歌手のユーミンこと、荒井由実さんがデビューして間もない1974年のこと。
「私たちの校歌を作ってください」
長崎県奈留島の女子高校生が、一通のお便りをラジオの深夜番組に送った。
そんなリクエストに応えて、ユーミンが作詞・作曲したのが『瞳を閉じて』。
曲が贈られて46年。過疎化の進む島は、曲が贈られた、島で唯一の県立高校「奈留高校」を守り継ごうと闘っている。
長崎県五島列島で最大の島・福江島からフェリーで30分ほど揺られると、小さな島が見えてくる。人口2,000人ほどの奈留島だ。2018年には世界文化遺産に登録された「江上天主堂」で話題を集めた。
2月上旬、奈留島を訪れると、港は閑散として人の姿もほとんど見られない。島一番だという目抜き通りは、休日だからだろうか、シャッターが目立つ。通りから高台に登ると、奈留高校が見えてくる。
高校の門を入ってすぐ左手に『瞳を閉じて』の歌碑を見つけた。曲は結局、校歌にはならなったものの、「愛唱歌」として、幼い子どもから高齢者まで世代を超えて島民から親しまれてきたという。
46年間、島を巣立つ若者を見送ってきた『瞳を閉じて』
奈留島では、多くの若者が高校を卒業すると同時に、進学や就職のため島を離れる。
「遠いところへ行った友達に、潮騒の音がもう一度届くように…」と歌うこの曲には、島を離れた人に「故郷を思い出してほしい」というメッセージも込められている。
島では奈留高校の卒業生や離任する教職員が島を離れる船が出発するとき、ブラスバンドが『瞳を閉じて』を演奏して見送るのが習わしだ。
見送りの島民が一本ずつ紙テープを持ち、卒業生が船の上でテープの束を持つ。テープが切れて波に流されても、家族は船の姿が遠く見えなくなるまで見送り続ける。
奈留高校出身で、現在は福岡で暮らす30代の永峯顕さんは、島を離れた当時を懐かしく振り返る。
「毎年、島を出ていく先輩たちを『瞳を閉じて』で見送っていました。だから自分が見送られる番になって『とうとう生活が変わるんだな』と、感慨深かったというか、感動した思い出があります」
しかし、そんな見送りの風景も年々寂しくなってきている。曲が贈られた1974年当時は約70人の卒業生を見送ってきたこの曲も、現在では毎年10人ほどの卒業生を見送るだけになった。
島の人口減少には歯止めがかからず、1960年の9,268人をピークに減り続け、2019年には2177人となった。島民の52.1%を65歳以上の高齢者が占める。65歳以上の割合が過去最高を記録した2019年の全国の数字28.4%と比べても、奈留島がどれほど深刻な高齢化に直面しているかががわかる。
五島市の「社会増」。しかし奈留島への影響は少ない
一方で、奈留島が属する五島市は2019年、人口が「社会増」に転じたことが大きなニュースとなった。少子高齢化が進む地方の自治体では異例のことだ。
要因の一つに、都心からのU・Iターン移住者の増加がある。2014年度までは20年程度であった移住者は、年々増え続け、2018年には202人を達成した。
しかしながら、奈留島への影響は限定的だ。移住者のほとんどが、仕事の多い福江島に住むからだ。
奈留島の基幹産業である水産業は、近隣国の漁船との競合や輸入水産物の拡大による魚価の低迷などで落ち込んでいる。
また、江上天主堂が世界遺産に登録されたことによって期待された観光業も、島の経済にそれほど大きなインパクトをもたらしていないのが現状だ。というのも、観光客の多くが福江島に宿泊し、奈留島へは日帰りで訪るため、地元の宿泊業へは期待されたほどの効果がないのだという。
島のタクシー会社で働く高齢の女性に話を聞くと、将来への不安を口にする。
「毎年、島民がみるみる減っているもん。どうやって生きていくかな。動けなくなったら、誰に見てもらおうって。島の老人介護施設も、職員がいなくて、なかなか入れないんですよ」
そんななか、2019年の秋、奈留島を揺るがすニュースが飛び込んできた。島唯一の高校、奈留高校の存続を脅かす、長崎県のある決定だった。
「島の未来は奈留高校と共にある」
