コンゴ民主共和国の産婦人科医、デニ・ムクウェゲ医師が、東京と広島、京都での講演のために来日。講演に先駆け、10月3日に外国特派員協会で記者会見をした。ムクウェゲ医師は2018年にノーベル平和賞を受賞している。
ネイビーのスーツをまとったムクウェゲ医師は約1時間にわたり、コンゴ民主共和国では23年に渡り戦争が続いていること、女性の体が武器として使われていることに触れ、「コンゴ民主共和国では法律や人権の面で、ほとんど何も実行されていない」と訴えた。
国連人口基金の調査によると同国内では98年以降、推定20万人の女性が性暴力被害に遭ったことがわかっている。しかし加害者の多くが処罰されず、今も地域社会の一員として過ごしている。
また国連人権高等弁務官(OHCHR)が2010年に公表した「マッピングレポート」で、コンゴにおける虐殺を含む617件以上の戦争と人道に対する罪が明らかになったものの、「裁判所の設立を通じて正義をつらぬくべき」などの提言が、約10年を経ても1つも実行されていないという。
ムクウェゲ医師は時おり手振りを交えながら、「被害者が真実を語り、その真実が究明された時に初めて正義が実現し、和解がなされ、紛争の終結が訪れる」と語った。
そして性暴力被害者が加害者への不処罰の終焉を要求していることを受け、10月30日に戦時性暴力被害者を補償するためのグローバル基金を、ノーベル平和賞受賞者のナディア・ムラドさんとともに設立することを発表した。
加害者が罰せられなかったら、法は意味をなさない
「ジェンダーの不平等は過去の話ではない。ジェンダーに基づく暴力に終止符を打ち、教育と公正な保健医療、経済的エンパワメントを促進すること。完全なジェンダー平等を実現すること。そして最も重要なのは、女性が直面している法律面でのギャップを埋めること。加害者への不処罰に対して、戦わないとならない」
ムクウェゲ医師は翌4日の東京大学での講演でも、紛争下での性暴力加害者への不処罰の終焉を求めた。
「コンゴ民主共和国に限らずボスニアやルワンダなどでも民族浄化の手段として使われてきたレイプは人類の恥であり、女性だけの危機ではない」
「コンゴ民主共和国では性暴力加害者が現在も軍に居座り、教会に子供や老人を押し込めて放火するなどしている」
「UNHCRのマッピングレポートには、女性が生きながら家族の前で叫んでいるのに、土に埋められたという報告が載っている。しかし今まで加害者は、なんの罪も追及されなかった。生きた女性を埋めたのに何の追及もされなかったら、国際司法は意味をなさなくなる。司法は、被害者の治癒の根本的なステップでもある」
と語り、10月30日に設立予定の国際基金は、レイプサバイバーの要求を聞き取りながら、国際司法の穴を埋めていくのが目的だと明かした。
そして講演を以下のように締めくくった。
「性暴力は社会的、文化的な壁はない。世界中の誰もが関係ないと言えない。男性もこの平等と人権の戦いに関わり、家父長制とマスキュリニティ(男性性)から人々を解放すれば、恥という烙印は加害者に移行される。女性が沈黙を破れるようになれば、過去の男性主義社会のパラダイムは敗れるのではないか」
日本にとっても戦時性暴力は他人事ではない
会場を埋め尽くした人たちは、優しいまなざしながらも力強いムクウェゲ医師の言葉を、真剣に聞き入っていた。
だがどこか、他人事と受け止めているようにも見えた。それを裏付けるかのように参加者の一般男性から、「コンゴ民主共和国で起きる性暴力はデモクラシーが確立されていないからか」という趣旨の質問が投げかけられた。
これに対しムクウェゲ医師は「平和な社会でもレイプは起きていて、男性が女性に圧力をかけるのはどの社会にも存在する。その男女の不平等が、紛争時の男性の異常行動(性暴力)に繋がっている」と指摘。
すべてのG7諸国で完全にジェンダー平等を保障する法律を持っている国はないが、女性への差別的な法律を削除することの大事さを訴えていた。
「レイプはもちろんのこと、戦時性暴力も日本にとっては他人事ではない。不処罰の連鎖を断ち切り加害者を裁くことで、正義が果たされるのではないでしょうか」
講演を聞きに来ていた「女たちの戦争と平和資料館」(wam)の渡辺美奈さんは、終会後にこう語った。慰安婦問題を中心に女性への戦時性暴力を伝える資料館のwamを、ムクウェゲ医師は2016年10月に訪れている。
「ムクウェゲさんの言葉からは、女性の身体が戦争の道具にされている現状を本気で変えたい思いが伝わってきました。地下資源の奪い合いが紛争と性暴力を引き起こしていて、とりわけコンゴで採掘されるコルタンというレアメタルがスマホなどに使われていることを知った今、消費者としての私たちの行動を変え、構造的な原因を取り除くことはとても大事です。一方で、戦時性暴力では、日本は過去の戦争での加害国です。ムクウェゲさんの基金にお金を拠出することも大事ですが、今、日本が問われている戦時性暴力に対して、加害国として責任を果たすこと。まずは日本の状況を変えていくことが、コンゴ民主共和国や他の国のジェンダー平等にも影響するのではないかと思います」(渡辺さん)
コンゴ民主共和国で起きていることは「遠いアフリカの出来事」では決してない。日本の歴史にも深く関わっていて、決して他人事ではないのだ。
同講演でモデレーターをつとめた東京大学法学部の藤原帰一氏が「日本にできるのは無視しないこと」と言っていたが、まずは過去の歴史の中で起きた戦時性暴力を無視しないことが、何よりも大事なのではないだろうか。そんなことを考えさせられた2日間だった。