あちこちの学校で、9月1日から新学期が始まった。約1年前の2015年8月、神奈川県の鎌倉市図書館の公式Twitterが、「学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい」と呼びかけ、大きな反響を呼んだ。内閣府の2015年版「自殺対策白書」によると、自殺者数は1998年から14年連続で3万人を超える状態が続き、2014年は2万5427人まで減ったものの、15歳から39歳までの若い世代の死因として自殺が最多になっている。こうした状態は先進7カ国でも日本だけで、「国際的にみても深刻」であるという。
鎌倉市図書館のツイートが多くの人々の共感を呼んだ背景は、逃げ道を断たれ、自殺と隣合わせで生きている人がそれだけ多いことのように思えた。なぜ、私たちの社会は、こうも生きづらいのか。解消できる方法はあるのか。考えていたところ、出合ったのが精神科医、森川すいめいさんが2016年7月に上梓した「その島のひとたちは、ひとの話をきかない」(青土社)だった。
自殺で亡くなる人が少ないという「自殺希少地域」を森川さんが旅して、そこで暮らす人たちと出会い、感じたことをまとめた本だ。「自殺希少地域」であっても、他の地域と同じように悩みもあれば、問題もある。ただ、みんなで解決していく仕組みを持っていた。それは一体、どのようなものなのか。私たちの「生きづらさ」を少しでも減らすヒントになるのではないか。森川さんに話を聞いてみた。
■これまでの自殺予防と逆の発想である「自殺希少地域」
――自殺が多い自治体やその取り組みについては見聞きしていましたが、逆に自殺が少ない「自殺希少地域」があり、研究されていることを、森川さんの本で初めて知りました。森川さんはそうした地域である徳島県の旧海部町(現・海陽町)や青森県風間浦村、青森県の旧平舘村(現・外ヶ浜町)、島嶼部の東京都神津島村を旅していらっしゃいます。なぜ、これらの「自殺希少地域」に行こうと思ったのでしょうか?
きっかけは、ある学会で和歌山県立医科大学講師の岡檀(おか・まゆみ)さんの発表を聞いたことでした。岡さんは、海部町を調査して「自殺希少地域」と名づけて、こうした地域と自殺で亡くなる人が多い地域を対象比較しました(「生き心地の良い町」講談社)。その発表を聞いて、「答え」があるような気がしました。
精神科医は仕事柄、患者さんを自殺で亡くしてしまうことがどうしてもあるのですが、精神科医もどうしたらいいのかわからない。答えのないまま続けていくという、しんどさを抱えています。そこで、自殺の原因を調べれば、自殺が減るんじゃないかという研究が、一生懸命されてきました。でも、原因が3つも4つも重なっている人が自殺しやすいという研究がありますが、簡単に解決できない原因ばかりで、どうしたものかと行き詰まっていた。そんな時、まったく逆の発想が、岡さんの研究にはありました。
つまり、「自殺に至る原因はいろいろあります。対策もしなければなりません。そして、自殺で亡くなる人が少ない地域があります。こうした地域には、もしかしたら自殺を予防する因子があるのではないか」ということでした。しかも、それは誰でもできそうな感じで、明るい。これは実感しに行かなければと思ったんですよね。
――「自殺を予防する因子」とは一体、どういうものなのでしょう?
日本では1年間の自殺で亡くなる人が3万人を超えた1998年から、自殺に関する研究や支援の質と頻度は高まっています。でも、自殺を減らすために何をしたら良いのか。たとえば「心のケアを大事にする」とか「アルコールがダメだ」とか、「自殺の報道がダメだ」とか、そういう議論がごちゃまぜにされがちです。そこで、研究者たちは自殺の予防と防止を分けて考えるようになっています。
防止というのは、フェンスの高さを何メートル以上にするとか、地下鉄にホームドアを設置するとか、主にハード面での対策でわかりやすいです。それに対して、予防はわかりにくい。たとえば、貧困が自殺の原因だということがわかれば、国は貧困対策しなさい、というのが予防。少し前に、20歳から29歳までの生活保護受給者の自殺率が、自殺者全体の自殺率の6倍だったという報道がありました(筆者注:2009年の数値)。じゃあ、生活保護の人たちを手厚くケアしよう、精神科の受診を勧めようと予防はするものの、それでも自殺は起きてしまう。
自殺にいたる原因は無数にあり、原因ひとつひとつに対する予防はあまり効果がないのではないかと、みんな閉塞感を感じている中、岡さんの研究は、自殺に至らない地域に存在するであろう、原因を横に置いといた予防因子を調べるものだったわけです。
■問題は予防できないけど、起きたらみんなで解決
――岡さんの「生き心地の良い町」では、意外なことが書かれていました。自殺希少地域である旧海部町で住民アンケートをしたところ、隣近所とのつきあい方は、「立ち話程度」「あいさつ程度」が8割を超えていて、「緊密」とした人たちは約16%と少数派。一方、自殺で亡くなる人が多い地域で「緊密」とする人たちは約4割を超えていた。森川さんのフィールドワークでも、旧海部町のコミュニケーションは軽く、慣れているとありました。コミュニティが緊密になるほど、排他性が生まれ、その中に入っていけない人が孤立するというご指摘は、なるほどと思いました。
一方で、旧海部町で特にユニークだったのが、江戸時代から続く「朋輩組」という仕組みでした。同世代で構成されていて、町内会ごとではなく、入会脱会も自由意志。メンバーはさまざまな知識を持っていて、町内の人には言えないことを相談したり、解決したりする。コミュニティは必ず問題が起こるものだから、いざ起きてしまった時に一緒に解決するための組織というのは、目からうろこでした。どうして、そういう仕組が生まれたのでしょうか?
