かつて私を迫害した人への隠された怒りについて

私は、原発事故が起きた時に、この出来事がこころに与える影響は、日本社会が構造的に抱えている問題と結びついた取り扱いが難しいものになると直観しました。

先日、あるご縁からヨーロッパに住む著名な精神科医とメールのやり取りをする機会がありました。そこに彼が書いていたことが、とても重要だと思ったので、彼にその内容と関連してブログを書きたいと許可をお願いしたところ、こころよく同意してくれました。

私が福島で仕事をしていることについては、それを大切な仕事であると認めてくれた上で、それが”slow”で”frustrating”であるだろうと語り、でも、「人々が社会的なトラウマに取り組むよりも、それを忘れようとすることを好む」のは、「そういうものだよね」と書いていました。本当にそうだな、と思います。

被災地の「こころのケア」についてよく語られますが、それが何を意味しているのについてはあいまいなところがあります。急性期であれば、こころの問題をあまり深く掘り下げるべきではなく、寄り添い、現実的な生活への援助を行い、そして慰めや気晴らしになるような機会を積極的に創出することが重要でしょう。

しかし、ある程度時間が経った場合には、他のことも必要になってくると私は考えます。無意識のうちにとらわれていて、現在の行動や考えに影響を与えている記憶や感情、不適切につくられてしまった思い込みについて、それを適切に扱うことが必要になる場合があります。

自分の感情や記憶に目を背ける時に、私たちは知らないうちに受動的にその無意識的・前意識的なものにのみ込まれて支配されてしまいます。しかし、見ることに苦痛をともなったとしても、安全な環境と適切な支援のもとで、そういったこころの中の要素が働いていることを知り、その人の人生の流れのなかに主体的に統合していくことができれば、それは大きな意義のある、豊かな結果を生み出すこころの作業となるでしょう。

私は、原発事故が起きた時に、この出来事がこころに与える影響は、日本社会が構造的に抱えている問題と結びついた取り扱いが難しいものになると直観しました。そして、そういった内容について勉強をしていた自分が、そのことのために貢献したいという思いを持ちました。

彼のメールに戻ります。福島のことについて触れた後でポロッと、「広島や長崎の文化とはどのようなものだろうか、日本とアメリカ・ヨーロッパとの関係の底には、巨大な量の隠された怒りがあるはず」だと書いていました。

そのメールのやり取りをしていたのが、ちょうどアメリカのオバマ大統領が広島を訪れてスピーチをした時期だったので、いろいろな連想が浮かびました。

もちろん、戦争は複雑な事象です。しかし、「原子爆弾」という文脈で日米関係を考えるならば、アメリカは日本にとっての迫害者でした。それは、日本側の「巨大な量の怒り」を引き起こしたに違いありません。

それなのに、戦後の日本はアメリカを美化し、やみくもな同一化を行いました。心理臨床にかかわるものならば、すぐに連想する事態は次のようなものです。トラウマに関連した文脈で時々出現する、被害者の迫害者に対する美化と同一化、迫害の事実の否認です。

巨大な量の怒りは、深く深くその底に抑圧されました。

戦後、一つのこころの動き方の固定化がすすみ、それが強化されたようです。

「お上」に対しては、徹底的に理想化して同一化する。その関係性に内在する怒りについては、底に沈めて触れない。それを持ち出して、「お上」の機嫌をそこねるようなことはしない。そうすることで「お上」からの保護を得て、経済的な利益を確保する。

もちろんこれは、戦前からもあったこころの動き方でした。「日本的」と呼べる面があるかもしれません。しかし、その詳細に立ち入ることは今回は控えます。ともかく、それは戦後に強化されました。

そして、このような内的な関係性は、一度作られてしまうと、無意識的にさまざまな場面で反復されるようになります。

さてそれでは、「巨大な量の関係性の底に隠された怒り」はどこにいったのでしょうか。分かりやすいのは、「下」として怒りをのみ込み続けなければならなかった人が、自分が「上」になった途端に、その「下」に、その今まで自分が持たされ続けた怒りをぶつけてしまうような言動です。

