サイボウズ式:一歩ずつの成長なんてナンセンス──無印良品はなぜ「理想の商品」を開発し続けられるのか

社員1000人を超える良品計画は、「大企業で劇的なイノベーションは起きない」という通説を覆す「無印らしい」製品を生み出し続けています。それを可能にするチーム術とは?
|

Open Image Modal

「これが空気清浄機?」

驚くようなコンパクトボディとどんな空間でも馴染むデザイン、徹底的に追求した集塵力を追求した機能性──。2014年10月に無印良品が発売した空気清浄機は、これまでの空気清浄機のさまざまな常識を裏切る製品です。

社員1000人を超える良品計画は、「大企業で劇的なイノベーションは起きない」という通説を覆す「無印らしい」製品を生み出し続けています。それを可能にするチーム術とは? 開発チームを率いた大伴崇博さんに聞きました。

「自分マーケティング」で生まれ変わった空気清浄機

藤村:これまでに見たことがない形の空気清浄機ですね。このアイデアはどう生まれたのですか?

大伴:自分の体験が大きいです。子どもが生まれた時に空気清浄機をすぐに買ったんですが、デザインや大きさから、目立たないように部屋の壁際に置いていました。目に入るものを含む全てが、空間のくつろぎ方を作ると思っているので、くらしの中の空間を壊すことのないデザインに、というところから考えました。

藤村:ご自身の体験が製品化につながったのですか?

大伴:はい。社長の金井は「自分にマーケティングをしろ」と常に言っています。マーケットを色々見ながらマーケティングをしても、それは結局、他社がやっていることをマーケティングすることになってしまうからです。

自分に対して、製品の機能やデザイン、価格がどうあるべきかをしっかり問い直すのが、無印良品の商品開発の考え方です。「ビッグデータの中からこれに絞りました」ということではなく、自分自身がユーザーであることが大切だと思っています。

三橋:「自分マーケティング」から生まれたアイデアをもとに、製品開発のコンセプトは決まっていったのですか?

大伴:製品開発では、性能に優れた単機能の追求をコンセプトにしています。お客様が、家電に対して最も欲しいと思える機能は何か。汚れた空気を大きく吸い取りながら、きれいな空気を吐き出して空間をきれいにするという空気清浄機最大の役割を追求しました。

逆に、多機能なものは追求しません。加湿や抗菌機能がいいという話がある一方で、全部盛りであるがゆえに、結局、空気清浄機の早く空気をきれいにするという一番大切なポイントがブレてしまうのもまた事実だと思っています。

三橋:ユーザーが本当に必要とする一つの機能を追求することによって、「無印良品らしさ」が見えてくるのですね。

大伴:僕らはメーカーではないので、大手家電メーカーと同じことをやっても勝てないんです。「その道具の中で一番大切なものは?」という軸でマーケティングすることで、機能の優先順位をつけています。

三橋:優先順位をつけることで、製品開発の方針もぶれにくくなりますね。

大伴:以前、「無印良品の開発には、どんな基準がありますか?」という質問を受けたことがあるんですが、無印良品の商品開発には、マニュアルがありません。それにもかかわらず、メンバー全員が、「これは無印良品だよね」「これは違うよね」という線引きが出来てしまうんです。

良品計画で働いていく中で、おのずと「無印らしい」というニュアンスが身体全身に染み付いているのだと思います。

三橋:良品計画さんは「アイデアパーク」や「顧客視点シート」を利用して、ユーザーの声を駆使した製品作りを目指していますよね。大伴さんご自身で意識されていることはありますか?

大伴:とにかく色んな方とお会いして、お話しすることを大切にしています。家電業界の方だけではなく、まったく別の業界の方などとお話をすることが、結果として色々なアイディアにつながっていると思いますね。

Open Image Modal

大伴崇博さん。2000年に無印良品に入社。入社時は、販売部に在籍。2004年に商品部の衣服雑貨部に配属になり、翌年からマーチャンダイザー(商品開発担当者)として開発に携わるようになる。現在は無印良品の生活雑貨部、エレクトロニクス・アウトドア担当カテゴリーマネージャーを務めている。

藤村:人と話をする中で生まれた着想が、仕事のアイディアにつながるんですね。例えばどんなものがありましたか?

