三重県名張市で1961年、女性5人が死亡した名張毒ブドウ酒事件で、無実を訴え続けていた奥西勝(おくにし・まさる)死刑囚が10月4日、収監されていた東京都の八王子医療刑務所で死亡した。89歳だった。朝日新聞デジタルなどが報じた。
1972年6月に最高裁で死刑判決が確定してから、収監期間は43年に及んだ。死刑確定後も裁判のやり直しを求め続け、弁護団が5月にも第9次の再審請求をして、新証拠を提出していた。
産経WESTによると、2012年に発熱や肺炎症状のため、名古屋拘置所から外部の病院に入院後、八王子医療刑務所に移された。2013年にも、血圧や血中の酸素濃度が下がって危篤状態に陥ったが回復。人工呼吸器をつけながら再審開始を求めてきたが、2015年8月にも一時危篤に陥るなど、容体が不安定な状態が続いていたという。
■名張毒ブドウ酒事件とは?
コトバンクによると、名張毒ブドウ酒事件の詳細は以下の通り。
1961年3月28日夜、三重県名張市で開かれた地域の懇親会で、ブドウ酒を飲んだ女性17人が中毒症状を起こし、5人が死亡した。奥西勝死刑囚が、有機リン系農薬「ニッカリンT」をブドウ酒に混ぜたと自白。妻と愛人との三角関係の清算が動機とされた。
奥西死刑囚は起訴直前から犯行を否認し、津地裁で64年に無罪判決を受けた。名古屋高裁は69年に一転、死刑を言い渡し、72年の最高裁の上告棄却で確定。奥西死刑囚は無罪を主張し、再審請求を繰り返した。
【訂正】奥西勝死刑囚の死亡日が10月10日と記載していましたが、正しくは10月4日でした。(2015/10/05 12:42)
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