石燃料コストが上昇し、自然エネルギーコストが低下してゆくので、省エネルギーも自然エネルギーも資金的には有利であると、私たちは考えています。また、お得な投資先でないとしていますが、化石燃料価格が上昇してゆく中、WWFシナリオの示す選択はむしろ有利な投資先であると考えています。

さらに、予想される温暖化の被害と比較すれば、十分検討する価値のある投資先です。「温暖化に対する行動」は、既存の固定的なビジネス感覚で「現状のコスト比較のみでお得な投資先を探すこと」ではないと考えています。将来起こりうることを想定して、現状を変えていく投資が重要です。国連やIPCCをはじめとして世界が、「温暖化に対する行動」を21世紀の課題にしているとき、この問題を放置すれば、時間とともに対策コストは急増してしまいます。

【国際経済研究所からの疑問】

(3)送電・蓄電コストはどこへ

資金コストがないのなら、潤沢に投資ができるのかと思えばそうではない。報告書では、太陽光発電システムの大幅なコストダウンを想定する一方で、送電及び蓄電コストはまったく考慮していないようである。これも二つのWWFシナリオを「お得」に見せかけるための重要なトリックである。

確かに、送電及び蓄電コストを合理的に見積もるには困難がある。太陽光パネルや風力発電が既設の系統近くに都合良く設置できるか分からないし、たとえ接続できたても消費地までの送電容量が充分か不明である。蓄電コストも同様で、将来のコストダウンが見通せないし、蓄電サイトへの送電容量も不明である。また、報告書では余剰電力を利用して水素に変換することで実質的に蓄電し、燃料として有効利用することを想定するが、水素の消費先への輸送コスト又は水素製造設備への送電費用が発生する。

しかし実は、2013年にWWFジャパンが発表した「脱炭素社会に向けたエネルギーシナリオ提案」の電力系統編(第四部)では、2050年にすべての電源を再生可能エネルギーで賄うことを前提として、必要な送電線、蓄電池や水素製造設備などの費用試算を既に行っているのである。なぜせっかくの試算を使わないのだろうか。

この試算によれば、利用可能な揚水発電の規模が260ギガワット時であるという今回の試算と近似するケースにおいて、2050年までの累計で約25兆円の費用を見込んでいる。これを今回の設備投資費用に加算すれば、再エネの正味費用が「100%自然エネルギーシナリオ」で19.1兆円、「ブリッジシナリオ」で21.5兆円のプラスになる。どちらも「お得」でなくなるのである。

このことは、再生可能エネルギーに有利な結論を偽装するために、送電及び蓄電のコスト試算を捨象したのではないかと疑わせる。

送電費用と蓄電費用はご指摘のようにすでに計算しており、ご覧いただいたこと、ありがとうございます。自然エネルギーへの投資は、2050年に向かって増大してゆくため、その投資が回収されるのは、主として2050年を過ぎてからになります。送電費用と蓄電費用の設備は自然エネルギーの規模が大きくなってから投資が行われ、その後は長期にわたって使用されますので、その費用の多くは2050年以降に回収されてきます。そのため、ここには含めませんでした。

日本が2050年までに少なくとも温室効果ガス80%削減を可能とする社会に変わるために、再エネ投資を行うという選択をするならば、2050年を超えてから再エネ投資は大きく投資回収が可能となります。化石燃料に頼り続ける経済とは2050年以降が大きく異なってくるのです。パリ協定の長期目標が、今世紀末のなるべく早い時期に、人為起源の排出を実質ゼロにすることであることを鑑みると、どちらの方の選択のほうがいいかは考え方次第と考えます。

【国際経済研究所からの疑問】

(4)世帯数データの誤り

報告書では、日本の人口が2010年比で2050年に76%減少することや持続可能な社会への変化により、2050年の活動量が80%に低下すると予想している。そしてこれによるエネルギー需要の減少を二つのWWFシナリオで見込んで、なりゆきケース(BAU)と比較する。

もっとも、人口が減少して世帯の人数が半分になったとしても、冷蔵庫、冷暖房、テレビのエネルギー消費量が半分になる訳ではない。家庭部門のエネルギー需要は世帯数に影響を受けると考えられるから、世帯数をどう見積もるかも重要である。