大伴:家電ではないんですが、商品部の衣服雑貨にいた時に、直角靴下の開発をしていました。同じ色の靴下をたくさん買い続けている方が、違う時期に買った物が混ざらないように見分ける方法が欲しいとおっしゃっていて。

その後、たまたまテレビを見ていたら、とある番組で芸人さんが同じ悩みを話されていて。それに対して、別の出演者が「そんなの無印がやってくれたらいいのにな」とコメントをしていたんです(笑)。

藤村:なるほど。ヒントがヒントを呼ぶこともある。

大伴:ヒントってそんなものだと思うんです。「あ、みんなこんな風に傘を持っているんだ」とか「よくイヤフォンが耳から外れそうになっているな」とか。普段の観察や雑談の中にヒントがある。それがアイディアの引き出しとなって増えていって、「そういえば、AとBを組み合わせたらCになるよね」と火花が起こる時がある。

アイディアって、ひねり出しても中々生まれるものじゃないと思うので、常にアンテナだけは立てておきたいって思っています。

藤村:AとBのアイディアの掛け合わせのような話は、普段、チーム内でもよく話すことですか?

大伴:もちろんです。会議の場ではなくて、例えば、ご飯を食べた後にお茶を飲みながらとか。みんな楽しみながら、A×Bみたいな雑談をしている姿を見かけますね。そうした会話で自然と盛り上がれるのは、チームとしての強いパワーにつながっています。

前例なき超スピード開発をもたらした「2つの脳」

三橋:空気清浄機の制作はどうやって始まったんですか?

大伴:中国のPM2.5という環境問題に対して、社長の金井からも「皆さんのお役に立てるものを無印良品で作ろう」というところが始まりでした。無印良品の店舗は近年グローバル展開しており、中でも中国には100店舗以上を構えています。

10年ほど前に、OEMで製品開発した空気清浄機がありましたが、ここ数年で深刻化するPM2.5や花粉などに対応できるスペックで新たに開発しようということになりました。

三橋:金井社長肝いりのプロジェクトとなると、社内や周囲を巻き込んで説得しなくても進んでいった?

大伴:この空気清浄機は、実は、家電メーカーのバルミューダ様と共同開発をしたものです。ですから、社内の説得というより、協業していただいた社外のお取引先様の巻き込みにパワーを要する部分がありましたね。

三橋:プロジェクトに着手した時期、また、どれくらいの開発期間を経てのリリースでしたか?

大伴:今回はスーパースピード開発でした。2013年の春夏にプロジェクトが走り出して、2013年12月に本格スタートして、翌年6月には仕様が固まりましたから、開発期間は約半年間くらいでしたね。現状の中国の環境に向けて、1日でも早く世の中のお役に立てる製品を出したかったのと、今年の12月に予定している中国の旗艦店オープンに合わせて物づくりをする狙いがありました。

三橋:社外の会社と連携し、関わる先が増えることで速度が落ちると想像してしまいますが、逆に早まったのですか?

大伴:早まりました。今回、僕らは製品のコンセプトや品質基準、バルミューダ様が技術設計といった具合に同時並行的に進めることで、開発期間を半分に短縮することができました。

日本の大手家電メーカーさんの組織は一般的に、営業窓口、マーケ部門、デザイン部門、設計、品質管理など縦割りです。チームからチームへと橋渡しするやり方はていねいな分、時間もかかりますが、それがなかったんですよね。

三橋: 2つのチームを率いるプロジェクトを回す中で、気を付けていたことはありますか?

大伴:無印良品の思いや見据えているゴールを、しっかりコミュニケーションすることを心がけました。それにより、開発の進行のスピードが一気に増しました。

無印良品とバルミューダ様が共に目指すゴールについて、バルミューダ様の寺尾社長とも何度もお話させていただきました。バルミューダ様と無印良品と、脳みそが2つになったわけです。

三橋: 脳みそが2つ?

