話題を食い荒らす、ネットの「コンテンツイーター」を防ぐには

美少女図鑑というフリーペーパーをご存じだろうか。もともとは新潟で発刊した媒体で、地元の素人女性をモデルとして募り、発行を続けている。そのコンセプトは全国に広がり、今では全国約20都市で発行されている。ローカルアイドルやゆるキャラのように、ネットを使いながら地方発のコンテンツを全国に売り込むのかと思いきや、その戦略は、あくまで地元のコミュニティをじっくりと育てるものだ。ソーシャルメディアによる拡散などで、話題が食い荒らされるような状態になりつつある今、美少女図鑑をモデルケースに、地方におけるメディアのあり方を考えてみると面白そうだ。
|

美少女図鑑というフリーペーパーをご存じだろうか。もともとは新潟で発刊した媒体で、地元の素人女性をモデルとして募り、発行を続けている。そのコンセプトは全国に広がり、今では全国約20都市で発行されている。ローカルアイドルやゆるキャラのように、ネットを使いながら地方発のコンテンツを全国に売り込むのかと思いきや、その戦略は、あくまで地元のコミュニティをじっくりと育てるものだ。ソーシャルメディアによる拡散などで、話題が食い荒らされるような状態になりつつある今、美少女図鑑をモデルケースに、地方におけるメディアのあり方を考えてみると面白そうだ。

テクスファームの加藤雅一アカウントプロデューサー

Open Image Modal

■新潟発、フォーマットを全国20都市に展開

美少女図鑑(http://bishoujo-zukan.jp/)は、2002年11月に新潟市の広告企画会社テクスファームが発刊。「街に美少女を増やそう」をコンセプトに、地元の女性をモデルとして募って、フリーペーパーとして発刊してきた。地元の美容室が広告主だ。テクスファームの加藤雅一アカウントプロデューサーが発刊当時を振り返る。

地元の美容師さんたちが技術やセンスを作品として発表する場所がありませんでした。また、カメラマンも同様に作品を発表する場を求めていました。そこで、美容師、カメラマン、クリエイターのモヤモヤを解消する場として、美少女図鑑を作ることになったのです。

美少女図鑑はコンセプトが徹底している。プロは使わずに、地元の素人女性にモデルになってもらう。また、アイドルのように男性目線が強いものではなく、あくまで女性目線で作っている。さらに、ビジネスモデルとしては、広告でもうけるというよりも、同社の本業の活性化に役立てることを重視している。

例えば誌面へのクーポン広告は基本的に禁止にしています。クーポンを付けないと来ないというのではなくて、センスや共感を売ることで集客と既存顧客の満足につなげたいと考えています。広告を掲載するにしても、写真集のような感じで、いわゆる広告色は押さえるように意識しています。広告収入に依存した運営ではないだけに、美少女図鑑単体ではあまり利益を上げることは出来ません。

興味深いのは、このコンセプトをベースに、各地で美少女図鑑の発刊が広がっている点だ。沖縄を皮切りに、一時期は東京を除く最大46都市に展開し、現在でも約20都市で発刊されている。2008年には全国放送のテレビ番組に取り上げられたこともあり、一気に問い合わせがあり、全国各地に広まっていった。沖縄以外は、同社ではない別の事業者(人材派遣会社、中古車販売業、写真館、印刷会社などさまざま)が担っている。発行回数は年2回~4回程度で、1回あたり10000~20000部が標準的なケースだ。新潟の場合、中心市街地のカフェや美容室、アパレルショップなど配布箇所を絞り、「幻のフリーペーパー」としての希少価値を維持している。

全国展開当初、新潟からの直営で関西エリアで展開しようとしました。ところが、営業に回っていた際に、「新潟から来た人にこの街を盛り上げようと言われても全く共感できない」と言われました。そこでふと、重要なことに気付いたんです。それから、運営は地元の企業や団体にマニュアルを提供する形で運営するスタイルになりました。モデルも制作も発行もそれぞれの地元でやっているのが特徴です。

地元で完結することにこだわり、ロケ地も地元の商店街や交差点など、見慣れた光景を活用している。モデルは他薦でも自薦でもOKで、新潟の場合、月に100人ほどの自薦があるという。モデルからCMやファッションショーに出るケースもあり、ファンのコミュニティが形成されているという。

<写真②>

美少女図鑑の表紙

Open Image Modal

■ソーシャルメディアに過度に依存しない

同社のスタンスとして興味深いのは、地元で浸透させることを中心に考えていて、ソーシャルメディアなどインターネットを使ったグローバルにつながる情報発信に過度の期待を寄せていない点だ。

過去にはミクシィ、現在はツイッター、フェイスブックをやっていますが、「拡散すること」に力は入れておらず、補完ツールとしての扱いになっています。地方都市では東京ほど普及していないという事情もあります。もちろん、美少女図鑑のモデルやクリエイターの中でもインフルエンサーと呼べるような人は、使っている率が高いので、その人たちとのコミュニケーションツールとして使用はしていますが、首都圏と比較すると全体の普及率はそれほどではないようです。