実は日本の世帯数は、近年の高齢化や未婚の単身世帯の増加により、人口とは異なる変化を見せている。2010年から2016年にかけて日本の人口は12,806万人から12,693万人へ減少したが、住民基本台帳上の世帯数は5,336万世帯から5,695万世帯へ逆に増加を続けている。これは家計部門のエネルギー需要を増加させる要因である。

二つのWWFシナリオでは、日本の世帯数が2010年から2050年にかけて5,378万世帯注1)から4,519万世帯へ単調に16%減少すると想定している。この出典は明らかでないが、中途の2020年を5,305万世帯、2030年を5,123万世帯とするのは国立社会保障・人口問題研究所の「将来推計」注2)と同一なので、これを基礎に減少トレンドを2050年まで延長したものと推測される。しかし、これでは近年の世帯数増加を充分に織り込んでいないことになる。

しかも「将来推計」では、2010年の世帯数を5,184万世帯としており、住民基本台帳上の実績よりも3%少ない。さすがに「将来推計」が基本的な実績データの間違いを犯すとは考えにくいから、定義範囲が狭いと見るべきである。したがって、住民基本台帳上の実績に基づく2010年の世帯数と、これよりも定義範囲が狭い「将来推計」を延長させた2050年の世帯数は、データの連続性を欠く。定義の異なるデータを単純に並べて比較するのは誤りである。この結果、世帯数の減少を過大に見積もり、エネルギー需要の減少を過大評価している。

なお、政府エネルギー需給見通しでは、2013年度比で2030年度の人口が8%減少するものと見込み、世帯数の減少は3%としている。WWF報告書では、政府のエネルギー需給見通しでは人口減少を考慮していないというが、これも誤りである。

注1)住民基本台帳によれば2010年の世帯数は5,336万世帯が正しい。2011年と取り違える単純ミスと思われる。

注2)国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」(2013年1月)。ただし、この将来推計は2035年までのもの。

ご指摘のように世帯当たり人口が減少して、一時的に世帯数が増加することが生じると思われますが、最終的には世帯数も減少してゆくと思われます。また世帯数が増加したときにもエネルギー消費に大きな影響を与えないと考えられます。その理由は、世帯人数が減少して、小型の電気製品などの需要が増加すれば、そうした製品の効率向上が行われるので、世帯数が増えてもエネルギー消費が特段に大きくならないと考えられるからです。

【国際経済研究所からの疑問】

2 実現性への疑問

根本的に実現し得ない、又は誤りに基づく「分析方法への疑問」に比べて、これから述べる「実現性への疑問」は、可能性があながちゼロとは言い切れない。人類は月に行く技術もあるのだから、資金を潤沢に使いさえすれば、大抵のことはできるからである。それでも特に実現性が低いと考えられる点を指摘していく。

(1)産業部門

産業部門の削減対策の柱は、鉄鋼のリサイクルと工場の省エネルギーである。鉄鋼のリサイクルは高炉を電炉に置き換えてスクラップ鉄の利用度を高めることが挙げられている。省エネは、冷却水ポンプと排気ファンのモータのインバータ制御への置き換えが挙げられている。

① 鉄鋼のリサイクル

我が国鉄鋼業からの二酸化炭素の直接・間接の排出は年間約2億トンと、産業部門では最大の排出量を占める。鉄鉱石を原料に高炉で鉄を作る場合、鉱石中の酸化鉄をコークス等で還元する必要があるから、生産過程で粗鋼1トンにつき2トン程度の二酸化炭素を発生させる。一方、スクラップ鉄を原料に作る電炉による場合、還元プロセスが不要なので排出は4分の1程度で済む。したがって、鉄鋼のリサイクルは排出削減対策になり得る。

報告書では、2010年から2050年までに鉄鋼の国内生産量を年間10,550万トンから8,870万トンへ16%減らしつつ、電炉のシェアを現在の25%から2050年までにヨーロッパ並み70%に向上させるとする。これにより高炉の生産量は2,650万トン、電炉の生産量は6,200万トン程度になる。

