MERSの実態―感染症の第一人者に聞く

韓国で流行していることが大きなニュースとなっているMERS。今後MERSの対策を行う上で、過去の経験から考えるべきことは何でしょうか。
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Airports of Thailand employees wear face masks as they wait for travelers to walk past a thermoscan checking their body temperature on arrival at Bangkok's Suvarnabhumi Airport on June 19, 2015. Thailand on June 18 said a 75-year-old man from Oman was confirmed to have MERS in Southeast Asia's first case of the virus since an outbreak in South Korea that has killed 23 people. AFP PHOTO / Christophe ARCHAMBAULT (Photo credit should read CHRISTOPHE ARCHAMBAULT/AFP/Getty Images)
CHRISTOPHE ARCHAMBAULT via Getty Images

韓国で流行していることが大きなニュースとなっているMERS(Middle East Respiratory Syndrome 中東呼吸器症候群)。今後MERSの対策を行う上で、過去の経験から考えるべきことは何でしょうか。SARS(Severe Acute Respiratory Syndrome 重症急性呼吸器症候群)の経験と今回の韓国におけるMERS流行の経験から学ぶべきことについて、国際医療福祉大学教授、元国立感染症研究所所長の倉田毅先生にお話をお聞きしました。

MERSについて

MERSはMiddle East Respiratory Syndromeと呼ばれ、日本語では中東呼吸器症候群といわれています。コロナウイルスによる感染症で、ヒトコブラクダが自然宿主と言われており、2012年に中東で発生しました。2003年に流行したSARSはハクビシンからヒトにきたコロナウイルスが原因です。

MERSは潜伏期間が4日~14日ぐらいであると考えられており、症状は発熱やせきなどの呼吸器症状が特徴ですが、それとともに下痢などの消化器症状を伴うこともあります。現在、抗ウイルス薬などの特異的な治療法もワクチンもありません。症状に合わせた治療(対症療法)のみです。高齢者や糖尿病やCOPDなどの病気を持つ人がかかると重症化しやすく、死亡者も出ています。

致死率は局所的には40%というデータが出ています。しかし、SARSのときも初期の致死率は高く、最終的には10%台程度まで減っていきました。そのときの経験に基づけば、致死率は減っていく可能性も十分にあるでしょう。

MERSの感染

MERSの主要な感染経路は2つが挙げられます。

飛沫感染

MERSウイルスは、咳やくしゃみとしてウイルスが空中に浮遊せず、落下していきます。そのため、咳痰が飛ぶ距離が重要になってきます。およそその距離は90㎝(1ヤード)と言われており、その距離内で接触しない限り感染する確率は低いと言えます。また空気感染の確率はゼロではありませんが、中東・韓国の状況を見ている限り、非常に低いと言えます。

濃厚な接触感染

SARSでは糞便から出たウイルスによって感染拡大が起こりました。MERSにおいても糞便に加え尿中からも大量のウイルスが検出されていると報告されています。それらの処理を誤ることも感染拡大の一因となっている可能性があります。

こういった感染経路を考えると、感染予防にもっとも効果的な方法は以下です。

・ウイルスを含む飛沫を吸い込まないためにマスク(通常のサージカルマスクで可)を着用すること。

・接触からの感染を避けるために、手洗いを頻繁にすること(石鹸がなかったとしても流水だけの手洗いでも有効です)。

その他に、以下の点も意識してください。

・流行地域からの来訪者との接触の際には注意すること。

・ウイルスを消毒するためには消毒用アルコールや中性洗剤も有効。

韓国におけるMERS流行の経験から考える

次に、今回の韓国におけるMERSの流行を考えます。MERSはヒトコブラクダの棲息するサウジアラビア周辺あたりで少しずつ発生し、地中海地域からの欧州一帯への輸入例として見られていました。今回の韓国での拡大感染はバーレーンから帰国した方からといわれています。正直なところまったく予想されなかった事態です。

まだ正確な情報が発表されておりませんので、ここからは推測の話になります。

まず、ウイルスの病原性が著しく変化した報告はありません。空気感染の可能性はゼロではありませんが、そうなっているのであればインフルエンザのときのようにもっと広がりを見せてもよいはずです。SARSでも咳痰をじかに浴びたヒトは感染していますが、街を歩いていて感染したヒトは全くいませんでした。

今回、感染の拡大は韓国の病院内で発生したものということは分かっています。ここで課題になるのは、感染に対する対応措置がどうであったかです。発症者は隔離されているといわれていますが、本当に隔離されていたのか。病院の隔離室はしっかりしていたのか。医療従事者や病院に入る人、一人ひとりの感染防御はどうだったのか。これから韓国は病院や医療の実質が問われることになります。6月16日現在、MERS感染者は150名、死者19名と報道されています。

また、一部報道では1300人という通常から考えると信じられない人数が隔離されると報道がいわれています。感染力が特に強いのはMERSコロナウイルスが陽性で肺炎の症状が強い人、さらに言えば下痢の症状が強い人だと推測されます。症状が全くない人に感染力があるかは疑問が残りますし、市中感染の証拠は今のところありません。つまり、「本当に隔離すべき人を絞りきれずに、結果として隔離ができていない」という可能性も考えなくてはいけません。

韓国の対応措置がいかなるものであったか、大きな疑問が残ります。どうして初動を誤ったのかが分かれば、より正確な実態が判明するとは思います。なぜ韓国が初期の感染拡大阻止に失敗したかについて、我々はきちんと考えるべきです。これは、今後の日本がハイリスクな人を正確に絞り込み、厚生労働省が指定する高度な感染症の対策室がある施設を有効に使うという「きめ細やかな対応」をするための参考になると考えています。

最後に

日本は、昨年以来のエボラ出血熱の流行の際にも、結果的には日本には入ってこなかったとはいえ、感染疑いの人が出た場合にもしっかりとした対応がされていました。仮に日本でMERSの感染者が出た場合も、きめ細やかな対応をすることで感染拡大は防げるのではないかと考えています。そして、もし流行地域への渡航後にMERSが疑わしい症状が出た場合は、まずは各地域の保健所に連絡しましょう。

【関連リンク】

【執筆/インタビュー】

倉田 毅

国立感染症研究所所長を経て現在は国際医療福祉大学塩谷病院で中央検査部部長ならびに教授を務める。インド、バングラデッシュやザイールをはじめ世界各国で感染症対策に従事し、現在も米国CDCのEMERGING INFECTIOUS DISEASEで編集委員を務める。ウイルス感染症の病理学を専門とする。

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