プーチン大統領をおもてなし?「長門湯本温泉」の挑戦-自分で動く「地元」創生(2):基礎研レター

「魅力さえしっかりしていれば、お客さんはとんできます」

1――観光による「地元」創生を考える

地方創生といえば、観光がまず重要テーマに挙がってくる。

「自分で動く『地元』創生」の連載は、「東京在住の地方出身者が、東京に居ながら地元の地方創生に参画する余地を追求する」ものである。

本稿では、実際に観光による「地元」創生に着手する前に(*1)、必要とされる視点や条件といったものを、地元のケースを題材として整理してみたい。

具体的には、今、ロシア・プーチン大統領の来日に沸く山口県長門市。温泉街全体の再生に挑戦している長門湯本温泉を取り上げる。

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2――長門湯本温泉を巡る状況

安倍晋三首相は、このたびの日ロ首脳会談に際し、プーチン大統領を出身地・長門市に招く。ロシアでは、賓客を自らの故郷に招くことが最高のもてなしであるという。

実際に当地を訪れてみると、プーチン大統領をもてなす宿は、長門湯本温泉の老舗旅館だということが半ば公然の秘密となっていた。

長門市の長門湯本温泉は、泉質の良さで知られる由緒正しき温泉地である(*2)。しかし、宿泊者数は、昭和58年の年間39万人をピークに、2014年には20万人にまで半減。

その同じ年、地元を震撼させたのは、業歴150年を誇る白木屋グランドホテルの経営破綻である。

温泉街を代表する旅館の破綻という事態に直面し、一気に危機感を募らせた長門湯本温泉は、抜本的な再生プランを策定した。

3――画期的プロジェクトとその背景

その再生プラン「長門湯本温泉観光まちづくり計画」は、個々の施設ではなく、温泉街全体を再生するという意欲的なプロジェクトである(*3)。

星野リゾートが、高級ラインの旅館を新設するだけでなく、まちづくり計画の策定に協力したことでも話題を呼んでいる。

注目すべき点は、長門市長の強いリーダーシップにより、大小すべての旅館が、温泉街全体としてプロジェクトの下にまとまったことにある。観光では、一般にエリアの利害関係者をまとめることが難しいという(*4)。

シャッター商店街の活性化を例にとろう。

商店街を地域のコミュニティスペースに再生すべく、リノベーションを計画しても、既にシャッターの奥で静かに年金生活を送る高齢者らにとっては、余計な負担に見えてしまう。現状を変えたい人も居れば、変えたくない人もいるというのが現実なのである。

にもかかわらず、長門湯本温泉がまとまることができた要因として、一つは、主要な旅館の社主が月1回の会合を持ち忌憚なく意見を言える雰囲気があり、危機感も共有できていたことが挙げられる。

これまで、大旅館が客を囲い込んだことで小さな旅館は疲弊していた。大旅館の中には、売店や遊技場まで揃っており、温泉街をそぞろ歩きして立ち寄る店は成り立たなくなった。

結果として、閑散とした空気が温泉街全体を覆い、大旅館も苦しむ破目になった。

温泉街で独り勝ちはできないのである。この教訓ゆえの、街全体の再生であり、大同団結であろうと推察する。

一方、星野リゾートの登場は、温泉街にとって期待と不安の両面がある。

ただそうであっても、大小の旅館に限らず、萩焼の窯、路地の売店までが、皆それぞれ個性や持ち味を発揮し、温泉街全体として多様性すなわち愉しみが深まっていけば、結果的に皆が恩恵を受けることになる。

そう考えれば、星野リゾートは、再生を象徴するだけでなく、再生過程における一つの求心力となっていくだろう。

また、数字に基づいて考える素地があったことも大きな要因だ。

当温泉街では、50年も前から来訪県別の正確な統計を各旅館が旅館組合に提出しており(非公開)、このような例は大変に稀とされる。

一般に旅館というものは、余計なやっかみを買わないためか、宿泊数を外部には小さく報告する傾向にあるからだ。正確なデータから、課題を分析し、ターゲットを定め、戦略を練る。合理性や実現可能性が高い計画は、利害の異なる関係者をまとめる説得力を持つ。