ソーシャルで派手に全国に拡散する流れにならないのは、そもそも美少女図鑑が、各地方都市で完結するスタイルをとっているからだ。フォーマットとしては、全国展開していて、発行元同士の情報交換はあっても、各都市のモデル同士が交流したり、まとめて全国的に売り出そうとしたりはしていない。

あくまでリアルなコミュニティありきです。実名で親近感があって、会いに行けるというのがポイントです。決して誰もが知っているメジャーな媒体ではなく、知っている人は知っているという媒体です。それとアイドルやタレントなど、プロへの登竜門にはしたくないですね。東京の事務所から問い合わせは来ますが、8割、9割の子が興味を示しません。

地域内においてファンミーティングなどを開催して、リアルな場でのファンをつなぎとめることを重視して、ソーシャルメディアはそのための1つのツールになっている。

■「コンテンツイーター」から逃れ、じっくり育てる

こういった美少女図鑑のスタンスは、ゆるキャラやご当地アイドルを全国に売り出そうという動きとは明確に異なっている。法政大学の藤代裕之准教授は、

ご当地アイドルやゆるキャラはソーシャルメディアを積極的に活用していることが多く、全国のネットユーザーに発見されることになります。NAVERまとめなどでまとめられることも頻繁にあります。発見されないと全国区になりませんから。でも、美少女図鑑の場合はネット上にコンテンツが少なく、まとめるのが難しいので、ソーシャルメディアの世界とは切り離されている。

確かに、ネットを通じて地方のものが広まるケースは多い。例えば、福岡でアイドルとして活躍していた橋本環奈さん(http://matome.naver.jp/topic/1M8Li)が、突然、「天使すぎる」、「1000年に1人のアイドル」として、ソーシャルメディアで拡散して、全国的な話題にのぼったことは記憶に新しい。しかし、ヤフーニュース編集部の伊藤儀雄氏は、一時的に大きな話題になって、すぐに飽きられてしまうような状態を懸念している。

これまでは、徐々に知名度が上がり、節目ごとに各種のメディアが繰り返し取り上げることで、段階的にヒットにつながっている構造がありました。じっくりと時間をかけることで、コンテンツが洗練され、ファンには「わしが育てた」という愛着が出てくる。ところが、最近はソーシャルメディアの拡散力が増し、メディアがそれを一斉に取り上げることで、一気に頂点に上り詰めるようになりました。その分だけ飽きるのも早い。ユーザーは常に新しいものを追い求める「コンテンツイーター」として、短期間でコンテンツを食い荒らしている、ともいえるのではないでしょうか。

そう考えると、ソーシャルメディアで「見つかってしまう」というのは、必ずしもいい結果につながらないのかもしれない。新潟をフィールドにして研究活動を行っている敬和学園大学の一戸信哉准教授も、

都会でピックアップされるために地元での「共感」よりも、都会での「評判」を気にする傾向があるように思います。ソーシャルメディアの登場によって、画一的な情報空間が形成されています。

そのような状況の中、藤代氏は

つながりすぎるとソーシャルパトロールがやってくる。特色を全国に広めるというより「そんなのはおかしい」と批判される場合も多い。ソーシャル監視の目から逃れられるためには、美少女図鑑のよう特色ある地域コンテンツはソーシャルを積極的にはやらない方がいいという考えもあります。つながらないことで成り立つこともあるのではないでしょうか。

これに対して、加藤氏は

規模の拡大にはならないように色々と抑えながらやっています。リスクも含めて、いまが適正規模という実感があります。一方で、地域内で完結する新しい動きには積極的に動きたいと思っています。あくまで、地元で長く続けていくというのが目標としてあります。20年、30年と続けていきたいです。

伊藤氏のいう「コンテンツイーター」を相手にするのではなく、地元でじっくりとメディアを育てようとしている。実際、テクスファームでは新潟美少女図鑑以降に、読者の成長に連動するように結婚情報誌「HUKU:HUKU(フクフク)」や住宅情報の「CRAS(クラス)」といったフリーペーパーが生まれた。過去に美少女図鑑に登場してくれたモデルが、年齢を重ねながらも、コミュニティとゆるやかに繋がりつつ、こういった媒体にも出てくれるそうだ。加藤氏は「作り手と読者が同じ街でともに年齢を重ねていく」ことを大切にしているという。そういった観点からは、「コンテンツイーター」ともいえるソーシャルメディアとは一定の距離を置くというのも1つの有効な戦略といえそうだ。(編集:新志有裕)

※「誰もが情報発信者時代」の課題解決策や制度設計を提案する情報ネットワーク法学会の連続討議「ソーシャルメディア社会における情報流通と制度設計」の第10回討議(14年3月開催)を中心に、記事を構成しています。