「106センチの視点、歩けないからこそ気づくことがある」ミライロ・垣内俊哉社長が語る、ダイバーシティの未来

「WINコンファレンス」が、日本の次世代を考える「WIN ネクスト ジェネレーション」をノルウェー大使館開催した。株式会社ミライロの垣内俊哉・代表取締役社長は、様々な人が暮らしやすい社会という観点から「バリアバリュー」を提案。車椅子生活を送る垣内氏の経験を通じて、ダイバーシティを実現するために、ユニバーサルデザインの重要性を訴えた。
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ヨーロッパ発の女性のグローバル・リーダー会議「WINコンファレンス」が4月10日、日本の次世代を考える「WIN ネクスト ジェネレーション」をノルウェー大使館で開催した。

「Drive Diversity 〜広がる、私の未来と可能性〜」をテーマに、WIN創設者のクリスティン・エングヴィグ氏のほか、品川女子学院の漆紫穂子校長、スノーフリッド・B・エムテルード駐日ノルウェー王国大使館・参事官らが登壇。国籍やジェンダー、障がいなど、様々な視点から「多様性を受け入れる社会とは、どんな社会か」について、ディスカッション(画像集)を行った。

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ノルウェーは、男女平等指数で世界3位(2014年)、職場での男女平等度を示す「ガラスの天井」指数で世界2位(2015年)となるなど、男女平等の国として知られる。しかし、エムテルード参事官によれば、ノルウェーも1970年代初頭は女性の労働者数もEU内で最低だったという。現在、EUでも女性の労働参加率も高く、少子化も解消したノルウェーポイントについて「人々が変化を求めたこと」「政治家が国民の声に耳をすませたこと」「政治だけでなく、ビジネス側も協力すること」などを挙げた。

また、日本の働きかたについて、エングヴィグ氏は「労働文化そのものの改善が必要」と言及。「男女ともに働くけれど、全員の労働時間を減らすことが重要」などと語った。エムテルード参事官も「ノルウェーも、みんなの労働時間は長くない。子供も家事参加をします」として、ジェンダーの問題とするのではなく「学校の教育や、経済政策なども一緒に考えていくことが大切」などとコメントした。

ユニバーサルデザインのコンサルティングを行う株式会社ミライロの垣内俊哉(かきうち・としや)代表取締役社長は、障がい者や高齢者など、様々な人が暮らしやすい社会の観点から「バリアバリュー」を提案。生まれつき「骨形成不全症」という病気を抱え、車椅子生活を送る垣内氏の経験を通じて、日本がダイバーシティを実現するために、ユニバーサルデザインや多様なコミュニケーションの重要性を訴えた。

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株式会社ミライロの垣内俊哉・代表取締役社長

以下に、垣内氏の講演の全文を紹介する。

…………

■人生で骨折20回、「歩きたい」と思っていた幼少時代

今日は、ミライロという会社の理念である「バリアバリュー」という言葉の考えかたと、これからのダイバーシティの実現に向けたお話をさせていただきます。

「106センチからの視点」。私が車イスに乗っている、この目線の高さは106センチです。この高さだからこそ、気づけることがある。伝えられることがある。そんなことを考えています。

今お話した「バリアバリュー」というのは、「バリア」は障がいという意味ですが、これを「バリュー」価値に変えていく――。そんな社会が必要になるだろうという思いが込められています。

少し、私の過去をお話したいと思います。私は、骨が弱くて折れやすいという魔法にかけられて生まれてきました。今日まで、骨折は20回くらい、手術も十数回しました。人生の5分の1は病院にいました。そんな人生でした。

「歩きたい。普通であれば……車いすでなければ……障がいがなければ……」。そんなことを、ずっと私は思っていました。

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■大学時代に営業を経験「車椅子だから、覚えてもらえた」

そうした中で、転機が訪れたのは、大学に進学してからでした。私の家庭は決して裕福ではなかったため、大学に入ってから仕事をしなければいけませんでした。学費や生活費が必要でした。しかし、新聞配達やファミレスやコンビニでの仕事ができるかというと、私にはできませんでした。

そのとき、私は履歴書を書いて様々な会社を巡りました。結果、ありがたいことに、ホームページを作る会社が、私を拾ってくれました。そこで、私がしていた仕事は営業でした。この営業という仕事が、私にひとつの光を与えてくれました。

車椅子で、営業に行くことでデメリットはたくさんあります。例えば、行く先々の営業先のビルや建物にエレベーターがない。そんなことがあれば、もう営業に行くことも困難になってしまいます。それでも気づけば、当時務めていた会社の中で、一番成績が良かったのが私だったんですね。

これはなぜか。車椅子であるがゆえに、多くの方に覚えてもらえたからです。「また車イスのあいつが来た。また垣内が来てる。もういいかげん発注してやるか」と。そんな具合に、いろんな方が仕事をくれました。

そのとき、当時勤めていた会社の社長にいわれました。「お前は、いつまで歩けないことをウジウジいっているんだ」と。「もう胸を脹れ。歩けないから、車椅子だから、お客さんに覚えてもらえる。数字につながっている。それは、強みなんじゃないのか」と。

