ネット選挙(正確にはインターネットを用いた選挙運動)が解禁となった記念すべき今回の参院選。各党や候補者は工夫をこらしてネット選挙運動を展開している。毎晩ニコ生で自らの訴えを放送する候補者やツイッターを頻繁に更新する候補、またメールで活動レポートを送ってくる候補者もいる。
どれくらいのメールが届くか楽しみにしていたのだが、この原稿を書いている7月16日の時点ではかなり落ち着いた感じを受けている。選挙戦開始当初はかなりのメールが届いて「これが2週間続くのかよ......」と正直思ったが、メールを送るのに飽きたのか、あるいはただでさえ忙しい選挙戦の中でメールにまで気が回らなくなったのか、今では一日数通となった。ただ、投票日前日は恐ろしい数の「最後のお願い」メールが届きそうではあるが......。
しかしネット選挙が開始されたとはいえ、この参院選が盛り上がっているかといえば、お世辞にもそうは言えない。ちょっとしたシラケすら感じている。なぜ今回の選挙にはこんなにもシラケムードが漂っているのか。それにはメディア各社が伝える選挙情勢報道が伝える内容にもあると思うが、それ以上に争点に対する意見の違いの見えなさが大きな影響を与えているだろう。
原発再稼働にしたって、TPPにしたって、政権に関係しそうな政党は玉虫色の公約ばかりだし、政党の公約と候補者の公約が全く異なるケースも散見されて、誰に入れたらいいのか全く判断のつかない読者もいるのではないだろうか。
そんな読者には是非「インターネットユーザーの権利」という争点から投票先を考えてほしい、というのがこの記事の主眼だ。筆者が事務局長を務める一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)はインターネットやデジタル機器等の技術発展や、利用者の利便性に関わる分野における意見の表明・知識の普及などの活動を行う団体だ。
「インターネットユーザーの権利って言ったって、そんなのどこにも書いていないから分からないよ」という読者も多いと思うので、今回はインターネットユーザーの権利という視点から、具体的な3つの政策を通して候補者、特に現職の候補者についての分析をしていきたい。
【違法ダウンロード刑事罰化】
昨年の6月20日に違法ダウンロード刑事罰化を含む著作権法の改正案が参議院本会議で可決し、昨年10月1日から違法ダウンロード刑事罰化は施行された。この記事では「違法ダウンロード刑事罰化とは何か」「何か問題だったのか」という説明は割愛させていただく。
なぜ違法ダウンロード刑事罰化にMIAUが反対したのかは、MIAUの声明を読んでほしい。違法ダウンロード刑事罰化に関する論点は参議院調査室がまとめた資料に明快にまとまっているので、そちらを参照いただきたい。
また本法案の審議においてMIAU代表理事の津田大介が参議院の文教科学委員会に参考人として呼ばれ、意見を述べた。意見聴取の模様はニコニコ動画でアーカイヴを見ることができる。また文字起こしもあるので、ぜひ時間があるときにでも読んでほしい。
・『違法ダウンロード刑事罰化』について、議員向けの反対声明を発表しました。(MIAU公式サイト)
・違法ダウンロード刑事罰化をめぐる国会論議(参議院調査室『立法と調査』)
・違法ダウンロード刑罰化への津田大介氏の国会参考人発言を書き起こしました(akiyan.com)
さてこの違法ダウンロード刑事罰化を含む参議院本会議での採決の結果は参議院ウェブサイトで見ることができる。ちなみのこのような結果が公表されているのは実は参議院だけなのだ。押しボタン式の採決が取られているから、というのが理由だ。衆議院では起立あるいは投票による採決が行われるため、起立による採決の場合は誰が法案に賛成したのかを完全に把握することはほぼ不可能だ。把握するためには衆議院議員全員に電話で問い合わせるしかない。
・第180回国会 2012年6月20日 著作権法の一部を改正する法律案 参議院本会議投票結果(参議院ホームページ)
さて上記の結果を見てほしい。ほとんどの議員が違法ダウンロード刑事罰化に賛成している。自民党や民主党の中にも個別に話を聞けば違法ダウンロード刑事罰化に反対の立場を表明してくれていた議員もいるが、実際の採決では党議拘束で賛成に回ってしまった議員もいる。
というのもこの違法ダウンロード刑事罰化を含む著作権法の改正案は、当時民主党が必死で進めていた消費増税法案を通すためのバーターとして、自公両党から賛成することを求められていたという背景がある。採決のあとに議員会館で筆者との話では反対を表明してくれていたが、実際の採決で賛成してしまった議員の秘書に話を聞きにいった時に「悪いけど、それが政党政治なんだよ」と言われた時の気持ちを筆者は一生忘れないだろう。どの議員の秘書かは忘れてしまったが。
