(「新聞協会報」に掲載された「英国メディア動向」コラム第一回目に補足しました。)
ニュースを画面で読む習慣が一般化した英国で、新聞の発行部数の下落が待ったなしだ。電子版だけになる可能性も視野に入る中、高級紙「インディペンデント」が、とうとう3月末からその道を選択することになった。業界再編や人員削減が進んでおり、読者との「関係性」を重視する動きもある。
二ケタ台の前年同月比下落も
英ABCによると、10年前の2005年10月時点で、日刊全国紙の総発行部数(11紙)は約1200万部。2015年10月(同じ新聞の簡易版を別紙として数えると12紙)では約684万部となり、10年間で510万部以上減少した。
昨年10月の数字を細かく見ると、前年同月比で下落率が二ケタ台かこれに近い新聞が12紙中5紙あった。月によってばらつきはあるが、「前年よりは二ケタ台下落」という傾向が何年も続いている。
ABCが15年2月に発表した、地方紙の発行部数(2014年上半期分)は、前年同時期と比較して平均10%の下落だった。
一方、電子版へのアクセスは好調に伸びている。ABCによると、全国紙から地方紙まで、ほとんどの新聞のウェブサイトの日間ユーザー数(10月時点)が前年より大幅に増加した。
新聞の収入の大部分は紙媒体の発行によって得たもので、電子版からの収入はその何分の1にしか過ぎないため、発行部数の大幅下落は新聞の経営に大きな打撃となる。各紙はコスト削減、人員整理を行うか、廃刊を決定せざるを得なくなった。
新聞業界のニュースを伝えるウェブサイト「プレス・ガゼット」は、過去10年間で約300の地方紙(有料、無料)が廃刊となったと推定している(10月8日付)。世界金融危機(2008年)発生時、地方紙は1万3000人の記者を抱えていたが、ガゼットの調査によると、現在までに半分に減少した見込みだ。
地方紙の出版社同士の合併・再編も続いている。地方紙大手ノースクリフとリッフェ地方紙グループが2012年に合併して成立したローカル・ワールドは、昨年10月末、別の大手トリニティー・ミラーに買収された。200以上の地方紙を発行する巨大な地方紙出版社が生まれた。
広告収入の代わりに各紙が目を付けているのが読者からの支援だ。読者とのかかわりを深めることで、収入を増やすことを狙っている。
読者との関係性を作る
3つの例を紹介したい。
1つは会員制だ。ガーディアンは、購読料を支払う形とは別個に、読者に経営を支援するための会員になってもらう制度を構築した。無料会員、有料会員どちらも選択できるが、会員になるとガーディアンが開催するイベントに出席できるなど特典がある。
2つ目は、地域社会を巻き込み、協同組合型で発行する新聞の誕生だ。地方季刊紙「ブリストル・ケーブル」(2014年創刊)は、地元民の意見を拾い、読みたいという記事を取材・掲載する。毎月1ポンド(約190円)を払うことで、読者一人一人が新聞の共同経営者になる。現在、編集スタッフは無給で働き、運営資金のほとんどは寄付による。発展途上ではあるが、「紙でじっくり読みたい」という読者の強い希望に支えられているという。
3つ目はウェブサイトにやってくる読者(オーディエンス)の活動を徹底分析する動きだ。
ページビューを増やすことは重要だが、これに加えて、オーディエンスの滞在時間やソーシャルメディアでの拡散度など「かかわり度(エンゲージメント)」を重視するようになっている。
エンゲージメントが高くなると、媒体とオーディエンスとの関係が深まる。オーディエンスを満足させれば、すでに有料購読者であれば購読を継続するし、非購読者であれば購読者に転換する確率が高くなる、という考え方だ。
エンゲージメント強化に力を入れる新聞の1つがフィナンシャル・タイムズだ。
「オーディエンス・エンゲージメント・チーム」を発足させ、編集部の中央部に座らせている。
サイトにある記事を掲載する場合、これをいつ、どのようなコンテンツ(例えば画像、インフォグラフィックスなど)とともに出すか、ソーシャルメディアとどのように連携して出してゆくのかを編集スタッフとともに決めてゆく。
また、記者や編集者のコンピューターに表示されるダッシュボード「ランタン」を見ると、記事がどれぐらいの人に読まれたかなど、エンゲージメント度が即座に分かるという。
(2016年3月5日「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」より転載)