『きのう何食べた?』男性カップルの日常の“愛”を届けた音楽 ヒットの陰に劇伴のチカラ
西島秀俊と内野聖陽がW主演を務めたドラマ24『きのう何食べた?』(テレビ東京系)が6月28日、最終回を迎えた。よしながふみ氏の同名漫画を原作に、男性カップルのシロさん(西島)とケンジ(内野)のほろ苦くも温かい毎日、そして月2万5000円の中でやりくりされる日々の食卓を描いた同作。最終回は、正月にシロさんがケンジを連れて実家に帰省するというストーリーで、心温まる展開にSNS上には「泣いた」「終わってしまうのが悲しい」といった声が相次いでいる。本作は深夜ドラマながら、平均視聴率、見逃し配信ともに好調。『コンフィデンス』誌のドラマ満足度調査「オリコン ドラマバリュー」でも、4月期の連ドラNo.1の平均満足度93.9Pt(100Pt満点/11話までの平均)をマークした。配役、キャストの演技、脚本、演出など、ヒットの要因は数あるが、なかでも今回“2人の日常を彩った”劇伴による効果は大きいものだったのではないだろうか。ポップカルチャー研究者の柿谷浩一氏(早稲田大学総合人文科学研究センター)が、劇伴の視点から同ドラマを振り返る。
◆料理の手間に込められた、パートナーへの想いを引き出す「癒やし」のメロディー
『きのう何食べた?』は、同性カップルの苦悩を描く一方で、それを包む「ソフトな音楽」が魅力だった。本作の見所の1つが、主人公のシロさんが毎回作る料理シーン。緩いピアノと、純朴な木管が作る「癒やし」のメロディーが出色。料理をするうちに、自ずと心が洗われてゆく。その目に見えない充足感を、淡々とした調理風景とレシピ説明の独白が続くなか、映像の代わりに音楽が巧みに届けている。また、曲の繊細さが、1つひとつ手の込んだ調理にふさわしいばかりでなく、食費節約やカロリー調整といった、手間に込められたケンジへの細やかな想いを巧みに引き出している点も良い。
時にケンカや行き違いを起こす2人だが、その仲を取り持つのは、どんな言動よりも日々の料理。シーンを観ていて、幸せな気持ちになるのは、そうした作品の本質の「料理に詰まった愛」を、音楽からたっぷり感じられるためだ。調理の合間でのぞかせるシロさんの笑みと、この音楽が合わさった時の“ほっこり感”は珠玉。このほかにも、「ズチャズチャ」という8分音符の安定感のあるリズムが、手際の良い包丁さばきとクッキング進行を心地よく支えながら、抑制のきいた曲調が物語を邪魔することなく、むしろさまざまな調理音を優しく際立たせている辺りも効果的。そして、なんでもないようだがシーンの間、音楽が断続的に流れているのも、料理をする『無心の時間』の演出として秀逸だ。
◆“食のヒューマンドラマ”の側面を盛り立てた、「スーパー中村屋」の宣伝ソング
もう1つ強い印象を放っているのが、劇中でインストとしても使われる「スーパー中村屋」(シロさんがいつも買い物をするスーパー)に流れる歌詞付の宣伝ソング。戦後の流行歌を思せるレトロ感が、安売りに真剣な男性1人の買い物姿を新鮮に届けると共に、そこに家庭団らんの温もりのあった昭和の食卓の面影を立ちのぼらせて、“食のヒューマンドラマ”の側面をグッと盛り立てているのもうまい。
ほかにも、唱歌「どんぐりころころ」、柔らかいホーンが率いるメイン曲、ケルト音楽風の郷愁ただようOAUのオープニング曲「帰り道」…と、思わず口ずさみたくなる大衆的でハートフルな音楽が、作品を囲む。まだ周囲からの偏見も多い“男性カップル2人の暮らし”を温かく見守るようなこの音楽構図も、単にはやりの“飯テロ”に留まらない深い作品性と強い人気の秘訣になったことだろう。
放送が終わっても、これら作品の音楽が頭から離れず、気づけば鼻歌で歌ってしまいそうになる視聴者も少なくないはず。それは1つひとつの曲が、しっかり作中の2人の生活に寄り添い、密着した『日常の音楽』だった証でもある。そして、それを私たちが現実で口ずさむ時、ドラマの中の彼らと同じ時間、世界を生きていて、つながっているように感じられる。作品を愛した視聴者同士も、結ばれる。懐かしい楽曲のテイストだけでなく、そうした時や場所を超えた、本来の「大衆音楽」が持つ力というものを、この劇伴が見せてくれた意義も大きいように見える。
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