三菱自動車の燃費偽装は、1991年から25年に渡って行われていたという衝撃の事実がプレスリリースに発表されています。三菱自動車は、2000年に発覚した「リコール隠し」で企業の存続すら危ぶまれる事態に陥ったにもかかわらず、燃費偽装は隠されたままだったのです。それにしても、長年、それを見抜けなかった国土交通省の能力も問われなければなりません。
それよりも、三菱自動車問題は、組織の体質や風土はいかに変えることが難しいかを示しているようです。しかも、三菱自動車の場合は、大きな組織が陥りがちな、さまざまな病の合併症、民進党の辻元議員流に言えば、組織の病の「疑惑のデパート」のように感じます。
さて、どんな病が疑われるのでしょうか。
大企業病
一言で言えば、社会や顧客ではなく、上司の顔色を伺い、組織のなかで生き延びることに汲々とし、外部に対しては居丈高にバッチを見せびらかす社員がはびこる「大企業病」です。
とくに、三菱自動車そのものは業界ではマイナーな存在にすぎません。それは社員にとっては不都合な真実です。そのコンプレックスがあるがゆえに、よけいに三菱グループの社員だというプライドが強化され、弱い相手には極端に傲慢となり、組織はどんどん内向きになっていくという病を抱えたのでしょう。
集団思考の愚
集団浅慮ともいわれますが、集団がなんらかの危機に見舞われたり、また圧力を受けたときに、普通では考えられない非合理的な決断が行われ、集団の誰もがそれを疑うこともなく実行していく状態に陥ることです。
外部から見れば、燃費偽装は、もし万が一発覚すれば企業生命が絶たれるリスクがあり、あまりにも大きな代償を払わなければならないことは誰でもわかることです。しかし、三菱自動車は内向きな大企業病に冒されているので、それを批判したり、止めさせようとする自浄作用が働かず、組織ぐるみでその愚かな決定に従ったのです。赤信号みんなで渡れば怖くない、そのものです。
三菱自動車の、相川哲郎社長ら経営陣は、当時の性能実験部長が指示したと言っていると繰り返し説明していましたが、それは常識的に考えてありえないことです。
組織のタコツボ化
日産が燃費に問題があると気づき、合同調査まで行われていたという割には、会見で経営陣は「調査する」の繰り返しで問題の詳細を把握していなかったようです。普通の感覚を持っていれば、日産からの指摘があった時点で、社内が騒然としていたはずです。
そんな重要な「危機」を技術からトップに報告されていなかったか、あるいは報告が後手後手になっていたことを伺わせます。その根底には、たとえトップであっても、干渉されたくないという組織のタコツボ化があったことを疑わせます。
当然、会見場にいた記者からも、日産とやりとりをしている間になぜ社長に報告しなかったのかという質問が飛び出た。中尾副社長はやや戸惑いながら以下のように答えられた。
「日産とウチの開発のトップ同士がやっているので、普通ならそこで解決しているはずなんです。それが解決できていないからここまできたということ」
あくまでこれは「開発」が解決すべき事案で、それを差し置いて経営トップが強制介入するのは筋が違うというのだ。この主張を聞いて、すぐに「セクショナリズム」という言葉とともに、2000年のリコール隠し事件のことが頭に浮かんだ。
古い経営体質(現場が決め、経営者は神輿に乗るだけ)
記者会見で、社内でなにがおこっていたかを把握していない経営陣のもどかしさを感じた人は多いのではないでしょうか。結局は現場を知らないのです。相川社長は、もともとがエンジニアですが、経営者になると「一丁上がり」で、経営者は人事と、予算配分と社内調整を担い、実質は現場が意思決定を行うという構図です。「改善」の積み重ねが競争力となっていた時代に、現場に任せる経営が効果をあげていた、それが今でも残っているのでしょう。
今は「戦略」の違いが経営の成果を左右する時代なので、トップは戦略を生み出し、組織を動かすプロデューサーの役割が求められるようになってきています。
場の空気に流される保身体質
リコール隠し問題、そして燃費偽装問題は、不都合な真実が表面にでてこず、そのまま隠蔽されていく過程を想像すると、社内から批判が生まれない、社会や企業の将来に対する責任をとるよりはその場の空気に流されていく風土があったということに他なりません。
三菱自動車のリコール隠しから起こったを出来事をめぐる人間模様を描いた『空飛ぶタイヤ』のドラマ版がアマゾンのプライムビデオにもあったので連休中にでも見てみようと思っています。
こういった病に冒され、社員が保身しか考えなくなってしまった企業に、やれコンプライアンスだ、「法令遵守」だと言ってもそれは形式に流れ、新たな保身を広げるだけです。三菱自動車のホームページにも立派なコンプライアンスに関する記載がありますが、それを象徴しているかのようです。
根本的に組織の体質や風土を変えるには、3つの方法しかないというのが常識的なところではないでしょうか。外部の血を大量に入れるか、中興の祖といわれるようなカリスマ経営者が出現するか、企業を売却して経営体制を刷新するかです。
ブランドが完全に毀損してしまったので、そのダメージは大きく、三菱自動車単独での再建は極めて困難だと思います。三菱グループからの支援ももう二度目で、はたしてすんなりいくかも疑問です。おそらく売却することがもっとも現実的でしょうが、果たして名乗り出る企業があるのでしょうか。
(2016年4月27日「大西宏のマーケティング・エッセンス」より転載)