古くから薬の街として知られている日本橋。ライフサイエンス領域のイノベーション創出を支援する三井不動産は、日本橋の街づくりの一環として、アカデミアや産業界の有志と2016年に「LINK-J」を設立した。
LINK-Jは、ライフサイエンス領域の交流プラットフォーム。オープンイノベーションの促進を目的とし、企業や大学にオフィスなどの場所を提供することで、交流の機会をつくっている。現在では、LINK-Jの活躍もあり、日本橋駅周辺はベンチャーやVCが集積し、「日本橋バレー」と呼ばれ始めている。
日本橋バレーから、本当にイノベーションは生まれるのか?そして、日本はライフサイエンスで世界一になれるのか?LINK-Jに関わる3名の話からひもといていく。常に新しい時代へのチャレンジをする三井不動産の連載、第3回目。
モデルナ社長・鈴木さん「ビックピクチャーを描き、発信すれば、世界一に」
まず、話を聞いたのはLINK-Jのサポーターであり、モデルナジャパン株式会社 代表取締役社長 鈴木蘭美さん。日本のライフサイエンス産業の今と未来とは?
━━ 海外経験豊富な鈴木さんから見て、日本のライフサイエンス産業の現状はいかがですか?
鈴木:やはり基礎研究は強いですね。完璧じゃないにしても、大学で腰を据えて、長年研究を続けられる仕組みがあります。そういう基礎研究の強さの上に、世界に誇るブロックバスター医薬品*の創出や、IPS細胞の研究があるのだと思います。
日本には優秀な素晴らしい研究者がたくさんいらっしゃいます。だからこそ、研究者を応援することがとても重要だと感じますね。
━━ 研究者に足りないものは何でしょうか?
鈴木:モデルナの共同創業者であるロバート・ランガー教授は、日本人は非常に優秀で勤勉だが、ビッグピクチャーを描くのは不得意な人が多いと言っていました。
つまり、自分の研究が、中長期で社会にどんなインパクトを与えるのかを理解し、自らの言葉で発信するということですね。じゃあ、それを優秀で勤勉な日本人ができたら世界一なんじゃないのって教授に聞き返したら、「その通りだと思う。ビッグピクチャーを描き、実現に向けて、リスクを取ることができれば」っておっしゃるんです。我々世界一になれるわけですよ。
━━ ビッグピクチャーを理解し、発信する。そのためにはどうしたらいいのでしょう?
鈴木:LINK-Jのようなコミュニティが、喧々諤々和気あいあい、ビッグピクチャーをどう描くのかを話し合う場になりえるのではないでしょうか。LINK-Jは、同じ志を持った人たちが集まって、知恵を出し合う、非常に重要な場だと理解しています。
それから、LINK-Jでは、最初から海外を視野に入れている若手研究者や、海外のピッチイベントに積極的に参加する起業家が増えていると聞きました。本当に素晴らしいことです。研究者の世界でマイノリティである若手や女性が、世界に発信するってすごく重要なんですよね。
残念ながら、日本においてライフサイエンス領域で活躍する女性の割合は、世界と比べるとかなり低いと理解しています。女性に限らず、多様なバックグラウンドの人々が意見を交わすことは、いい製品づくりのためにも必要ですよね。
━━多様なバックグラウンドを持つ人がいることが、ライフサイエンスの発展に繋がったと感じたことはありますか?
鈴木:弊社のワクチンはマイナス20度の冷凍保存が必要なんです。
そんなワクチンを日本全国に流通させるのは、結構ハードルが高い。けれど、これを成し遂げたスーパーヒーローみたいな方々がいるんです。リーダー格の方に、こんな短期間の準備でどう実現したのかと聞いたら、「過去に、マイナス40度での保存が必要な薬の流通を経験していたから、すべきことはすぐにわかった」っておっしゃったんですね。
多様な経験や知識を持つ方がつながることは、強みになると感じました。LINK-Jも、そのような場所になることを期待します。
Ubie社長 久保さん「急成長の裏にある、カジュアルな繋がり」
次に話を伺ったのは、LINK-Jの特別会員で、急成長中のスタートアップ「Ubie株式会社」共同代表取締役 エンジニアの久保恒太さん。2017年に創業し、2022年現在、「ユビーAI受診相談」アプリは月間利用ユーザー数450万人を突破。急成長の秘密は?
━━ LINK-Jが急成長を支えたと伺いましたが、どんなサポートがありましたか?