私はずーっと、探してきました。歩けなくてもできることを。しかし、ここで気づかされたのは、歩けないからできることでした。「歩けるようになろう。歩けなくてもできることを探そう」ではなく、「歩けないからできることを探そう」。そんな考えかたを広げていこうと思いました。

■20歳で企業「バリアをバリューに変えていく」

そんな思いから、大学2年生の20歳のときに、株式会社ミライロという会を立ち上げました。

私たちのミライロという会社では、多くの障がいがあるスタッフが働いています。障がいのあるスタッフと、いわゆる健常者といわれるスタッフは、およそ半数ずつ。障がいのあるスタッフは、例えば私のように車椅子に乗っているスタッフもいれば、視覚障害のあるスタッフもいます。

視覚障害のあるスタッフは、私よりよっぽどタイピングが速いです。まさにブラインドタッチ。見えていないからこそ、キーボードの位置を完璧に覚えているんですね。パソコンの操作も十二分にできます。

多様な視点、経験、感性。歩けないからこそ、見えないからこそ、聞こえないからこそ、人と違うからこそ、できることがある。気づけることがある。伝えられることがある。

「バリアをバリューに変えていく」。そんな社会が、これから必要だろうと私たちは考えています。

これまで「障害はマイナスである、かわいそうである」と見られていました。障害があることは、ときに価値になり、プラスにもなり、強みにもなると思います。障がいを取り除いていくだけじゃない。障がいを価値に変えていく。バリアをバリューにしていく、そんなアプローチがこれから必要だろうと思います。

■車椅子が当たり前の時代――環境も変われば、社会も変わる

少し歴史を振り返ります。日本はどう変わったのか。今、こちらに明治中期の東京の写真(左)をお見せします。これは銀座の写真です。

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今は右のように様変わりしました。何が変わったのか。歩道や車道は、きれいに舗装されています。車椅子だろうと杖をついていようと、外出できる社会になりました。今街中で、車椅子を見かけることは、決して特別なことではない。日常的なことになっていますね。でも当時は違いました。

実は私は、骨の病気でこのように車椅子に乗っているんですが、これは父も同じです。私の弟も車椅子に乗っています。さかのぼれば、明治の先祖からずっとです。脈々と受け継がれてきたことでした。

私の先祖がどのような時代を過ごしたのか。聞くところによると、当時は装された道路もない、エレベーターもない。車椅子も高価で買えなかった。外に出ることすらままならなかったそうです。また、ひとたび外に出れば、石を投げられたそうです。

しかし、私は生まれてこのかた、石を投げられたことはありません。外に出ることができている。今日ここまで京都から来ましたが、新幹線で2時間半足らずで、来ることができるわけです。

環境が変わったことで、今度は人々の意識が変わってきました。そして、人々の意識が変わってきたことで、また環境も変わってきました。今、私たちの社会は、環境が変わる意識が変わる……それらが相互に作用することで、少しずつ少しずつ変わってきました。

■33%の人は、何らかの不自由を感じている可能性がある

今、日本という国を見れば、社会を見れば、多様な方が暮らし、例えば、ご高齢の方、65歳以上の人は4人に1人。障害のある方は、全体のおよそ6%。また高齢者、障害者のみならず、ベビーカーを押すお父さんとお母さんも大変です。ベビーカーに乗っている子供は、個人差はあるものの、およそ315万人。3歳未満の人口は全体の2%です。

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25%、6%、2%……合わせたら33%の人は、外出すること、物を買いに行くこと、サービスを受けることに、不自由や不安を感じているかもしれません。決して少なくないですね。しかし残念ながら、障害のある方、ご高齢の方に、多様な方に対して、私たち日本人や多くの企業は、無関心か過剰か、どちらかであることが多いんです。

例えば、街中で困っている人がいるとします。見て見ぬフリをして、何もしない。声をかけない。方や、そこまではしなくてもいいという、おせっかいをしてしまう人もいます。私は、10年近く大阪に住んでいましたが、大阪のおばちゃんが、一番典型的ですね(笑)。

■ダイバーシティ、これからの社会に必要な視点とは

そんな具合に、距離感があります。無関心か過剰か。これを変えていかなくてはいけない。障害のある方、ご高齢な方に限らない、多様な方と向き合っていく上で、私たちはどうしても二極化してしまうんですね。どうあるべきか。ダイバーシティを実現する上で、これからの社会に求められることは、大きくわけて2つあると思います。

ひとつはハード。環境面や設備を変えていくということです。多様な方が使いやすい、心地よい、安心して過ごせる環境です。例えば、サインひとつ、案内版ひとつを他言語化することも、そうかもしれません。バリアフリーとして、スロープやエレベーターをつけることもそうかもしれません。

同時に、もうひとつ。仮に、ハードを変えることはをきなかったとしても、ハートは今すぐ変えることができます。私たち一人ひとりの心を変えていかなくてはならない。サービスの部分ですね。向き合い方の部分、コミュニケーションのありかたを変えていくことです。