各々政党内政治があり、事情があったとはいえ、投票結果は投票結果である。ここでこの違法ダウンロード刑事罰化に反対票を投じた議員のうち、今回の参議院選挙に立候補している議員の名前を以下に記しておく。
・森ゆうこ(生活の党・新潟県選挙区)※採決当時は「民主党」所属
→参考:違法ダウンロード刑事罰化審議(生活の党 参議院議員森ゆうこ)
・糸数慶子(無所属(生活の党推薦)・沖縄選挙区)
・井上哲士(日本共産党・比例区)
・紙智子(日本共産党・比例区)
・山下芳生(日本共産党・比例区)
・又市征治(社会民主党・比例区)
違法ダウンロード刑事罰化に賛成した自民党の中でも世耕弘成議員や山本一太議員、そして小坂憲次議員が党内協議の中で違法ダウンロード刑事罰化に反対の論陣を張ったことは付記したい。世耕議員と山本議員は今回の参議院選挙の立候補者だ。
・自民党文部科学部会、違法ダウンロード刑事罰化を了承!(ガクッ)(山本一太の「気分はいつも直滑降」)
この違法ダウンロード刑事罰化については民主党の鈴木寛議員よりMIAUの意見を一部活かした附帯決議案が提出されたことも付記しておく。鈴木議員も今回の参議院選挙の立候補者だ。
この違法ダウンロード刑事罰化に関しては質問主意書が提出された。質問主意書とは議員が内閣に対して国政を調査するために書面で提出する質問書のことで、政権与党は提出しないのが慣例とのこと。しかし違法ダウンロード刑事罰化に関する質問趣意書は当時政権与党だった民主党所属の森ゆうこ議員とはたともこ議員から提出された。この質問主意書の作成にはMIAUも協力させていただいた。森ゆうこ議員およびはたともこ議員は共に今回の参議院選挙に立候補している。
【ACTA(偽造品の取引の防止に関する協定、模倣品・海賊版拡散防止条約)】
「偽ブランド品とか模造品を取り締まる条約なんだろ? いいことじゃん!」と名前だけ聞くと思ってしまいそうだが、スリーストライクルールやプロバイダ責任などインターネット利用に関する重要な条項も入っていた国際条約がACTA。日本やアメリカの著作権ルールを諸外国に押し付けるやり方に欧州を中心とした世界中で巨大な反対運動が起こり、欧州議会では「HELLO DEMOCRACY, GOODBYE ACTA」(民主主義よ こんにちは、ACTAよさようなら)のスローガンのもとに批准が否決された条約でもある。この写真はいつ見ても気持ちいいので今回も貼らせていただきます。なんてったってこれ、欧州議会公式アカウントのflickrに上がってる写真ですよ。
MEPs from the Greens/EFA group hold up a sign saying "Hello Democracy, Goodbye ACTA" by European Parliament
This photo is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivs 2.0 Generic License.
前の違法ダウンロード刑事罰化の項と同じくACTAについての解説は本記事の主眼ではないので、省略させていただく。詳しく知りたい方は以下のMIAUの説明動画や資料を見ていただきたい。
・ACTAとは(ニコニコ大百科)
・【公式生放送】『模倣品・海賊版拡散防止条約 (ACTA) がヤバい』(ニコニコ生放送)
・ACTAがデジタル社会に与える影響 (講師:津田大介、八田真行)(ニコニコ生放送)
このACTAも昨年の8月に参議院で承認され、その後衆議院でも承認。日本はACTAに批准した。しかしACTAは6カ国以上の国が批准しないと発効しない仕組みになっており、現在のところ批准を決めた国は日本だけで、未だ発効の見込みは立っていない。なんでそんな条約に批准しちゃったんだろうなぁ......という気持ちは無きにしもあらずだが、この条約を先導したのは誰でもない日本なので仕方ない。
以下にこのACTA批准の採決で反対票を投じた議員のうち、今回の参議院選挙に立候補している議員の名前を以下に記す。
・森ゆうこ(生活の党・新潟県選挙区)※採決当時は「国民の生活が第一」所属
・三宅雪子(生活の党・比例区)※採決当時は衆議院議員で「国民の生活が第一」所属
・亀井亜紀子(みどりの風・島根県選挙区)
・谷岡郁子(みどりの風・比例区)
・平山誠(みどりの風・愛知県選挙区)※採決当時は「新党大地・新民主」所属
・行田邦子(みんなの党・埼玉県選挙区)※採決当時は「みどりの風」所属
・米長晴信(みんなの党・山梨県選挙区)※採決当時は各派に所属しない議員
【児童買春・児童ポルノ禁止法改正問題】