久保:まず、とてもお世話になっているアクセラレーター*さんと繋がったきっかけがLINK-Jでした。LINK-Jで実施されたピッチイベントで、創業前の荒削りなプロダクトを見せたんです。そこでアクセラレーターのINDEE Japanの津田真吾さんと繋がり、Ubieの事業化が実現しました。
創業後も、LINK-Jの拠点である三井不動産の日本橋ライフサイエンスビルディングにあるINDEE Japanのオフィスに、よく相談しにいっていました。
そこでは、製薬企業さんや、スタートアップの方が集まってカジュアルに交流しています。そこから実際にパートナー企業になっていただいたり、大手企業のエグゼクティブの方とアイディアを壁打ちさせてもらったりしました。
LINK-Jには大企業の中でもイノベーションを起こしたい人たちが集まっていると感じます。こういった環境が、Ubieの成長に繋がったと思います。
━━ Ubieも、日本橋の三井不動産のオフィスを利用されていますね。
久保:創業期で、オフィスに予算をかけられない時から、安くお貸しいただきました。今はメンバーが増えたので、別の日本橋の三井不動産オフィスを借りていますが、移転にもスムーズに応じてもらいました。
社内イベントを実施する際も、日本橋ライフサイエンスハブというカンファレンスルームを使えるなど、場所の提供という点でもとても助かっていますね。
━━ 今後、UbieはどうやってLINK-Jを活用し、成長していきたいですか?
久保:これから第二の矢、第三の矢となる事業をつくる上で、LINK-Jを活用してどんどん情報をインプットしたいです。医療のスタートアップ業界は特殊なところが多く、我々も勘所を掴むまでに苦労したんですね。そんな時、たくさん情報があることはとてもありがたかった。また、自分たちも経験を還元することで、業界全体が盛り上がればいいなと思います。
三井不動産「日本橋を発展させるため…たどり着いたのがライフサイエンスだった」
最後に話を聞くのは、三井不動産でLINK-Jを担当する境夢見さん。ライフサイエンス産業を盛り上げる鍵となる「LINK-J」を仕掛けた理由、これからの展望とは?
━━ なぜ三井不動産がライフサイエンス事業を始めたのでしょうか?
境:元々日本橋は、江戸時代から薬種問屋が集積していた歴史もあり、現在も大手の製薬企業が集積しているエリアです。日本橋を発展させる上で、その特徴をうまく活用しようと思いました。
それから、ライフサイエンス産業は、オープンイノベーションが求められているということがあります。これまでのように、製薬企業が自社の中でクローズに開発する手法では、新薬の開発ができにくい状況になっています。
だからこそ、まだ事業化されていない大学の研究や、スタートアップ企業のアイディアを掛け合わせ、イノベーションが生まれやすい土壌をつくる必要がある。じゃあ、それを日本橋につくろうというのがLINK-J発足のきっかけです。
お陰様で、三井不動産やLINK-Jは、ライフサイエンス産業の皆様から見れば「門外漢」だったこともあり、受け入れていただけたと思っています。
━━ LINK-Jや三井不動産はどんなサポートをしているんでしょうか?
境:LINK-Jはコミュニティの構築、そして三井不動産はライフサイエンス拠点(場)の整備と資金提供を担っています。
境:今、日本橋のライフサイエンス拠点に約150の企業・団体がご入居いただいていて、その半分がスタートアップです。Ubieのように、成長に合わせて、徐々に大きなオフィスを借りていただくことが、日本橋の活性化にも繋がると考えています。
あとは、成長するためには資金も必要ということで、ベンチャーキャピタル(VC)との繋がりも強めたい。そのきっかけになればと、VCへのLP出資*を三井不動産が始めました。現在では、日本橋バレーともいわれるように、VCが日本橋に拠点を構えていただくなどエリアにおけるVC集積も進んでいます。
境:LINK-Jが主体となり、イベントも実施しています。会員主催のイベントも多く、2021年は、主にはウェビナーでしたが500件を超えるイベントが開催されました。非常に活発なコミュニティになっています。
━━ これからのLINK-Jの展望は?
境:Ubieのような成長事例をどんどん増やしていけるようにサポートしたいです。
そのためにも、LINK-Jの強みである「コミュニティの構築」の力を、三井不動産の「場・資金の提供」と連携しながら発揮していきたいです。あとは、採用に困っているスタートアップも多いので、今後は人材のマッチングにも力を入れていきたく取り組みを開始しています。
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元々製薬企業が多く集まる日本橋。「LINK-J」の活動によって、「日本橋バレー」と呼ばれるほど、スタートアップや大学の研究者、VCが集い、活発に交流がおこなわれている。
世界に誇れる日本の産業が、多様な人材や企業が集まるこの場所から生まれようとしている。