人の心はカネで買える......
ホリエモンこと元ライブドア社長の堀江貴文氏のこんな発言が話題になったのは、もうずいぶん前のことだ。元々は著書「稼ぐが勝ち」の中で書かれた一節だが、堀江氏の歯に衣着せぬ言動と相まって賛否両論を呼んだ。
今さらこの発言を批判も擁護もするつもりはないが、お金によって人は動くと言い換えれば多分に真実を含んだ言葉となるだろう。「インセンティブ」は動機付けという意味だが、成績に応じて給料が決まる「歩合給」「出来高払い」という意味でも使われる。お金は人が行動する動機になりうるという事だ。
この発言のさらに何年も前になるだろうか。ある作家の体験談としてこんな話を読んだ。
■作家が税務署と戦う事を辞めた言葉。
ある作家が税務署から税金の額について誤りを指摘され、修正申告を迫られた。経費として申告した費用の一部が認められず、結果として収入(所得)が増えてしまったという。収入が増えれば当然税金も増える。
その作家は顧問税理士に、これは納得いかない、とことん税務署と戦う、という意向を伝えた。それに対して税理士は「お金で解決できることはお金で解決したほうが良い」とアドバイスしたという。結果的に作家はその言い分をスンナリと受け入れ、修正申告に応じた。
税理士がなぜこのような発言をしたかは書いていなかった。税務署の言い分が正しく、争っても勝てないと思ったのかもしれないが、それならば確定申告に関わった税理士に責任は無かったのだろうか。
あるいは増えた税金の額がごくわずかでその人気作家にとっては大した額ではないから争うのは時間の無駄、執筆に集中したほうが良い、という意味だったのかもしれない。ただ、本来納める税金は1円でも多かったり少なかったりするべきではない。その税理士の姿勢には納得いかないものを感じないでもない(もしかしたらワタシに払う手間賃の方が高いですよ、という事だったのかもしれないが)。
しかしその人気作家は「世の中にはお金では解決できない事の方が多いのだから、確かにお金で解決できることはそうしてしまった方が良い」と納得したという。
もう10年以上も前に読んだ話だが、強烈に印象が残っているエピソードだ(作品が映画化もされた人気作家)。そして自分がファイナンシャルプランナー(FP)としてお金のアドバイスをするときに、この考え方がベースになっていることにも最近になって気づいた。
■時短勤務を取得するべきか否か、それが問題だ。
自分が受ける相談で一番多い住宅購入では、タイミングとして産休・育休・時短勤務が大きくかかわる事は珍しくない。多くの人は結婚して子供が生まれると家が欲しくなるからだ。
家計に与える影響では、奥さんが育児休業から復帰した際に、時短勤務を利用すると収入が復帰前より大幅に減ってしまう。かといってフルタイムで働けば家事や子育てを誰かにお願いせざるを得ず、多額の費用が掛かってしまう。これは共働きの夫婦なら誰にでも起こりうる状況だ。たとえば時短勤務による減収を150万円と仮定してみよう。
この場合、当然だが万人に共通する答えは無い。あなたは子供を預けて働くべきだとか、子育てを他人に任せるなんて親としてケシカランとか、当事者が決めるべき価値観にまで踏み込んで口出しをするのはFPとして完全にアウトだ。
ではどうするべきか。金銭面で合理的な判断を示し、それを基準にあとは判断をゆだねる、というのが(自分なりに)正しいアドバイスだ。
この場合、時短勤務を選ぶことで失われるのは目の前の150万円だけではない。勤務時間が短くなった分だけ業務から得られる経験も失われ、結果として将来の昇進やキャリアアップにも響く可能性がある。会社によって、時短勤務者はより負担が軽くて責任も軽い仕事にまわされることもある。これらは会計用語で機会費用ともいう。どちらか一方を選ぶと失われてしまうモノ、という意味だ。
子育ての負担を考えれば仕事が楽になるのは一見すると良い話だが、マミートラックと言って将来の出世コースから事実上排除される事を意味する場合も少なくない。仕事に本気で取り組みたい女性とっては非常に厳しく、難しい選択でもある。子供を産むと商品に響くのでは差別的処遇と言えるが、現実に起きていることだ。
また、勤務時間が短い人を長い人と同列に扱う事が平等なのか、あるいは企業の利益にかなう事なのか。そしてマミートラックが目に見えない形で行われていれば差別的処遇だと証明できるのか......と色々考えると決して簡単な話ではない。
■子育ての「原価計算」?