離島が多い長崎県はこれまで、生徒数の少ない小規模校でも維持していく基本方針を取ってきた。しかし、少子化や人口減少の進行から2019年11月、定員割れが続く高校は統廃合を検討する方針に転換した。
奈留高校の場合、一学年の人数が10人以下となった場合、統廃合が検討される。現在の全校生徒は27人。このままの状況が続けば、廃校になる可能性は極めて高い。
五島市奈留支所の地域振興班の山下大輔さんは、島を有人島として存続させるためにも、そして島のアイデンティティを守るためにも、奈留高校を失ってはならないと危機感を示す。
「奈留高校が廃校になれば、子どもを持つ家族の多くが島外に移住してしまうでしょう。高齢化が進むなか、頼みの若い世代が島外に出てしまうのは痛手です。それに奈留高校はユーミンの曲が贈られた、私たちの自慢の、なくてはならない高校です」
高校の卒業生で、現在は長崎大学に通う葛島康輔さんは在学中、奈留高校がいかに地域で愛されているかを実感したという。 葛島さんは軟式野球部に所属していた。
「試合で良い成績を残すと、全然知らない島民の方から道で話しかけられて、『頑張れよ』って応援の声をもらうこともよくありました」
奈留高校は、島を次の世代に残していくための、まさに「砦」のような存在。「奈留島の未来は、奈留高校と共にある」そんなスローガンのもとで、山下さんなど役所の若い職員が立ち上がった。
離島留学生が暮らす寮を。クラウドファウンディングの開始
高校の生徒数をどのように増やせばいいか。そこで考えたのが、「離島留学生」を受け入れるための留学生寮を作ることだった。
奈留高校では3年前より全国から、毎年10人ほどの「離島留学生」を受け入れている。豊かな自然やマンツーマンに近い少人数の授業に魅力を感じ、全国から生徒がやってくるという。
一方で、生徒たちのホストファミリーがなかなか集まらず、留学生の人数を増やせないことが課題となっていた。
そこで12月頃から、古民家をリノベーションした寮「しまなび舎(や)」を開設するプロジェクトを開始。2月中旬からは、資金調達のためクラウドファウンディングを始めた。
資金調達にクラウドファンディングという方法を取ったのは、プロジェクトをきっかけに、奈留島の魅力を一人でも多くの人に知ってほしいという目的もあるからだ。返礼品には奈留島のお土産や海の幸が予定されているという。
「まずは奈留島の存在を知って、足を運んでもらうきっかけを作りたい」山下さんは強く訴える。
「小さな島の大きな挑戦」
クラウドファンディング以外にも、最近は、若い島民が島を盛り上げようと「HATA-AGE(はたあげ)」という団体を立ち上げるなど、前向きな兆しが見え始めた奈留島。
島では、サンタの服を着て島内を走る「サンタラン」や、漂流ゴミと離島の現状を学ぶ宿泊型のワークショップなど、島外の人を呼び寄せるユニークなイベントが企画されている。
また、島の外からも奈留島を守ろうと奮闘する人もいる。
「昔から島にいる人の中には、このまま島が廃れていくのが自然って思っている人もいるかもしれない。僕も若い頃はそう感じたこともあります。でも島を出て、やっぱり故郷を次の世代に残したいという想いを強くしました」島を離れた永峯さんは、Twitter上でクラウドファンディングの支援を呼びかける。
奈留高校のスローガンは「小さな島の大きな挑戦」だという。果たして奈留島は、今後も続く人口減少という危機にどう挑戦していくのか。
『瞳を閉じて』に歌われた奈留島の「海の蒼さ」に魅せられた一人として、島の挑戦を見届けたい。
奈留高校存続のためのクラウドファウンディングはこちら。
『瞳を閉じて』
作詞・作曲 荒井由実
風がやんだら 沖まで船を出そう
手紙を入れた ガラスびんを持って
遠いところへ行った友達に
潮騒の音がもう一度届くように
今 海に流そう
霧が晴れたら 小高い丘に立とう
名もない島が 見えるかもしれない
小さな子供にたずねられたら
海の碧さをもう一度伝えるために
今 瞳を閉じて
今 瞳を閉じて