素朴な19歳。
おそらく、ほとんどの人が彼を見たときにそんな第一印象を抱くだろう。
松岡洸希さんは、独立リーグのルートインBCリーグ・埼玉武蔵ヒートベアーズに所属する若きピッチャーだ。
1年前までは、県立高校に通うどこにでもいる野球部員だった松岡投手。今、彼はプロ10球団からの調査票が届く正真正銘のドラフト候補だ。
ただの高校生だった彼を1年で変身させたものは何か。その秘密を探るために、練習中の松岡投手を訪ねた。
■ポテンシャルを信じ独立へ
「ずいぶん軽そうに投げるな...」
50〜60メートルの距離で、松岡投手が遠投をしていた。投球フォームに近いサイドスローから放たれたボールは、まっすぐに相手の胸へ伸びて向かっていく。
力みは見られない。むしろ、身体全体を使って、軽そうに投げている。
もともと、地肩は強かった。埼玉県立・桶川西高校では強肩強打の三塁手だった。それが高校3年の春を終えてから投手に挑むと、夏の時点で最速143キロを記録するようになった。
同世代は、甲子園に金足農旋風を巻き起こした吉田輝星投手(現日本ハム)や甲子園春夏連覇の根尾昂選手(現中日)ら、未来のスターだらけだ。
高校を卒業した松岡投手は、スポットライトの当たる場所とはおよそ縁のないところで、独立リーグ入りを決心する。投手転向わずか数ヶ月で140キロを叩き出した、そんな自分のポテンシャルを信じたくなったからだ。
武蔵ヒートベアーズに入団後、松岡投手は肘痛に襲われる。コーチの勧めもあり、肘にかかる負担を軽減するためにサイドスローで投げてみた。
「上投げの時には肘が痛くて違和感があったんです。でも、サイドは無理やり(肘を)上にあげなくても好きなところで投げられる。そこがはまりました」
参考にしたのは、東京ヤクルトスワローズで抑えとして活躍したイム・チャンヨン(林昌勇)投手だ。身体をやや捻り、反動をつけて投げ込むサイドハンド。2009年のWBCに韓国代表として出場し、決勝戦の延長10回、イチローに試合を決めるタイムリーを打たれた投手、といえば姿が浮かぶのではないだろうか。
「イムさんは本当に格好良かった。憧れていました」と松岡投手。動画サイトを参考に真似しているうちに、気づけば完全にコピーしてしまった。
「イム投法」を身につけた松岡投手は上昇気流に乗る。球速も149キロまで伸びていった。
ちなみに、松岡投手曰く、145キロまでは簡単に伸びていったという。だが「そこから3か月くらいスピードが伸びなかったんですけど...145の壁を超えたら一気に行きました」という。「誰でもあると思うんです、そういう悩み」と話すが、レベルが高すぎて多分誰も共感できない。
独立リーグ1年目のシーズンは32試合に登板し、防御率3.58。イニング数を上回る三振を奪った。無名な内野手が1年後、プロ注目の投手に。本人も全く想像しなかったという。
■ボールを体感してみた
松岡投手の協力のもと、打席の位置に立ち筆者がボールを体感してみた。動画もあるのでぜひ一緒に味わってほしい。
3割ほどの力だというが、ボールの「シューッ」という回転音が聞こえてくる。高めのボールは威力を増しながら浮き上がるような感覚だ。
スライダーも見せてもらう。ストレートの軌道から、打席の2メートルほど手前(あくまで体感だ)でブレーキがかかり、そこから緩やかに右打者の手が届かないところまで落ちていく。スライダーは曲がりの大きさによって2種類を使い分ける。他にチェンジアップもある。
■19歳が見せた勝負師の顔
笑顔の柔らかな19歳だ。休日は地元の友人と遊ぶことも多いが、趣味のアニメ鑑賞も楽しむ。「おすすめは?」と聞くと「僕がずっと見ているのは『フェアリーテイル』です」と教えてくれた。
失礼を承知の上で、聞いてみた。
「同世代のスター、吉田輝星投手などは意識しますか?」
口元がきゅっと引き締まる。これは勝負師の顔だ。
「やっぱりやっている環境も違うので...今はライバル心はないです。でも、(プロに)行けた時には、同世代の壁は追い抜かないといけない」
プロからの注目度も高い。10月初めの時点で松岡投手の元には10球団から調査票が届く。ドラフトにかける意気込みを聞いてみた。
「こういう経験が初めてなので、緊張やドキドキがあるんですけど、やってきたことはやったので。
ただ、別に(今年プロに)いけなくても僕今19歳で、(独立リーグ)2年目、3年目もあるので...かからなくてもしょうがないかなという気持ちで待てば、選ばれた時にすごい嬉しいかなと(笑)」
最後の最後で笑いを取りに来た。勝負師の顔が、19歳に戻っていた。