中村俊輔が遠藤保仁に託すワールドカップへの思い

思い起こせば、遠藤は1学年上の俊輔の存在を励みに成長してきた選手だった。2000年シドニー五輪で補欠になった遠藤は、主力だった俊輔の愚痴を聞き、力づける役目に徹していた。
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昨季J1優勝争いをけん引し、天皇杯王者に輝いた横浜F・マリノス。今季は念願だったアジアチャンピオンズリーグ(ACL)出場権を獲得したが、昨季の大躍進の立役者だったマルキーニョス(神戸)が移籍してしまい、最大の得点源を失った状態で今季に突入した。

樋口靖洋監督は「リーグ戦を通して15点以上は取れるFWが出てこないと、チームとしての成績につながっていかない。そういう選手が出てきてくれることを期待したい」と語っていたが、その問題は解決されないまま2カ月が過ぎた。

ACLは健闘しながらG組最下位に終わり、日本勢で唯一、ラウンド16進出を果たせなかった。過密日程はJ1にも大きな影響を及ぼし、開幕3連勝の後は7試合未勝利という苦境に陥った。4月のアルビレックス新潟、ベガルタ仙台、柏レイソル、FC東京、浦和レッズとの5試合は連続無得点と、悪夢の1カ月を余儀なくされた。

その泥沼から抜け出すべく、3日のJ1第11節・ガンバ大阪戦に挑んだ。横浜がG大阪と対戦するのは2012年以来である。中村俊輔は「試合前にヤット(遠藤保仁)と話した」と語っていたが、シドニー五輪時代からの盟友との久しぶりの対戦を、楽しみにしていたに違いない。

一方のG大阪の方も得点力不足が深刻だ。今季は宇佐美貴史の負傷、助っ人外国人FWリンスのコンディションの不調などで、シーズン開幕から決め手を持つアタッカーの不在に悩み続けていた。4月に入ってからセレッソ大阪との大阪ダービー、大宮アルディージャ戦で2得点勝利を奪い、長谷川健太監督も安堵感をにじませたが、その後の川崎フロンターレ、柏戦で連敗。停滞状態に逆戻りしてしまった。

今回の横浜戦は不振にあえぐ今野泰幸をスタメンから外す荒療治を断行。遠藤をボランチに置いて、前線にリンスと佐藤晃大を並べる形で勝ち点3を取りに行った。遠藤のところでどれだけ攻撃に変化をつけられるかが大きなカギと見られた。

前半はG大阪がやや優位に試合を運んだ。リンスや佐藤が決定機を迎え、遠藤自身も惜しいFKを放つなど、得点が入りそうな雰囲気は漂った。が、そこで決めきれなかったことが後々まで響いた。

0-0で折り返した後半開始早々の7分、横浜はついに先手を取る。エース・中村俊輔のスルーパスに伊藤翔がプルアウェイの動きで抜け出し、マイナスに折り返す。ここに藤田祥史が飛び込んでゴール。昨季MVPが確実に起点を作った。

中村俊輔は「前半から体に力が入らなかった」と試合後に打ち明けたが、この大仕事をした直後に齋藤学と交代。ベンチから戦況を見守ったが、61分には左CKから中澤佑二が追加点をゲット。最終的に2-0で8試合ぶりの白星を手にし、「小さいけど前向きな一歩。勝ったことは大きい」と本人も安堵感を口にしていた。

ただ、似たようなチーム状態にあるG大阪のことは気になるようで、「ヤットがいるからビルドアップはいいんだけど得点がね...。Jリーグ全体に言えるけど、点の取れる外国人FWがいるところはいい。ヤットも苦しい状態だとは言ってた。それにガンバはサイドが内側に入る傾向にあるから、手数をかけすぎる分、つぶされやすい」と指摘していた。

チームの大黒柱として同じ悩みを抱える遠藤自身にも何とか浮上のきっかけをつかんでほしいと願っている様子で、「ワールドカップ頑張ってと声をかけたら、任せとけって言ってたんで、大丈夫でしょう」と前向きにコメントしていた。

その言葉を受けて、遠藤の方は「俊も代表のことは気になってると思う。ずっと一緒に戦ってきた仲間なんで、、期待に応えたいなと思います。俊は長い間、代表を支えてきた選手でもあるし、誰もがリスペクトしてる選手。よく知ってるだけに、そんな言葉をかけてくれるのはありがたいなと思います」と親友の思いをしっかりと受け止めていた。

思い起こせば、遠藤は1学年上の俊輔の存在を励みに成長してきた選手だった。2000年シドニー五輪で補欠になった遠藤は、主力だった俊輔の愚痴を聞き、力づける役目に徹していた。2002年日韓ワールドカップで俊輔が落選した時も、イタリアに渡って異国の壁にぶつかっている時も、2006年ドイツワールドカップで原因不明の体調不良に悩まされている時も励まし続けてきた。

そんな2人が代表でコンビを組むようになったのはオシムジャパン以降である。その集大成になるはずだった2010年南アフリカ大会では、俊輔がメンバーから外され、遠藤が大活躍するという皮肉な結果になった。その後も遠藤が表舞台で活躍し、俊輔の国際Aマッチ98試合をはるかに上回る141試合という偉大な記録を作れたのも、俊輔からつねに刺激を受け続けてきたからだろう。

俊輔が潔くエールを送ったのも、2人の間に強い絆があるから。遠藤はその重みを改めて感じたのではないか。横浜には手厳しい敗戦を喫したものの、俊輔とのピッチ上での再会が新たなモチベーションにつながったのは間違いない。それを今後のG大阪の浮上、日本代表の飛躍にぜひとも繋げてほしいものだ。

元川 悦子

もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。

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(2014年5月5日「元川悦子コラム」より転載)