無意識的な働きというのは本当に不条理で、主語と述語の区別はなく、ただある関係性を反復して、うっ屈している感情を発散させて緊張を緩和しようとします。悲しいことに、怒りにはぶつけやすい所に向けられる傾向があるのです。

他に重要なのは、「受動的攻撃性 passive aggressive」と呼ばれているものです。攻撃性を目に見える形で現すことはありませんが、相手からの重要な呼びかけに応答しないことで、その相手を攻撃するものです。

目上から、重要な責任を引き受けるように呼びかけられたとしても、それを無視する部下の行動には、この受動的攻撃性が関与しています。そして、日本は戦後、アメリカをはじめ諸外国からの政治的な責任を果たしてほしいという呼びかけに真剣に応じることはなく、経済的な活動に専念してきた面があります。

私はそこに、かつて日本に徹底的なダメージを与えたアメリカなどへの戦勝国への受動的攻撃性が働いていたと解釈します。「お前は強くて偉くて立派なのだから、お前がそれをやれ。おれたちはそんな面倒な事にはかかわらない。しかし、お前はおれたちの「上」なんだから、おれたちを保護することは続けなければならない」という無意識的な願望が、現れていたかもしれません。

アメリカに対する受動的攻撃性は、文化的な場面でも現れました。実態がどうであるかは別にして、アメリカが掲げる理念は自由や平等です。そして日本は、この理念について、「上」が唱える綺麗事に表面上お付き合いする「下」がするように扱ってきた面がありました。無意識的には、憲法が唱えるような基本的人権の精神を受け入れることに抵抗し、同質さを理想とする集団主義の生み出す効率の良さと競争力の魅力を断念しなかったといえるでしょう。民主主義の非効率さを嘲笑しながら。

結局、社会的な場面においての「上下関係」が、あらゆる関係性の理念よりも優先するというこころの型は、社会全体の基本的なフォーマットとして保存され続けました。ここには注意が必要です。戦後、場面によって、一般的な上下関係が逆転することは稀ではありませんでした。しかしそれでは本質的に「上下関係がある」ということを乗り越えることにはなっていません。本当の意味でのイコールパートナー、それぞれが固有の責任と権限を負っているような関係性への理解は、乏しいと考えます。

おそろしいのは、このような内的な関係性がつくられてしまうと、それが無意識のうちに反復されることです。さきほども申したように、無意識は主語と述語の区別がつきませんので、どちらが上でどちらが下かは、恣意的な現れ方をします。

そして、私がこの事態を明らかにして広く伝えようとするのは、決して感情的に誰かを攻撃したり、日本の価値を貶めたりする意図からではありません。無意識にそれが反復されていることの損失があまりに大きく、これを明確にして改めていくことが必要だからです。

アメリカが世界で唯一のスーパーパワーで、アメリカの様子だけを見ていれば生きていくことのできる世界であったのならば、このような内的な関係性の中で活動していけばよかったでしょう。しかし、世界はすでに多数のプレーヤーがそれぞれの影響力を発揮する複雑な関係性の中で動くという性質を強めています。それなのに、日本の社会はそれに対応できるようなこころの体制になっていません。

私は現在、福島の復興にかかわっていますが、やはりこのような受動的攻撃性による主体性の引き受けを回避する関係性に安住していることが、一人一人の市民が自主的に問題にかかわることを妨げていると思います。

そして、「関係性の底にかくされた怒り」を発散するために人間関係が浪費されています。行政や電気所業者が「上」で一般市民が「下」としてこの関係性が現れることも、もちろんあります。しかし、場面によっては一般市民が「上」で、たまたまその現場にいた行政等の職員が「下」となって、同じ質のことが起こりることもあります。また、「被災者」と呼ばれる人同士がお互いに、場面によってどちらかが「上」になりどちらかが「下」になるということも起こります。つまり、普段は抑えられている怒りの発散が行われます。

そしてここには、主体性を持つことを禁じられ続けた人が、主体性を発揮している人に向ける羨望も働いています。

人間関係を、隠された巨大な怒りを発散する場として浪費することの損失に目を向け、同等な資格を持つ人間同士が新しい未来を共同して産み出すことにつながるような関係性が創られることを願って、この原稿を書きました。