テクノロジーを使って異業種にイノベーションをもたらす企業特集。医師の4人に1人が利用する医師専用のコミュニティサイト・メドピアを率いる代表の石見 陽(いわみ よう)氏は現役の臨床医。彼はなぜ医師専用のサービスを立ち上げたのか?メドピアが見据えるヘルステックの領域についてお話を伺った。
メドピアが医師向けサービスをはじめたワケとその道のり
― メドピアは前身のメディカル・オブリージュ社の創業から10周年を迎えたそうですね!医師である石見さんが起業したきっかけは何だったのでしょう?
もともとインターネットが大好きで、自分も何かやってみようと。サイドビジネス感覚でスタートさせたんです。医師として5年目だった当時、私は大学院で研究生をしており、臨床の現場に出る時と比べると時間があったんです。あくまでも副業的な位置づけで起業したので、最初はとにかく「手に掛からないビジネス」を志向していました。
― サイドビジネス感覚ではじめたメドピアが、医師の4人に1人が利用するサービスまで成長するきっかけは?
2007年にいまのメドピアの原形となる医師向けのコミュニティサイトを立ち上げた頃から、自分自身、経営者としての比重を時間も意識も傾けたことでしょうか。今でも週に1回は臨床の現場に立っていますが、経営者としての意識をグンと高めました。
そのひとつのきっかけが2006年に上場したミクシィの存在でした。mixi.jpのようなネットサービスで世の中にインパクトを与える可能性に、自分も賭けてみようと思いましたし、自分自身もサービスを利用する中で、このようなサービスの医師限定版は絶対にニーズがあると実感していました。
というのも当時、医師に対する世の中の印象と現実のギャップに強い危機感と問題意識を肌で感じ始めていたんです。創業期である2004~6年は「医師に対する不信感」が非常に高まっていた時期だったんです。医療事故が医師の逮捕につながり、現場の臨床医には大きなショックを与えました。メディアから強いバッシングを受けたり、世間の持つ医師に対するイメージと現実との乖離が激しくなるなど、臨床医を取り巻く環境はとても厳しくなっていたんですね。
医師ってすごく孤独な職業なんです。人の命や生活を守ることが使命ですので、日々精神的なプレッシャーを抱えています。また、診療の現場においても、ガイドラインやマニュアルだけでは全てに対応できないことがあります。世の中では当たり前のようにインターネット上で情報交換・相談がされているのに、医師の場合は学会や病院内などの限られたリアルな場でしか情報共有がされてこなかった。
そこで、医師限定のサイトとして医師の集合知を集め、互いに助け合えるようにしたのがいまのメドピアです。また、正しい情報をメドピアから世間に発信することで、少しでもギャップを解消していきたい。さらには超高齢社会となった日本における医療を、インターネットで可能になった情報のやりとりやコミュニケーションで変えていきたいという思いもありました。
長い草の根営業の末に、医師の4人に1人が使うサービスに
― 現役医師が生み出したサービスだと、ユーザーの伸びも順調だったのでは?
そもそも医師免許の確認を必須にするなど、かなり厳密にユーザー登録の質を担保してきたので、一般的なWEBサービスのように爆発的にユーザーが増えるモデルではないんです。ただ、医師が医師を招待する仕組みを導入してもほとんど機能せず、最初は何をやっても全くダメでしたね(笑)。立ち上げから数年間は各専門の学会に自ら出席してビラを配ったり、登録を対面でお願いしたり、泥臭いことを続けてやっとここまできました。
メドピアが大きく伸びたのは、2010年に薬の口コミ評価をスタートさせてからです。医師同士の情報交換を活性化させるために、薬や症例などの『切り口』をもとにコミュニケーションが生まれるように仕組みを整えてから成長を確信しました。
サイト内では、薬の処方実感を口コミとして共有する「薬剤評価掲示板」の他に、医学書では見つからない診療上の疑問や悩みに約300名のエキスパー ト医師が答える「症例相談」、著名病院が主催するケース・カンファレンスにオンラインで参加できる「症例検討会」などがあり、様々な形で医師の経験が共有されています。
― メドピアは40数名のメンバーのうち、エンジニアやディレクター、デザイナーがメンバーの約半数を占めていると伺っています。かなりの割合ですよね。
開発に関しては創業からずっと苦労しているので、やっとここまでの組織になってきたというのが本音でしょうか。数千万単位の開発費をかけたサイトが動かなかったり(苦笑)、組織の軸となるエンジニアの採用に苦労したり...。
今では完全に内製で開発を進めています。セキュリティが強く求められるサービスですので、安心して使って頂けるシステムを第一に構築しています。ただやりたいことと出来ていることのスピードにギャップがあるので、まだまだ足りてないですね。興味のあるエンジニア・デザイナーの方はぜひ!
医師が社長をすることで生み出す価値とは?
― 医療業界は市場規模、世の中に与えうるインパクトがとても大きいですよね。
そうですね。上場も果たしたので社会的な責任もさらに強く感じています。
― 医療にかぎらず、テクノロジーを使って異業界でイノベーションを起こす要件や面白みってなんだと思いますか?
スタートアップ、ベンチャーとして取り組むのであれば、既存の制度が確立していて無駄やしがらみの多い領域は、やりがいがとてもあると思います。医療以外で言えば金融や教育、そして農業などの第1次産業でしょうか。
また、当事者であることはとても重要だと思いますね。メドピアもやはり自分が医師じゃなかったら正直厳しかったと思います。ユーザーと気持ちが通じ合える、理解しあえる人がやっているのといないのとでは、サービスを愛してもらえるかという点で大きな差が生まれるのではないかと思います。
― 医師である石見さんが代表というのもメドピアの大きな魅力、可能性だと思います。
ありがとうございます。ただ、そもそも医師の仕事は患者さんを診察したり手術するだけじゃないんですよね。研究職に就き、難病や新しい病気の治療法を見出す医師や、後進を育てるための教育に力を注ぐ医師だっています。省庁で制度を創る仕事をしている医師も。そう考えれば、医師が会社経営することで、医療をより良くしていくことはおかしな話じゃない。例えばメドピアの会員一人一人の生産性を10%上げられれば、医師を10%増やすことと同じインパクトを与えられるはずです。
― なるほど。それでは最後に今後の狙いや成し遂げたいことを教えてください。
メドピアは医療×テクノロジーの『ヘルステック』というドメインを掲げています。やっと医師同士が情報共有できる場所ができたのが今の状態ですね。このプラットフォームメディアをいよいよ患者さんがより享受する価値に直接つなげていこうと。具体的には「電子カルテ」を再定義して日本の医療を変えていこうとしています。
日本社会が抱える課題の中でも医療は最も大きなもの。もちろんいろいろな制度や国とのやりとりなども必要になってくると思いますが、メドピアはテクノロジーと医師を繋いで、患者さんや社会に大きな価値を提示できるようにしていきます。
― 仰るとおり、医療×テクノロジー=『ヘルステック』の領域は間違いなく日本でイノベーションが一層求められる領域だとおもいます。とても刺激的なお話でした!今後も期待しております。ありがとうございました!
[取材・文] 松尾彰大
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