問題は、電炉の設備能力や電力需要の増加もさることながら、原料となるスクラップ鉄が国内で集まるか否かである。現在の電炉生産量が2,600万トンとすると、追加的に3,600万トン程度のスクラップ鉄が必要になる計算になる。輸出分が1,000万トンだから、これは非現実的である。

スクラップ鉄の発生は、加工過程の端材や建造物の改築、自動車の買換えといった投入に付随すると考えられる。13億トンの国内の鉄鋼蓄積を取り崩してスクラップを捻出するだけでは、いずれ橋やビルを木造にし、戦争中のように鐘や鍋釜を回収しなければならなくなる。日本がスクラップ鉄を買い漁れば、世界のどこかで高炉の鉄を増産しなければならず、排出量はかえって増えるかも知れない。

しかも、鉄鋼製品の製造には、スクラップに含有する銅、錫など不純元素の割合を一定以下に抑える必要がある。なぜなら、例えば自動車の外板には強度を備えて軽くできるハイテン鋼(冷間加工)やホットスタンプ材(熱間加工)が用いられるところ、銅や錫は熱間加工性、冷間加工性や焼き戻し脆性に悪影響があるからである。また、電動機には電力ロスや耐久性の観点から、純度の高い電磁鋼板が用いられる。これらに電炉は不向きである。

もっとも、国内の電炉の設備能力は4,200万トンあって、電気代がコストを圧迫して稼働率は6割程度に留まり、増産余地がある。スクラップ鉄の価格が上がれば、輸出分が内需に回るだろう。このためには、必ずしも高炉からの鉄による必要がない需要を電炉からの鉄に転換して需要を喚起すると共に、電気代を低廉なものにして電炉の競争力を高めることが必要である。

大量の原材料や化石燃料資源を消費する社会から、資源消費的でない社会へ転換してゆくことがこれから起きてくると考えています。いつまでも現状のような鉄鋼生産のレベルが維持されるとは考えにくいからです。私たちは、そうした社会を想像することからこの報告を作成しています。

現在日本の鋼材需要約95百万トンのうち、35百万トン程度が輸出向であり、その大部分は高炉メーカーにより賄われています。2050年において、各国の鉄鋼生産能力も増強されると予想される中、日本の鋼材需要が35%程度の割合を維持しているかどうかは不明です。

一方、国内消費量について考えると、我が国の国内鋼材需要は概ね60百万トン前後です。

上記前提に従って、国内需要についても16%減少して、60百万トンx0.84=50.4百万トンとなったと仮定し、かつ、電炉鋼材割合が70%であるとするならば、2050年段階の国内鋼材需要向の電炉生産量は、50.4百万トン*0.7=35百万トン強となります。我が国における電気炉生産は、1990年に35百万トン強の粗鋼生産実績があること、加えて、現在の我が国からの鉄スクラップ輸出量(2015年度、860万トン)、さらに、今後の我が国のスクラップ蓄積量の増加等を勘案すれば、国際経済研究所の試算前提に立ったとした場合でも、国内の鋼材需要に対応する鉄スクラップは充分に充足できる、と思われます。

スクラップ鉄中の不純元素の問題を指摘されていますが、リサイクル段階での分別に関する研究開発が進んで解決されると期待しています。スクラップを原料とした鉄鋼製品の製造においては、Cu等に代表されるトランプエレメントの制御が重要であり、これまで、Cuの有効利用化技術やCu含有量が多くても製品として許容できる技術開発が行われてきました。例えば、環境省の鉄スクラップの高度利用化調査業務においては、Cu含有量が0.30%程度であっても良好な機械的特性を示す技術が報告されています。また、解体分別に目を向けると、Cu自体は高価な元素であり分別が進んだこと、及び、廃車の全部利用にみられるように解体分別の技術・手法が進んだ結果、スクラップ中のCu含有量は、最近、低下傾向にあります。このように、トランプエレメントがあっても無害化する技術とスクラップの分別と分別技術の進展により、将来の大規模なスクラップ鉄の利用を可能にできると考えられます。また電磁鋼板は鉄鋼生産のごく一部であり、電炉を使用せずに生産されて問題はないと思います。

【国際経済研究所からの疑問】

② 工場の省エネルギー

報告書では「日本の省エネルギーは国際的にもっとも進展しており、これ以上雑巾を絞る余地がないという表現は過去のものになってしまった」とし、「現在では、日本の産業の省エネルギー水準は欧米に後れをとり、場合によっては中国にも遅れをとっているような状態である」という。

