島国である日本は、貿易量の99%以上を海上輸送に頼っている。食糧やエネルギー、様々な製品が絶えず供給されるのは、船のおかげなのだ。
そんな海運業は、世界の脱炭素化の動きに伴い、100年に一度の転換期にある。
安定した輸送を続けながら、船の脱炭素は可能なのか? 商船三井の中村夏帆さん、伊藤隆之さん、垣内隆太郎さんを取材した。
暮らしを支える海運の変化
── 日本の貿易量のほとんどは船で運ばれているんですね。
中村夏帆さん(以下、中村):はい、99%以上が海上輸送です。コロナ禍では、コンテナ船の不足等により、物流が混乱しました。様々な業界の方が、海運の重要性を体感されたのではないでしょうか。
── 海運業の中で、商船三井はどんなことをしてきたのでしょうか?
中村:当社は1884年設立で、昨年140周年を迎えました。
140年の間で、海運には大きな進化がありました。昔は船にそのまま貨物を載せるだけでしたが、コンテナに詰めて運ぶようになり、自動車やLNG※1など特定の貨物専用の船もできました。
当社の企業理念は「青い海から人々の毎日を支え、豊かな未来をひらきます」です。やはり「海」が大事なんですね。海運で培った強みを生かし、世界が求めるモノを運べるよう、技術やビジネス開発をしてきたのが当社です。
※1:Liquefied Natural Gas(液化天然ガス)。天然ガスを冷却し液体にしたもの。液化して容積を減らすことで、海上輸送で大量に運ぶことができる。
難度が高いネットゼロ・エミッション
── サステナビリティにも注力されていると伺いました。
中村:経営計画「BLUE ACTION 2035」を2023年に策定しました。そこでは、サステナビリティの実現が企業価値向上につながると考え、財務計画とサステナビリティ計画を統合しています。
サステナビリティ課題の中で、やはり大きいのが環境問題です。海運は一度にたくさんのモノを運べるものの、絶対量が非常に多いので、温室効果ガス(以下、GHG)排出量は大きくなります。GHG排出削減を重要課題として、先進的な取り組みを進めてきました。
── どのような取り組みでしょうか?
伊藤隆之さん(以下、伊藤):当社の「環境ビジョン 2.2」では、2050年までにネットゼロ・エミッションを実現する目標を掲げています。GHG、CO2排出量を実質ゼロにするということですね。海運業は脱炭素が難しいといわれており、とてもチャレンジングな目標です。
伊藤:自社の船からの排出量削減としては、大きく3つのアクションがあります。1つ目は「クリーンエネルギーの導入」。GHG排出量の少ない燃料を採用します。2つ目が「さらなる省エネ技術の導入」。3つ目が「効率オペレーション」です。船を効率よく運航し、排出量を減らします。
「効率オペレーション」は、2025年時点で燃費効率を2019年比5%改善することをマイルストーンとして掲げ、2023年度実績において前倒しで達成しました。
クリーンエネルギーに関しては、LNG燃料船※2の導入を順次進めています。重油に比べGHG排出量を約2割削減できます。さらに、排出量ゼロを実現するため、水素やアンモニアの代替燃料船の開発を進めています。
代替燃料を導入するには、船の造りそのものを変えるだけでなく、燃料を供給するインフラも必要です。さらに、コストが高くなるので、そこを負担する社会の仕組みも必要なんですね。導入にはまだ課題がありますが、やらなければいけないです。
※2:LNG(液化天然ガス)を燃料とする船。重油を燃料とする船より環境負荷が低いことから、近年世界的に増加している。
ウインドチャレンジャーは代替燃料の導入にも貢献
── そこでウインドチャレンジャーが注目されているんですね。
垣内隆太郎さん(以下、垣内):ウインドチャレンジャーは、風の力を船の推進力に変換する硬翼帆式の「風力推進補助システム」です。
ウインドチャレンジャーの最大の特徴は、風の向きや強さに応じて帆の回転・伸縮を自動制御している点と、帆の素材にGFRP(ガラス繊維強化プラスチック)を採用し軽量化している点です。
── 環境にはどんなインパクトがありますか?
垣内:ウインドチャレンジャー1本で、5〜8%ほど燃料消費量を削減できます。帆搭載第1号船「松風丸」では、1日において最大17%削減した実績があります。
代替燃料の導入の観点でも、ウインドチャレンジャーは重要です。アンモニアや水素は、同じ距離を航行しようとすると今の燃料と比較して3〜4倍の量が必要なんですね。その分、運航コストも高く、船の開発も難しい。ウインドチャレンジャーで燃料消費を削減できれば、代替燃料導入の実現に近づきます。
巨大な帆を自動制御「夢見るような挑戦だと思った」
── 開発の経緯を教えてください。
垣内:2009年に東京大学主宰で産学共同研究プロジェクト「ウインドチャレンジャー計画」が始まりました。東京大学でのプロジェクトは、2017年に一定の成果を持って終了し、2018年に、社会実装に向けて、商船三井と大島造船所の2社で発展的に引き継ぎました。
そして、2022年にウインドチャレンジャー搭載第1号船「松風丸」が就航しました。当初は、省エネデバイスとして開発が進められていましたが、近年のGHG排出削減に対する期待の高まりを受けて、実現にいたりました。松風丸は「シップ・オブ・ザ・イヤー2022」を受賞しています。さらに改良し、2024年の夏には第2号船の「GREEN WINDS」が就航しました。
中村:プロジェクト開始当時は、夢見るような挑戦だと思いました。昔から風の力は使っていましたから、できそうな気がしますが、実は非常に革新的で先進的なアイデアなんです。
垣内:実際に松風丸を見ましたが、ウインドチャレンジャーは伸びると高さ50mほどになります。幅も15mぐらいあって、船の上にビルが建っている規模感です。それを太平洋の真ん中で、自動制御すると考えたら、驚きですよね。
── 反響も大きかったのでは?
垣内:2023年にドバイで開催されたCOP28 ※3にウインドチャレンジャーを出展しましたが、みなさんとても驚かれていることを肌で感じました。気候変動対策の重要な場であるCOPで評価いただいたことは大きかったと思います。
※3:国連気候変動枠組条約第28回締約国会議。国際機関や各国の政府・自治体・NGO・企業等が集まり、気候変動対策などを話し合う国際会議。
100年に一度の転換期。さらなる進化を目指して
── 今後、ウインドチャレンジャーはどう発展するのでしょうか?
垣内:2030年までに25隻を導入する目標で、現在10隻の搭載が決定しています。
これまでは、新造船にウインドチャレンジャーを搭載していましたが、3号機は既存船に載せる計画です。既存船に搭載可能になれば、他社の船を含め、多くの船に搭載できます。さらに、4号機・5号機は新造LNG運搬船に、世界初の2本同時搭載を目指しています。
帆の制御技術もまだまだ進化しますし、今後も船舶における風力利用拡大に向けて、できることは全部やります。
── 企業として、今後の目標は?
中村: 今、海運は100年に一度の燃料転換期を迎えていると言われています。帆船から蒸気船になって、燃料が石炭になり、さらに石油になったように大きな転換です。
当社の強みであるエネルギー輸送も、始まった当時は多くの課題がありましたが、粘り強く解決してきました。この転換期をチャンスと捉え、これからもチャレンジを続けます。
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世界の脱炭素化に向け、船のイノベーションは必須だ。ウインドチャレンジャーをはじめとする日本発の技術が、海運業の大転換期をリードするかもしれない。
(取材撮影=川しまゆうこ 取材・文=Kayuko Murai)