ジョージ・フロイドさんが警察官に首を押さえつけられて亡くなった後、彼の死に抗議するデモが、アメリカ中で広がっている。
そのデモで多くの人が目にしたのが、まるで軍隊のように武装した警察だ。
武装だけではない。警察による暴力が、各地で発生している。平和的なデモ参加者に、警察が催涙ガスやゴム弾を発射したり、殴打したりする様子がSNSに投稿されている。
アメリカの警察は、何十年もかけて軍事化してきた。普通の地元警察を巨大な軍事組織に変えてきた一つが、連邦政府による麻薬撲滅のための予算だ。
そして皮肉なことに、警察の軍事強化が最も可視化されるのが、市民による大規模デモへの警察の対応だ。
デモ参加者を武力でねじふせようとする警察を目にした市民たちは今、怒りとともに警察の非軍事化を求め始めている。
■「自分たちは兵士」という考えを叩き込まれている
しかし警察を軍事解除しても、すぐに暴力がなくなるわけではないという指摘もある。
「現時点で“軍事化”は警察の文化になっています」と話すのは、イースタン・ケンタッキー大学で、警察の軍事化について研究してきたピーター・クラスカ教授だ。
「軍事化が警察の暴力の原因だ」という指摘があるが、クラスカ教授はその反対だと考えている。
英語には「ハンマーを持っている時には、全てが釘のように見える」という言い回しがある。限られた手段しか持たない、あるいは一つの方法だけを教え込まれていると、その方法に固執してそれしか解決方法はないと思い込むという意味だ。
警察が軍事化しているのは、彼らが訓練や様々な方法によって「自分たち兵士だ」という考えを叩き込まれている、つまり彼らは「釘を見るように訓練されて、ハンマーを握っている」とクラスカ氏は説明する。
クラスカ教授が例にあげるのは、5月末にSNSで拡散したミネアポリス警察とミネソタ州兵が住宅地までやってきて住民を攻撃する動画だ。
ただ自宅にいるだけの住民を攻撃する警察の行為について、クラスカ氏は次のように指摘する。
「私には、この行為が警察が内側から軍事化しているのを示しているように見えます」
「たとえ警察から武器を取り去ったとしても、現時点すぐに警察の行動に大きな変化があるとは思えません」
その言葉を裏付けるような行為も起きている。ニューヨーク市では、シャツ姿の警察官が武力を持たないデモ参加者を自転車で殴打した。
その翌日には、警察官がブルックリンで走行中の車のドアを突然開けて、デモ参加者を強打した。
どちらのケースでも、警察官は暴力を振るうのに高性能な武器を必要としなかった。
■武装した警察は「お前は敵」というメッセージを送る
だからといって、高性能の武器が問題にならないわけではない。
平和的なデモに、武装化した警察官を配備するのは「警察は平和を維持するための存在ではなく、争いの対抗勢力であるという考えを助長する」と話すのは、アメリカ海軍大学のリンジー P.コーン教授だ。
多くの自治体で、警察官の軍事化が段階的に拡大してきたと指摘するコーン教授。武装した警察は市民に「敵と思っている」というメッセージを発すると語る。
「武装した警察がデモ参加者に向けて発するのは『我々はお前たちを信用しない、お前たちが暴力行為をするだろうと思っている。だから我々も暴力で対応する』というメッセージです」
スタンフォード大学刑事司法センターのデイヴィッド・スクランスキー教授も、コーン教授の意見に同意する。
「軍事化は、警察をコミュニティの一員ではなくて占領軍、守護者ではなく兵士にしてしまいます」
実際、トランプ大統領はデモを鎮圧するために軍を出動させることも辞さないと宣言し、平和的にデモをする人たちをまるで敵のように扱った。
そしてそれは、今始まったことではない。トランプ大統領は2017年、イラク戦争やアフガニスタンの戦争で使われた軍備品や車両を、警察で使うプログラムを再開させた。
これは海外の戦闘で余った軍事品を、警察の麻薬取締対策に使う目的で1990年代に始まった始まった「1033」と呼ばれるプログラムだ。
2014年にミズーリ州ファーガソンでマイケル・ブラウンさんが警察に射殺された時、デモ鎮圧のために重装備の警察が出動し、市民から批判の声が上がった。
この批判を受け、オバマ前首相は2015年に1033の一部を規制した。
しかしトランプ大統領は就任後、このプログラムを再開させた。1033による武器が警察の武装化に占める割合は少ないものの、警察軍事化の大きな象徴になっているとスクランスキー教授は説明する。
「トランプ政権の規制撤廃により、連邦政府は自治体の警察に対して『警察の治安維持を古い方法に戻せ』『かつての軍国主義的なやり方に戻れ』と伝えたことになりました」
「政権は様々な方法で、こういったメッセージを送ってきました。そして多くの自治体の警察が、そのメッセージに応えてきました」