このふたつの取り組みをすることで、ダイバーシティを実現していく。これからの社会に求められることだろうと思います。そうした2つの視点を変えていくために、私たちは、まずユニバーサルデザインの推進を行っています。

■バリアフリーの進化系、ユニバーサルデザイン

ユニバーサルデザインというのは、バリアフリーという意味で使われてきた言葉の進化系みたいなものです。バリアフリーという言葉や考えかたは、障がい者のみ対象として使われてきた言葉です。

しかし、バリアフリーは障害者のみということで、対象が狭いんです。また海外では、アクセスビリティやユーザビリティなどといわれていて、バリアフリーでは通じないことが多かったんです。そこで「新しい考えかたを」ということで、1990年頃から、ユニバーサルデザインという考えかたが、この日本でも広く浸透してきました。

ユニバーサルデザインという言葉や考えかたは、対象を障がい者のみに限っていません。国籍、性別、年齢、障がいの有無に関わらず、みんなにとって心地よい環境、使いやすい――そうしたものを実現していきます。多くの建物、製品のほか、案内版ひとつとってもそう。webページひとつとってもそうです。様々なものを、みんなにとって使いやすい、快適であるものに変えていく、そんなお手伝いをしています。

■障がい者、高齢者と向き合うコミュニケーションのありかた

そして、ハートの部分を変えていくために、私たちが提唱しているのは、ユニバーサルマナーという考えかたです。障がいのある方、ご高齢の方、多様な方と向き合うとき、私たちは、無関心か過剰かのどちらかになりやすいと先ほど伝えましたが、なぜそうなってしまうのか。

それは他人事だったからです。障がいのある方、ご高齢の方と向き合うことは、特別なことに見えていたんです。しかし、これだけ高齢化が進んでいる日本において、それらは特別なことでもなんでもない。日本人みんなが身につけておくべき、当然のスキルであり、ひとつのマナーであると思います。そうしたことから、多様な方と向き合うコミュニケーションのありかたなどをお伝えしています。

今、多くの企業や学校で、このユニバーサルマナーの研修を取り組んでいます。障がい者、高齢者と向き合うことを、「やれ、福祉だ。看護だ」と捉えるのではなく、当たり前の知識として技術として、身につけなくてはいけない時代です。こうしたソフトとハードの部分の改革に取り組む企業が増えてきました。

■企業のダイバーシティ推進は、経済活動である

私たちが創業して間もなくお仕事をご一緒させていただいた会社に、ある国内のレジャー施設があります。

そのレジャー施設は、年間で9万人のお客さんが障害者のある方でした。この方たちのほとんどが、3人以上で来ていました。家族、友人、恋人……と一緒に。ということは、この障がい者の方は、潜在的にみれば、27人であり、36人(のお客さん)になり得るんです。障がい者のため、誰かひとりのために、何かをするんではありません。みんなのためにする必要があるということです。

今では、例えば、結婚式場やホテル、ボーリング場、カラオケ店も(ユニバーサルデザインに)取り組まれています。他にも、お墓のバリアフリーを考えて、ユニバーサルデザインにしたいという方もいます。確かに、お墓には、通路幅が狭い、水汲み場所は遠いといった不自由があるんですね。

それらを解消することで、何を実現するのか。ダイバーシティを推進する、多様な方と向き合うということは、どこか今まで社会貢献止まりのところがありました。企業のCSRレポートに少し載っている程度でした。だから続かなかったんですね。

企業にとって、継続していくことは、ひとつの経済活動でなくてはいけないんですね。ボランティアで、何事も進められるのか。もちろん違います。大切なことであれば、社会的に求められることではあれば、続けていかなければいけない。続けていくには、ひとつの経済活動でなくてはいけない。

そうした視点から、例えば、障がい者、高齢者のために何かをしたことが、「結果的にお客さんが増えた」「満足度が高まった」「クレームが減った」といった経済活動にしていかなかければいけないと考えています。

従来このようなアプローチが、どこか社会貢献止まりで、他人事のままで、進まなかった理由です。これから多くの企業は、ひとつの経済活動として、取り組む必要があるでしょう。

■高齢化先進国の日本は、ダイバーシティの先進国に

今、私たちが暮らす日本は、他国に類を見ない速度で高齢化が進んでいます。超高齢社会、高齢化先進国です。高齢化先進国の日本だからこそ、ユニバーサルデザインにおいても、先進国でなければならない。ダイバーシティにおいても先進国でなければならないと、私たちは考えています。

これからの社会を実現するうえで、冒頭に申し上げましたバリアバリューが大切だと思います。歩けないからこそ、見えないからこそ、聞こえないからこそ、違うからこそ、できることがある。

そうした違う視点を持って、経験を持って、感性を持って、社会を変えていく——。そんなことを実現していきたいと思っています。みなさんとともに、そういう社会を作っていけたらと思います。ありがとうございました。

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