しかし、この認識は正しくない。なぜなら、鉄鋼1トンや自動車1台当たりの二酸化炭素排出量のような物的生産性では、依然として日本の製造業の効率は世界最高水準にあるからである。付加価値単位の生産性は、物価水準や為替レートに左右されるので、製造業の国際比較指標としては妥当ではない。

それでも日本国内に省エネ余地があるのは真実である。その理由は、製造業はグローバルに活動しているので、例えば工場のモータをインバータ制御に置き換える余地が国内に存在して、数年で投資が回収できたとしても、海外により有利な投資機会があれば、そちらに投資しなければ国際競争に負けてしまうからである。国内に省エネ余地が残されていることは、実は産業空洞化と無縁ではない。

省エネ投資を促進するには、労働力の確保、規制の合理化などで国内投資環境を改善する必要がある。

日本には省エネルギーの余地があることを認識いただいたことに敬意を表します。ただし、海外に有利な投資機会があれば投資するというのは、企業としての製品や販売の戦略の上での投資判断であり、省エネルギー投資とは性格の異なる問題です。国内でも海外でも工場を建設あるいは維持する場合に、経済性のある省エネルギー投資が多くあり、検討する価値のある投資課題です。

【国際経済研究所からの疑問】

2)運輸部門

運輸部門の省エネルギー対策の柱は、エコドライブとカーシェアリングを挙げる。その上で、電気自動車(EV)と燃料電池車(FCV)の普及により排出量を抜本的に削減していく。

この中では、カーシェアリングの省エネ効果のメカニズムが不明である。報告書では乗用車の5%にカーシェアリングが採用され、1台当たり80%の省エネルギーになるとして、全体の4%の削減効果が見込めるという。しかし、ヒッチハイクや相乗りならともかく、カーシェアリング自体は日本全体の走行距離に影響を与えないと思われる。

電気駆動のEV及びFCVは、車上太陽光により1台当たり20%の燃費改善になり、これがすべてのクルマに搭載されれば、全体で同率の省エネルギー効果が見込めるとする。EV普及の障害になっているのは、一回当たりの充電時間に比べて航続距離が短いことである。駐車中や路上で充電できるのであれば時間が節約されるから、もっと普及するかも知れない。

しかし、たとえすべてのEVに車上太陽光が搭載できたとしても、常時日照りの良い場所に駐車している訳ではないので、日本全体の省エネに直結させるのは過大と思われる。一方、FCVは一回の充てんで十分な航続距離が確保されるので、わざわざコストをかけて重いパネルや高いバッテリーを搭載する意味がない。

カーシェリング自体が日本全体の走行距離に影響を与えないとしていますが、この報告書では4%ほどとしましたので意見に大きな違いはないものと思われます。車上太陽光の省エネルギー効果は、常に太陽光を受光できるわけではないので控えめに見積もっていますが、EVやFCVでは効率が高いため、走行に必要な電力需要が小さくなるので太陽光の役割が重要になります。太陽光パネルのコストが低下してゆくので、充電する電力や、水の電解による水素よりも低コストのエネルギー源として利用されるものと想定しています。なお車上搭載の太陽光パネルはすでに薄型の軽量素材が使用されており、大きな重量増加の問題は生じないと思われます。

【国際経済研究所からの疑問】

3)家庭・業務部門

家庭・業務部門では、人口減少に比例して冷暖房、給湯やエレベータ動力、照明のためのエネルギー需要が減少するとしている。その上で建築物の断熱化の進展やヒートポンプ効率の2倍向上を見込む。

厳密に言えば、家庭部門のエネルギー需要は人口ではなく世帯数の影響を受ける。報告書の文言からは、世帯数を採用して推計したか明らかでない注3)。たとえ推計に世帯数を採用したとしても、既述のように世帯数の見積もり自体に減少幅の過大評価の誤りがあるから、結果は信用できない。