■この脅威をいつも感じている人たちがいる
フロイドさんの死に抗議するデモで警察が参加者に使っている、閃光手榴弾や防弾チョッキ、ヘルメットは、多くの市民を恐怖に陥れた。
しかしこういった武器を、警察は黒人コミュニティに対しては日常的に使っているのだとクラスカ教授は話す。
例えば黒人に対して令状を執行して家宅捜査をする際、ただ単に逮捕するのではなく、破城槌(はじょうつい)や装甲車、暗視ゴーグルなどを使って強制捜査を行い、犯罪に使われた可能性がある金銭や物品を押収する。
多くの警察では、押収された金品を売って警察の予算として使うことが許されている。そのため、武装化は警察の予算確保にとってなくてはならないものだ、ともクラスカ教授は話す。
しかし今回のデモでは、中産階級や白人も直接、もしくはソーシャルメディアやニュースを通して、警察の軍事化を目にすることになった。
「(今回のデモでは)警察の軍事化が、それを一番経験してきた貧困層や黒人コミュニティから引きずりだされ、一般の人たちの前にさらし出されることになりました」とクラスカ氏は話す。
「抗議活動のために路上に配備された警察を目にした全ての人たちが、脅威を感じました。しかしその恐怖を、ある一定のコミュニティに住む人たちは、いつも感じているのです」
■警察が感じている恐怖
警察軍事化の背景にあるのが「警察官の安全のため」という考えだ。しかしこれまでの研究は、銃乱射などの限られた状況をのぞき、軍装備は必要ではないことを示している。
メリーランド州のSWAT(警察特殊部隊)について調べた研究では、警察がSWATを主にマイノリティのコミュニティに対して使っていることが明らかになっている。
その一方で、SWATが暴力犯罪率や警察への暴行、警察官の死を減らすという証拠は発見されなかった。
むしろ、SWATの使用は住民の警察への資金援助や支持を減らし、何より人々がコミュニティの中で感じる危険の量を増加させていた。
ニューヨーク市立大学ジョン・ジェイカレッジ・オブ・クリミナル・ジャスティスのマキ・ハーバーフェルド教授は、「警察の非軍事化を求める議論の多くは、警察官が感じている恐怖を考慮に入れていない」と指摘する一方で「その恐怖が軍事化の理由にはならない」指摘する。
「軍事目的の装備は、他国の敵と戦うためのものなのです」とハーバーフェルド教授は話す。
■軍事化を後悔している人たちもいる
警察の軍事化が進められてきた一方で、軍事化が一般の人たちの信頼を損なう結果になっていると感じている警察もいる。
サウスカロライナ州チェスターフィールド郡のジェイ・ブルックス保安官は2015年に、1033プログラムで入手した軍事装備の一部削減を決めた。
その理由を「自分たちを保安官ではなく軍隊のように見せないように、できる限りのことをしたい」と語った。
かつてシアトル警察署長を務めたジル・カールコウスキー氏は、警察署長時代に、警察官に重装備をさせたことで人々の暴力行為が増加してしまったことがある、とNPRのインタビューで語っている。
カールコウスキー氏は重装備は警察官は安心させたが「フェイスシールドとガスマスクをつけた状態で市民に『落ち着いて下さい、冷静になって下さい』と伝えるのはとても難しかった」と振り返る。
「武装している状態で、そういった会話を交わすのは難しかった。私は自分の決定を後悔しています」
ジョージ・フロイドさんが亡くなったミネソタ州・ミネアポリスのR.T.レイボック前市長も、ミネアポリスの警察を軍事化させたのは間違いだったと認めている。
■ここは民主主義による市民社会
デモ参加者への度重なる暴力で、批判を浴びている警察。
批判を受けて、デモ参加者への暴力を止めることはできるかもしれない。しかしたとえ明日、デモ参加者への催涙ガス使用をやめたとしても、黒人たちが日常的に感じている恐怖はなくならない。
軍事化を続けてきた警察を変えようとする動きも出てきている。
物議を醸してきた1033プログラムの停止を求めて、超党派の議員たちが動き始めた。
また、いくつかの自治体は警察を改革する意思を表明しており、ミネアポリス市は警察を解体する予定だと発表した。
しかしトランプ政権は、そういった動きは全く見せていない。むしろ大統領は、広がるデモに対して州兵の動員するよう各州に求めた。
それはトランプ大統領が、警察を「市民に恐怖を味わわせる」ために使おうとしていることを示している。
コーン教授は、「平和と段階的なデモの縮小化」のために警察が配備されない限り、混乱を減らすのは難しいと話す。
「たとえ巨大で圧倒するような軍を配備し、デモ参加者を恐怖心から自宅へ帰らせることに成功したとしても、ここは民主主義による市民社会なのです。そんなやり方が、問題解決の方法であってはいけません」
ハフポストUS版の記事を翻訳・編集しました。