終末期における音楽療法
先日、ニューヨークタイムズで終末期ケア(エンド・オブ・ライフ・ケア)における音楽療法が取り上げられました。記事のハイライトをまとると、
♦ 米国認定音楽療法士の数は、全米で約7,500名。その内約15%は高齢者施設で、10%は終末期の患者と働いている。
♦ 音楽療法は専門職で、近年ますます普及している。
♦ 音楽療法によって寿命がのびるというエビデンスはないが、音楽療法は生活の質(QOL)を向上させ、穏やかさや希望を与え、痛みを軽減することが数多くの研究からわかっている。
♦ ホスピスで行われた研究結果によると、音楽療法士は多くの場合、患者の感情的、精神的、認知的、社会的および身体的なニーズに一貫して対応できる唯一の専門家だった。
♦ 音楽療法士を終末期ケアにおいて欠かせない職業として確立させるため、現在多くの研究が行われている。
音楽療法は保険でカバーされている?
この記事では、ニューヨーク州にあるヘブライ・ホームという老人ホームが取り上げられています。ここには735人の居住者がいて、アートセラピスト、ドラマセラピスト、ムーブメントセラピスト(ダンスセラピスト)、ミュージックセラピスト(音楽療法士)が合計12人いるそうです。
興味深いのは、これらのセラピーは「保険」から支払われているわけではないという点です。記事の中にもこう書かれています。
現在、大抵の保険は音楽療法をカバーしていない。
末期の患者さんの場合は、メディケアという公的医療保険制度があるため、65歳の人はほぼ無料でホスピスケアを受けることができます。ただし、音楽療法はホスピスケアにおいて必要不可欠なものとは定められていませんので、政府から費用は出ません。
ではなぜ、アメリカの医療機関や高齢化施設は音楽療法士を雇うことができるのでしょうか?
その理由は「寄付金」です。アメリカでは寄付文化が根付いており、故人の思い出を偲ぶために、その人がケアを受けた施設や病院へ寄付をするという習慣があります。また、亡くなる前に遺産をホスピスなどの団体に寄付すると決めている人も多いです。
私が以前働いていたオハイオ州にあるホスピスも寄付金で支えられていました。このような仕組みがあってこそ、音楽療法のようなセラピーを取り入れることができるのでしょう。
日本の現状は?
では日本では無理かというと、そんなことはありません。国内の医療機関でも音楽療法を取り入れる所が増えてきています。
そのひとつが北里大学病院です。昨年開催された「日本緩和医療学会学術大会」では、北里大学医学部の石原未希子医師が音楽療法の有効性について発表しました。
その報告によれば、音楽療法には身体的苦痛や気持ちのつらさを和らげる効果があり、脈拍と呼吸数から判断するとリラクゼーション効果があるとわかりました。
家族への最後のギフト
音楽療法はご家族への心のケアも提供します。
ニューヨークタイムズの記事には、101歳の認知症の女性と息子さんのストーリーが紹介されています。患者さんに死が迫りほとんど意識がなくなったとき、音楽療法士が患者さんの好きな歌を唄うと、彼女も一緒に唄い出したそうです。
その場にいた息子さんは驚き、涙が出たと語ります。そして彼は言いました。
「あの日ホームを後にしたとき、こう思ったことを覚えているよ。もしこれが母に会う最後の時間だったとしたら、これ以上素晴らしいことはない、とね 」
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(2018年1月17日「佐藤由美子の音楽療法日記」より転載)
佐藤由美子(さとう・ゆみこ)
ホスピス緩和ケアを専門とする米国認定音楽療法士。バージニア州立ラッドフォード大学大学院を卒業後、アメリカと日本のホスピスで音楽療法を実践。著書に『ラスト・ソング』『死に逝く人は何を想うのか』。