また、業務部門のエネルギー需要は人口ではなく労働者数や事業所数の影響を受ける。特に労働者数については、社会全体の女性の活躍機会の拡大、高齢化や年金財政の逼迫により今後労働力率が上がることが見込まれており、人口減少がそのまま反映されると考えるのは適切でない。実際に2010年から2015年にかけて就業者数は6,298万人から6,376万人に増えている。

さらに、ヒートポンプは室内の空調の観点からはエネルギー効率の高い機器であるが、廃熱を室外に汲み出すため、市街地におけるヒートアイランド現象の原因の一つになっているとの指摘がある。2050年の長期を見通すと、昔なら冷房が不要だった時節にこれが必要になることも考えられる。

すでに述べたように世帯数の増加があっても、小型の電気製品の効率が高くなり、住宅の断熱性能が向上するので、大きなエネルギー需要の増加にはならないと考えています。

労働者数の変化については、一時的に増加しても、結局は人口全体の減少という大きな流れが全体を支配することになると思われます。

ヒートポンプは冷房時に廃熱を外へくみだすため都市のヒートアイランド現象の原因になるとのことですが、ZEB(セロエネルギービル)などの普及によって、冷房需要を削減したうえでの利用になるので、その心配は無用と思われます。またここでのヒートポンプの利用の多くは低温熱の供給のためであり、冷房に向けられるのは一部でしかありません。

【国際経済研究所からの疑問】

4)エネルギー転換部門

エネルギー転換部門では、再生可能エネルギーの飛躍的拡大を見込む。「100%自然エネルギーシナリオ」では石炭、石油、天然ガス及び原子力の電源構成比率はゼロになる。「ブリッジシナリオ」では石炭、石油及び原子力はゼロになり、バックアップ用に天然ガス火力を見込む。いずれも火力発電における二酸化炭素の分離回収・貯留(CCS)は想定しない。太陽光と風力からは需給ギャップのため余剰電力が生じることが見込まれるので、EVとFCVへ供給する電力や水素に向けられる。

① 太陽光・風力発電

太陽光発電の設備容量は、「100%自然エネルギーシナリオ」では4億4,470万キロワット、「ブリッジシナリオ」では3億5,930万キロワットとしている。現在の導入量3,652万キロワット注4)の12倍から10倍であり、環境省のポテンシャル調査の高位推計2億7,250万キロワットをも上回る。

これを実現するには、環境省のポテンシャル調査の対象外となっていた、耕作地の一部や耕作放棄地を太陽光発電設備の設置に用途変更しなければならない。食糧自給率とエネルギー自給率のどちらを優先するかである。しかも報告書では、我が国の過去のバイオマス最大利用量注5)の5倍近い1,254ペタジュールのエネルギー作物を新たに生産することも想定している。エネルギー作物の栽培には膨大な面積が必要である。これらの整合性は取れているのだろうか。

また、ダム水面や河川敷、戸建て住宅の屋上に太陽光発電設備を置くことも検討しなければならない。これには防災上必要な河川敷等の利用制限、日照権との調整が必要な家屋の斜線制限の問題がある。地球温暖化問題以外の政策との整合性も確保する必要がある。

風力発電の設備容量は、「100%自然エネルギーシナリオ」では陸上と洋上の合計で1億410万キロワット、「ブリッジシナリオ」では8,360万キロワットとしている。現在の導入量313万キロワットの33倍から27倍であるが、環境省ポテンシャル調査の陸上2億8,576万キロワット、洋上14億1,276万キロワットに比べると保守的である。鳥類の生息への影響を考慮したという。

太陽光発電と風力発電の問題は、導入ポテンシャルのすべてが2050年までに実現可能か否かだけではない。カネに糸目をつけなければいくらでも設置できるからである。むしろ、太陽光と風力の発電電力量が2対1(57%:28%)になることが系統安定上望ましいとして、これが実現することを前提に試算していることに問題がある。たとえ採算度外視で投資をしても、期待通りに稼働しなければ電力不足が生じ、又は資金がムダになりかねない。

これらの指摘はいずれも貴重なものであり、今後さらに検討してゆく上で参考にさせていただきたいと思います。発表されている自然エネルギー導入見込み量は、現実的な条件を考慮したもので、ポテンシャル調査の数字よりも小さくなっています。これらの調査結果は、技術内容の進展によって拡大してきています。今後も大きな数値になってゆく可能性があります。