もともと「朋輩組」の生まれた地域は、家を継がない次男や三男が集まってできた町で、その人たちがつくっていった組織でした。もしも、財産など守るべきものを持っていれば、お互いに監視して問題が起きないよう、ルールを決める組織が生まれたのかもしれません。ところが、「朋輩組」は財産を持たない。でも、問題は起きるし、起きてしまう問題をいちいち予防できない。だったら、みんなで解決しようと集まる。とても機能的だし、合理的なんです。
海部町にあるトンネル。多額の税金をかけて完成した後、台風で山が崩れてトンネルだけ残った。町民は怒らず、上に植物を植える人まで出てきたという。「人生の厳しさや未来の危うさをよく知っていて、それゆえに工夫する習慣があるからこそ」と森川さん。
■自殺希少地域の「仕組み」は他の地域でも実現可能?
−−森川さんは、「問題を防止することに偏る組織は、問題が起こったときに、あんなに起こらないように準備したのにどうして起こったのか?と責任問題に変わっていく」とも書かれています。悪者探しをしたり、原因となった人に反省文を書かせたりする。逆に、「人生何かあるもんだ」という意識で組み立てられる組織は、常に変化に対応する......。そんな「朋輩組」のような仕組みは、他の地域でも実現可能なのでしょうか?
地域をどう設定するかの問題なのかなと思います。自治体や市区町村......たとえば、このクリニック(森川さんが院長を務める「みどりの杜クリニック」)のある東京都板橋区だと大きすぎますが、「このクリニックが関わる地域」と考えることはできます。このクリニックが、誰と関係を持っているのかで定まり、その中でマネジメントしていく。同じ区でも、花壇がたくさんあって、そのまわりで近所の人たちがよく立ち話をしている地域もあれば、孤立していて人と対話が苦手な地域もある。自分の身の回りから考えていくことが良いと思います。
−−とはいえ、旧海部町もそうですが、高齢化や過疎化で櫛の歯が抜けるように人が減り、せっかく「朋輩組」のような組織があっても、衰退してしまうのではという懸念もあります。
その解決ですが、私が行った地域に、非営利組織(NPO)の活動が活発であることが感じられました。営利という視点で今の社会を見ていくとすると、より選択と集中をしたところにお金が集まっていきますよね。1番じゃないと潰れていくような。だから、ニッチでもあっても1番を目指し、その中心にいられる人がしっかりと収入を得られる。その中心のまわりには、非正規雇用の低賃金で働いてる人たちがいるのが構造だと思います。
そして、そこにすごく時間がとられるし、そこに集中しないと生活していけない。でも、地域にはお金にならないけど、必要な仕事がいっぱいあるわけです。そういう仕事をやる時間がどんどんなくなっていくと、地域社会が成り立たず、人は孤立して生きづらくなる。だから、そういう仕事に対して、NPOの組織をつくって、大切な、しかしお金にはならない仕事を担っていく必要があります。社会の隙間を埋めていく。たとえば、フランスでは人口の8割が何らかの形で非営利組織に関わっています(筆者注:フランスでは日本のNPOに相当する組織をアソシエーションといい、国民の10人のうち8人が何らかの形で関わっているという)。選択と集中を先にやってきた国ではNPOは多いし、強いです。日本もそうなっていかざるを得ないと思います。
(後編に続く)
精神科医、森川すいめいさん。
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