では時短勤務を取得しなければどうなるか。家事代行やファミリーサポート、ベビーシッター、あるいは料理が出来ずに外食をして高くつくなど、自分でやればお金がかからない事にも多額の費用がかかり、収入の多くが子育て費用に消えてしまい、何のために働いているのか分からなくなる。これはこれで大きなストレスとなるだろう。
ただ、これも企業会計でいう原価計算の考え方で判断すればいい。モノ作りをするときに、部品を外部から調達するか、自社で作るかを判断する際の計算方法がある。当然企業活動ならば損得だけで考えるので、安上がりな方を選ぶという事になる。
この夫婦が金銭面だけで判断するのであれば、最低でも年間で150万円は子育てや家事にお金をつかっても良い事になる。月に直せば12.5万円となり、時給3000円のシッターや家事代行を1か月で約41時間も利用する事が出来る。保育園のお迎えや、部屋掃除に洗濯など、41時間あればかなりお願い出来る。ルンバやドラム式洗濯乾燥機など、高額な家電を買えば手間を省くことも出来るだろう。これに親族のサポートもある程度得られるのであれば時短勤務は不要になるかも知れない。
これらの費用が150万円以上かかってしまう場合でも、将来の昇給や昇進、マミートラックにまわされない事も考慮すれば、一時的ならばそれはワリにあうお金の使い方かもしれない。つまりお金で解決できることはお金で解決しても良い、という事だ。特に稼げる人や家事が苦手な人ならば、自分でやるより人にお願いしてしまった方が効率は良い場合も多いだろう。これは経済学でいう比較優位の考え方だ。得意な事に専念した方が全体の効率は良くなる、という考え方だ。
■お金で解決できないこと。
ここまでドライにお金の問題だけを考えた後に、それ以外の要素を考慮すればいい。
そこまで多額のお金を使ってまで仕事を優先するべきか?、子供が小さいうちは出来るだけそばにいてあげたい、自分は働きたいけどパートナーは出来るだけ他人に任せずに夫婦で子育てをしたいと考えている、何でもかんでも他人任せにしていると周囲や親族の目が気になるなど、お金では解決できない想いや問題をどうするか、これらは当事者が決めれば良いという事になる。
ここまで切り分けると、夫婦の話し合いも随分しやすくなる。お金で解決できる話とそうでない話がごっちゃになるから問題がややこしくなるわけだ。そして話の内容がこの段階まで進むともはやお金のアドバイスではなく、ほとんど人生相談のような状況になる(自分のタッチできる問題ではないので、あまり口出しはしないが)。
ファイナンシャルプランニングは「お金の視点から考える人生設計」と自分は定義しているので、これはある意味で当然だ(もちろん、頼まれもしないのにプライベートの話にズケズケと踏み込む事は無い。あくまで話を聞きながら課題を引き出してあとは任せるというスタンス)。
■ファイナンシャルプランナーは節約のプロ?
以前、知人のFPがテレビに出演した際、「FPは節約のプロ」と紹介されてズッコケそうになったことがある。FPに対する世間一般の認識はまあそんなものという事なのだろう(あとは保険を売る人など)。こうすれば得をするとか損をする、という話ばかりをしているからそういう仕事だと勘違いされてしまうのだと思うが、今どき節約のテクニックは、ウェブでググれば1秒で見つかる。
個人的に節約や損得にあまり興味が無いという事もあるが、自分が相手をするお客さんで「どうすれば食費を節約できますか?」なんてことを聞いてくる人はいないので、特に困ったことは無い。もやしを使った節約レシピがウンヌンとまで言い出すFPもたまにいるが、これも節約レシピに命を懸けている料理研究家に失礼な話だろう(節約レシピ研究家が住宅ローンを語っていたらどれだけおかしいかを考えみてほしい)。
住宅については以下の記事も参考にされたい。
前出の作家が税理士の言葉にハッと気づいたように、世の中にはお金で解決できない問題の方が多い。「お金の絡んだ人生の悩み」を抱えている人は、一旦お金の問題とそれ以外の問題を切り分けてみることをお勧めする。案外答えはシンプルではないかと思う。
中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー
シェアーズカフェ・オンライン編集長