太陽光の場合、コストが低下するとこれまでは対象としなかった場所にも設置する可能性が広がってゆきます。たとえば、すでに欧米では道路に太陽光発電を設置する開発が行われています。

バイオマスに関する日本の過去の最大供給量の例を示したのは、その数値が商業的に利用されたバイオマスだけであり、実際にはその数値より多く利用されていたと思われるからです。途上国の例ではその統計上の数値の数倍のバイオマスが利用されているといわれています。1940年ごろの日本はこうした状況であったと思われます。

風力発電については、洋上風力の気象データが入手できなかったため、設備利用率を控えめに設定しました。洋上風力の発電データが得られれば、同じ設備容量でもまだ発電量を拡大できる可能性があります。

【国際経済研究所からの疑問】

② 地熱・波力発電

地熱発電や波力発電は、天候の影響を受けず、夜間も利用可能で、太陽光や風力に比べると安定性が高いから、開発が期待される電源である。しかし、既存の温泉や自然公園への影響や漁業との調整を踏まえると、急速に進むとは考えにくい。

しかし報告書では、2050年の地熱発電の設備能力が「100%自然エネルギーシナリオ」と「ブリッジシナリオ」の双方において、環境省の高位推計の792万キロワットを超える1,000万キロワットになると想定する。また、波力発電も現状のゼロから一挙に地熱と同規模の1,000万キロワットに躍り出ると想定する。ところが、これらを実現するための具体策は何も示していない。明らかに非現実的である。

天候の影響を受けず、夜間も利用可能という意味では、太陽熱エネルギーの拡大も期待される。報告書では、太陽熱からは600ペタジュールの熱量を活用するものとしている。しかし、その根拠、太陽光発電設備の設置やエネルギー作物の栽培に要する面積との整合性は示されていない。

地熱発電は、環境省の「H26年度ゾーニング調査」に示されているポテンシャル3063万kWを参考にしています。波力発電は環境省の「H26年度2050年自然エネルギー等分散型エネルギー普及可能性検討受託業務」に示されているポテンシャル1395万kWを参考にしています。導入にあたっての他の条件との調整の重要性については、賛成です。これらの指摘はいずれも貴重なものであり、今後さらに検討してゆく上で参考にさせていただきたいと思います。

【国際経済研究所からの疑問】

おわりに

少しでも可能性があれば、これを乗り越えるために莫大なコストをかけることの当否をめぐる議論もあり得るだろうが、いくらコストをかけても実現しないシナリオは思考実験の材料としても使えない。それなのに可能性がゼロとは言えない高度の仮定を混入させると、あたかもこれが充足されればシナリオが実現するかのような誤解を生むおそれがある。その目的は何だろうか。

人間は自分の価値観に適した言説を真実とみなしたがる傾向があり、この報告書もその例に漏れないのかも知れない。冷静になって考えてみれば、我が国で2050年までに80%の温室効果ガスの削減が実現しないことは誰の目にも明らかだ。抜本的排出削減は、この「不都合な真実」を直視することから検討されるべきである。

注3) 報告書25ページの表3.2では世帯数をもって家庭部門の活動量を推計したとするが、26ページの本文では人口比例と記しており、分析者が人口と世帯数の違いを正しく理解しているか読み取れない。

注4) ここでの導入量は、平成28年11月末のFIT導入量及び移行認定分の合計。

注5) 昭和15年の薪炭消費量。原油換算662万トン、716万キロリットル、270ペタジュール。

日本の産業界をリードするシンクタンクが、「2050年までに80%の温室効果ガスの削減が実現しないことは誰の目にも明らかだ」というのは残念なことです。私たちは「誰の目にも明らかでない」と考えているので、このような研究が必要だと考えています。「実現しない、あるいはできない」と言うのは簡単です。実現するためには、あるいはできるようにするためには、どうしたらよいかを考えることが必要だとWWFは考えています。

WWFはこれからも日本社会において、日本に多く存在する省エネルギーと再生可能エネルギーの可能性について、世界と日本の状況を含めた現状がきちんと認識されたうえで、建設的な議論が進んでいくことを期待しています。その一助として、WWF長期シナリオがお役に立つことを心から願っています。

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