大伴:今回の空気清浄機では、2枚の近接したファンが逆回転するものを使っています。これは、無印良品が過去に開発したUSBのデスクファンの「小さなパワーで風を前方に大きく飛ばす」という考え方を応用したものです。バルミューダ様に提案してみたところ、コンパクトながらパワーも出る今回の空気清浄機が誕生しました。

三橋: アイディアやコンセプトに強い良品計画さんと、技術力が高いバルミューダさんの共同開発ならではの商品だったのですね。

夢と現実で綱引き、最終的に理想に引っ張るリーダーシップ力

藤村:チームづくりについて教えてください。プロジェクトリーダーとしてのミッションや役割はどんな感じでしたか?

大伴:大事なのは夢というか、これを目指しているというビジョンに立ち戻ることですかね。

Open Image Modal

大伴:開発を進めて行くと、たくさんハードルが出てきてつまづいてしまうんですよね。コスト的に無理だとか、品質的にアウトだから今週は難しいとか。そういうハードルに直面します。そこでもう一度、良品計画、バルミューダ様を含めて全員であそこまで絶対にいくぞ!というゴールを一緒に見続けるチーム作りが、リーダーとしての役割だという風に思います。

藤村:チームに対してビジョンを伝えて浸透させていくために、特に気をつけていたことはありますか?

大伴:ベタですが、常にコミュニケーションをとることです。開発チームは、全員すごく近くにいるので、進ちょくの話など目の前のことを雑談のように話しながら、2015年、2016年の話をしたりしています。

藤村:大伴さんはチームをポジティブに率いていくのですね。

大伴:かもしれません。社長の金井からは「お前は楽園ばかり見過ぎだ」と言われるくらいなんです(笑)。そういう面では、1つずつ地道に塗り替える部分を見てくれるメンバーにも支えられています。

藤村:夢や長期のビジョンに対して、現実を見据えた上でブレーキを踏んでくれるメンバーの方もいらっしゃるんですね

大伴:はい。例えば商品部の品質管理責任者は、実現可能性を見るのが仕事ですよね。そういった人とわたしのような夢に向かってリードする人、お互いの綱引きがあるから成り立っていると思います。リアルなことばかり話していても、ありがちな製品しか生まれなくて、夢と現実で綱引きをする。最終的に、現実を踏まえて理想に引っ張るような感じです。

飛べ ──「100を101に」はナンセンス、全員が130を目指す

Open Image Modal

三橋:前例のない空気清浄機の開発だったと思います。リスクを恐れない文化があるのですか?

大伴:そうですね。むしろ、失敗をするくらいまでのリスクをとる行動力の方が求められます。「安心が一番ですから、101、102と少しずつ成長しましょう」というのはナンセンスで。

社内でも、よく「現場力」と言う話をするんですが、現場でしっかり考えてリスクをとるのであれば、「稟議を上げて来なさい。ちゃんとGOするから」というスタンスです。

三橋:段階的に開発を進める王道の手法にこだわり、新しい発想ができていない企業も少なくありません。新しいイノベーションを生み出すヒントはありますか?

大伴:そんなおこがましいことは言えませんが......。社長の金井を中心に、会社全体が「飛ぶこと」を望んでいるのが無印良品なんですよね。

藤村:「飛ぶこと」ですか。個人のチャレンジ精神は必要となり、自然と後ろ向きになってしまいがちですよね...

大伴:無印良品では、経営者自身が常に飛ぶことを考えているので、そのマインドが社員にも伝わっているんだと思いますね。その企業が一番強いところの曲線を101、102と緩やかに上ることはできても、いきなり130には飛べないでしょう。

藤村:生活者が求めているものをとことん追求することもキーですよね。

大伴:そうですね。お客様に喜んでいただいて、共感していただくことが先決です。売上げは、必ず後からついてくると思っています。売上げを作るために物づくりをした瞬間に、きっと、やはり横並びの製品ができてくると思うんです。

でも、そこに答えはありません。「この商品は本当にこのままでいいのか?」と当たり前を疑問視し、自分に対してしっかりマーケティングをする。これからも、生活者の皆さんに製品をお届けしたいと思っています。

文:三橋ゆか里/撮影:橋本直己/編集:吉田将来