「親には頼るな。男にも頼るな。自立した女になれ」父の言葉を今噛みしめる

今日は毎年恒例の広告界合同年賀会に出席。30年前、はじめて出席したこの年賀会のことを思い出した。
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今日は毎年恒例の広告界合同年賀会に出席。30年前、はじめて出席したこの年賀会のことを思い出した。

私の父は某広告代理店の役員だった。

17歳で仕事をはじめた私を父は快く思ってはいなかった。今考えれば父の意見はごく当たり前だ。仕事やるより大学まじめに通えって普通は思うだろう。同じ業界で働くことも父は反対だった。

昔からの父の口癖を今でも良く覚えてる。

親には頼るな。男にも頼るな。自立した女になれ。

あの頃、広告界にはもちろん誰一人知り合いなどいなかった。年賀会参加費の1万円は私にはとっても高かったが、少しでも知り合いを作って、仕事に結び付けられたらなと、名刺一箱持って一人で参加した。

帝国ホテルの会場は凄く広くて、みんな知らない大人の男の人ばかりで、私の居場所なんてあるはずもなかった。

そんな時に、賑やかな人垣のド真ん中に、父の姿を見つけた。

すごく嬉しかった。

父に誰か紹介してもらおうと思った。きっと父は私に色んな人を紹介してくれるだろう...。

父に近づき「お父さん」と声をかけたら無視された。

聞こえないのかと思って、もう一度声かけたけど、完全に無視された。すれ違いざまに一言「親には頼るな。」とだけ冷たく言われた。

悪い冗談かと思った。

すぐに化粧室に駆け込んだ。

父の冷たい言葉が耳から離れなくて、涙がボロボロ出てきて、悔しくて悔しくてたまらなくて、トイレにこもってひとしきり泣いた。そして私は思った。

絶対にいつか父を見返してやる。

化粧室の鏡の前で化粧を直しながら、そのために今日やるべきことを決めた。

"この100枚の名刺を配り終わるまで絶対にこの会場を出ない。参加費の元とって帰る。"って。

それから会場に戻り、ありとあらゆる人に自分から声をかけて名刺交換をした。超ハイテンションな若い女の子から名刺交換をせまられたら、大抵の人は応対してくれるものだ。さっきまでトイレで大泣きしていたなんて誰も想像つかないだろう。

名刺は全て配り終わった。

そして私は、会場がお開きになるまで一人で食べて飲んで、少しだけ酔っ払った。

あの時に、名刺交換した人とは今でも付き合いがある。

7年前に父は他界した。

子供には頼らない。が年をとってからの父の口癖だった。

その口癖通り、何ひとつ頼られることなく父は急逝した。

あれから30年・・・

会場はどこに行っても知っている顔ばかりだ。帝国ホテルの会場は随分小さくなった気がした。

私は父の望む娘になれたのだろうか?

今年も名刺入れに沢山入っていた名刺は全てなくなった。もちろん食べて飲んで少しだけ酔っ払った。

今年もがんばろう。

って思った。

お父さん見てて。(^_-)