表現の自由を脅かし、警察の恣意的な捜査を可能とする児童買春・児童ポルノ禁止法改正案、通称児ポ法改正案。この問題については筆者がいろいろ語るよりも、以下の記事にあたっていただいたほうが問題点が分かりやすいだろう。
・児童ポルノ禁止法改正案に8党首の賛否くっきり ネット党首討論会(ハフィントンポスト日本版)
・児童ポルノ禁止法改正案がクールジャパンを殺す? 漫画家、赤松健さんにその問題点を聞く(ハフィントンポスト日本版)
ただひとつ筆者から付け加えるとすれば、児ポ法改正案はインターネット規制の問題もはらんでいるということだ。
インターネットにはブロッキングと呼ばれる技術がある。その名の通り、ある条件にあてはまるサーバやネットワークへの接続を遮断する技術だ。今回の児ポ法改正案「児童ポルノ」があるとされるサーバやネットワークへのブロッキングをISP(インターネット・サービス・プロバイダ)に対して努力義務として科し、また政府がそのブロッキング技術についての技術開発を促進するという内容が入っている。実は今も児童ポルノのブロッキングは現在はあくまでもISPの自主規制として行われているが、これが警察の強制になってくるということだ。
ただこれは非常に恐ろしいことだ。そもそも児童ポルノは定義が難しい。ちょっと古い例になるが宮沢りえの写真集『サンタフェ』が児童ポルノにあたるかどうか、未だによくわからないのだ。あとはジャニーズJrが出演するジャニーズのライブビデオなどを見ると、よくジャニーズJrのイケメン達が上半身はだかで踊っているシーンが出てくるが、彼らの中には18歳未満の少年も多い。法律による児童ポルノの定義の中には「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」とあり、ここで児童は18歳未満の者を指す。ということは、ジャニーズのDVDも立派な児童ポルノになる可能性が十分にある。
この児童ポルノであるかどうかの判断は警察が行うことになっている。つまり児ポ法改正案によってブロッキングが努力義務となれば、そのようなデータがあるだけでサーバへのアクセスが遮断されてしまうのだ。
英国での例を紹介しよう。英国のThe Scorpionsというバンドが「Virgin Killer」というアルバムをリリースした際、そのジャケット写真に思春期の女の子の写真を使ったことがある。このジャケット写真がWikipediaに掲載されたのだが、なんとこれだけで英国で児童ポルノの判定を行なっている団体がWikipediaを児童ポルノ掲載ウェブサイトして認定してしまったのだ。
この結果、英国の大手プロバイダ数社はユーザーのWikipediaへのアクセスをブロックしてしまった。このようなことが日本でも起こることは容易に想像できるし、特に日本の曖昧な児童ポルノの定義をそのまま運用すれば、警察の児童ポルノの拡大解釈によって諸外国に例を見ない広範なインターネット遮断を行うことができるようになってしまう。MIAUは児ポ法改正案の表現規制はもちろん、インターネットに多大な影響を与える安易なブロッキングにも危機感を持っている。
この児ポ法改正案の問題、最近急に騒がれたように思っている読者も多いかもしれないが、実はこの児ポ法改正案は実はもう何度も提出されては大きな議論を巻き起こしていた。今回はこの問題を慎重に議論するように請願を提出する手助けをした議員のうち、今回の参議院選挙に立候補している議員の名前を以下に記す。
・松浦大悟(民主党・秋田県選挙区)
・佐藤正久(自民党・比例区)
またみどりの風の谷岡郁子議員や民主党の樽井良和議員も、児ポ法改正案について慎重な立場を表明している。
・谷岡郁子議員 児童ポルノ法や条例での漫画やアニメ規制の危険性を問う(YouTube)
・児童ポルノ法改正案に対しまして。『単純所持禁止』にもの申す。(たるい良和 オフィシャルブログ)
違法ダウンロード刑事罰化、ACTA、そして児ポ法改正案という具体的な事例から、これまでにインターネットユーザーの権利を守った(あるいは守ろうとした)候補者たちを紹介してきた。残念ながら数は非常に少ないが、しかしこのような議員たちの努力はきちんと評価することが大切だろう。読者の投票の参考となれば幸いだ。MIAUは引き続きこのようにインターネットユーザーの権利を守ってくれる議員をひとりでも増やすように活動を続けていく所存だ。MIAUは活動資金のファンディングのために有料メルマガ「MIAUメールマガジン『ネットの羅針盤』」(月額525円)の配信を開始する。活動を応援してもいいよ、という方はぜひメルマガの購読をご検討いただきたい。今後ともMIAUの活動を支援していただけると幸いだ。