独自手法で一人で長編アニメを製作、『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』監督に訊く

残酷さを映画を通して学ぶことは重要なことにも思える。
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(C)Les Films Sauvages – 2016

 8月18日から公開される『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』はとてもユニークなアニメーション映画だ。

 まずそのビジュアルに目を見張る。極限まで簡略化された、水墨画のような線画がコマごとにゆらゆらとうごめいている。人物の輪郭は一定ではなく、絶えず流体のように変化する。

 そして物語もユニークだ。本作はグリム童話の「手なし娘」を下敷きにしている。グリム童話は、現代では子どものためのメルヘンとして広く親しまれているが、そのオリジナルには世界の残酷さもふんだんに盛り込まれている。本作もそうしたグリム童話の原型の持つ残酷な世界観を踏襲し、その中で気高く生きる少女の運命を描いている。

 最も驚くべき点は、この長編アニメーション映画が監督のセバスチャン・ローデンバック一人の手で製作されていることだ。はたしてそれはいかにして可能だったのか。映画についてローデンバック監督に話を聞いた。

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セバスチャン・ローデンバック監督

映像の基本に立ち返った斬新な手法

 映像とは静止画を連続させて動きを作っている。通常速度のフィルム映像は、1秒間に24のコマで構成されている。24のフィルムを連続して投写することによって1秒の映像が生まれる。

 実写でもアニメーションでもそれは同じこと。アニメーションの場合は、1枚1枚の絵を連続して撮影することで動く絵が出来上がる。映像とは、写真や絵画の連続だ。

 ローデンバック監督が編み出した独自のアニメーションスタイルは、この映像の基本原理に極めて忠実だ。それでいて出来上がったものは驚くほどに斬新だ。

 まず本作の予告を観てほしい。

 冒頭、一羽の鳥が飛んでいるのがわかるだろう。では次にこの静止画を観てほしい。

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(C)Les Films Sauvages - 2016

 これは予告冒頭の鳥の飛んでいる映像をキャプチャしたものだが、この一枚の絵では何を描いたのかわからない。しかし、上述のように連続した映像ではきちんと鳥だと視認できる。

 これはローデンバック監督が独自に編み出した「クリプトキノグラフィー」という技法だ。

「クリプトキノグラフィーは、何年か前に友人たちと考えた技法なんです。これは一種のゲームのルールのようなもので、動くアニメーションを作るにあたって、一枚一枚の絵は未完成な状態にするというものです。

 例えば、男が歩いているというシーンがあったとします。このシーンを構成している絵を一枚ずつ取り出してみると、歩いている男には見えないのですが、つなげて映像にすると歩いている男が見えてくるようになるのです。

 これは元々は、経済合理性の観点から生まれたスタイルです。一枚ごとの描きこむ量を減らせばその分作業が早くなりますから」

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(C)Les Films Sauvages - 2016

 この独自のスタイルは経済合理性から生まれたものだという。経済的な要請から生まれたアニメーションのスタイルと言えば、日本アニメの得意とするリミテッド・アニメーションがある。これは絵の枚数を少なくして制限のある動きの中で効率よく演出し、ストーリーを語る手法だが、これによって日本のアニメは独自の進化を遂げた。

 対してローデンバック監督は、絵の枚数を減らさずに一枚ごとの絵の描き込みを減らすという選択をしたわけだ。

「この映画の企画は、2001年に始動したのですが、当初は全く違うスタイルで作ることを目指していました。しかし資金が集まらず2008年に一度断念しています。その後、私はいくつかの短編アニメーションを作りました。2012年には非常に実験的なことをやってみたんです。それは1時間で1分のアニメーションを作るというものです。

 これは普通に考えたら不可能に近いですが、それを目指すということに意味がありました。それだけのスピードで膨大な絵を描きあげねばならないとなると、今までのやり方とは違う選択を見つけねばなりません。そういう時、大きなスタジオではいかに絵を動かさずに作るかを考えるでしょう。

 私は動きではなく、デッサン量を減らす選択をしました。このやり方で10日間で12分のアニメーションを一人で作ることができました。そこで思ったんです。10日で12分の映画が作れるなら、一年あれば一人でも長編作品が作れるのではと」

 絵が動くことで初めて完成するというのは、映像が連続する静止画であるという、ごく基本的な部分に立ち返って初めて気づくものだ。非常に斬新なスタイルだが、映像の基礎の基礎を踏まえた、映像でしかできない絵の描き方だと言えるのではないだろうか。

残酷な物語を子どもに見せること

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 グリム童話は、現代では主に子供向けのメルヘンとして流通している。今でこそ「本当は怖いグリム童話」などで、原典の持つ残酷さも知られるようになったが、それでも多くは子ども向けにそうした要素を排除された作品が多い。

 本作は両親の欲望によって両手を失う少女が、艱難辛苦の旅に出るという物語で、悪魔などの空想の恐怖に加えて戦争という現実的な残酷さも含んだ物語だ。

 ローデンバック監督は、この物語の何に惹かれたのだろうか。

「プロデューサーにこの映画化を打診された時に、この物語が私にとってどんな意味を持つのか気づきませんでした。私自身にとってこの物語がいかに重要なものであるか気づいたのは作品を完成させた後でしたね。

 私にも映画の中の少女と同じように両親がいます。両親は私のことを優しく見守ってくれていたと思いますが、時に彼らの存在は私にとって強すぎるものでした。なので私は家族から離れる必要があったんです。それから私も少女と同じように恋をするようになりましたが、その恋もやはり少女の経験したようなアンバランスな関係でした。

 この物語は、非常に普遍的でユニバーサルなものだと思います。原作を読んだ時に感じたのはこれは女性的なものであるということです。しかもジェンダーとしての女性ということでなく、もっと心理学的な、男性でも持っている女性的なもの、ユングの言うアニマを描いたものだと思います」

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 ローデンバック監督自身は本作を大人のためだけの作品とは考えていないという。監督は、子どもの残酷な物語を見せることに関してどう考えているだろうか。

「全く問題ないと思います。フランスでは対象年齢8歳以上という形で公開されました。確かにこの物語は非常につらい部分もありますが、優しいタッチで描いたつもりです。それにリアリズムに徹して作ってもいません。例えば血は流れますが、色によってされを表現しているので、本物の血ではありませんし、現実と一定の距離を保っています。

 そして私は、子どもというものは時に残酷な存在だと思います。時には大人よりも残酷な面を見せることもあると思うんです」

しかし、本作はアメリカの配給会社には、全く子ども向けではないと言われたそうだ。

「アメリカの配給会社に、フランスでは子どもにも向けてこの映画は公開されたと言ったら、クレイジーだと言われました。(笑)

 変な話です。この作品は荒々しく残酷な部分もありますが、全体として全く暴力的ではありません。むしろアメリカのブロックバスター映画の方がよほど暴力的だと思うのですが」

 現に世の中には残酷なものが存在する。そして監督の言うようにそれは子どもにすらあるものだとすれば、そうした残酷さを映画を通して学ぶことは重要なことにも思える。遠ざけるだけでは自身の残酷さにも気づく機会を失うかもしれない。ローデンバック監督は、年齢関係なく子どもにも大人にも映画を観てほしいという。

「人生には暗さがつきものです。でも暗いことばかりでもありません。この映画の少女の人生は厳しいものですが、それでもこれはハッピーエンドな物語だと思います。最終的に彼女は自分の居場所を見つけることができたのですから」

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