もう一つは、政治のリーダーシップである。今回、当地の何人もの口から、大西倉雄市長のリーダーシップを賞賛する声を聞いた。たしかに観光の主役は民間であり、それを支援する官の役割も大きいが、それらすべての関係者を同じ土俵に載せ、目標の達成に向けて巻き込んでいくことは政治にしかできない。

次世代にまで続く温泉街共通の夢やビジョンを語り鼓舞することできれば、及び腰の関係者にも一致団結の気持ちが芽生えるだろう。「政治の強いリーダーシップが決め手となる」。これは観光の再生に共通する大きな示唆であると思う。

昔日の賑わいを取り戻そうと果敢に挑戦する長門湯本温泉に対し、プーチン大統領の来訪というスポットライトを当てる。これもいわば東京在住の安倍首相のリーダーシップによる「地元」創生の計らいであろう。

計画では、持ち味である自然を生かした温泉地として、風呂(外湯)、食べ歩き、文化体験(萩焼等)、そぞろ歩き、絵になる場所、休む・たたずむ空間という、6つの要素でアピールする戦略である。

全国人気温泉ランキングで86位に甘んじている現状を脱し、トップ10入りすることを目指す。九州なら別府温泉、黒川温泉に肩を並べるというチャレンジングな目標だ。

4――観光業の本質

計画の成否について、地元を知る筆者が懸念する点は、山口県とりわけ長門市エリアの温泉地へのアクセスが不便なことだ。

しかし、星野リゾート社長・星野佳路氏は、当地が東京から離れていることに対し、「観光の魅力づくりとは『どうやって遠いところに来てもらえるか』を考えることであり、それこが観光業にかかわる人の仕事なのです」とその矜持を示す。

その上で、自ら手掛ける沖縄の竹富島やタヒチも例に挙げて、「魅力さえしっかりしていれば、お客さんはとんできます」と言い切る(*5)。長門湯本温泉の関係者も今や同じ想いであるに違いない。

たしかに筆者自身も趣味でフランスの片田舎の小さな町に出掛けていくが(*6)、便利だから行くのではない。行ってみたいからわざわざ行くのである。

バスさえ走っていないその地に立ったとき、東京からの距離と苦労は逆に達成感と満足感に変わっている。その土地固有のものこそ普遍的価値を持つ。そこにしかないという価値は世界に通用するからだ。観光で目指すべき価値とはそういうものだろう。

5――計画の成功を祈念しつつ今後に向けて

長門湯本温泉のケースから、観光による「地元」創生には、危機感を共有できる場の設定、数字に基づく課題分析と方針策定、創生のシンボル作り、そして役所任せにしない強力な政治リーダーシップの喚起、といった要素が必要だとわかった。

これらの必要性を理解しておくことは、今後、自ら観光による「地元」創生に取組むに際しても大きな糧となるだろう。

今回、当地を実際に訪れ、街ゆく地元の人々から可能な限り再生計画について所感を聞いたが、旅館関係者、売店オーナーから公衆浴場の受付嬢まで、誰もが計画への期待を口にし、表情も明るかったことが印象的に残る。

「星野プロジェクトで全国区の温泉に!プーチンで世界区の温泉になる!」と、ある大手旅館社長の鼻息は荒かった。

地元の一人として計画の成功を心から祈念し、星野リゾートを含む、長門湯本温泉の再生に挑戦する関係者に対しエールを送りたい。

関連レポート

(*1) 地元下関の景勝地・西長門海岸と角島(つのしま)を結ぶ、知る人ぞ知る「角島大橋」の絶景と周辺の「コト消費」開発などを取り上げる予定。

(*2) 湯本温泉旅館協同組合公式ウェブサイトhttp://yumotoonsen.com/

(*4) 星野佳路氏の経営者ブログ「長門湯本温泉の再生に着手 観光地、復活の道」2016年10月20日付日本経済新聞電子版 http://www.nikkei.com/article/DGXMZO08201610R11C16A0000000/

(*5) 注3に同じ

(*6) フランスで最も美しい村(仏:les plus beaux village de France)http://www.bonvoyage.jp/plus-beaux-villages/ 

(2016年12月14日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

金融研究部 主任研究員