帝京大学公衆衛生学研究科の高橋謙造です。
前回の投稿(9/5 6:00配信)以後、状況は刻々と変化し、以下のように感染拡大の懸念が出てきました。
・麻しんと診断された発熱患者が、8/26に立川市で開催されたアニメイベントに参加していた(8/31段階での情報)。
・関空従業員の麻疹感染者32名、治療にあたった医師と救急隊員も感染(9/5段階での情報)
と、多くの新聞、テレビメディア等が情報を発信しています。
もし立川で感染した方が潜伏期間(10-12日)を経て発症するとすれば、まさに今からの期間(9/7から9/9前後)が最も注意すべき時です。
感染拡大が懸念される段階において、今後守るべきは妊婦さんと子どもたちです。
キーメッセージ
1)妊娠中に、麻しんに感染、発症すると、流産や早産を起こしてしまう可能性があります。ワクチン接種で感染、発症を予防することは可能ですが、既に妊娠しているのであればワクチン接種は出来ません。できる限り外出を避け、やむをえない外出時にはマスクの着用、帰宅してからのうがい、手洗いもしっかりとしましょう。家事や食品買い出しなど、家族やパートナーの協力も不可欠です。
2)子どものワクチン接種は1歳の誕生日以後であれば、自治体の費用補助で通常は無料で受けることができます。また、一歳未満でも、緊急ワクチン接種(自費)で感染、発症を予防できる可能性があります。かかりつけの小児科の先生方に相談してみてください。
3)麻しんに感染、発症してしまうと、有効な抗ウイルス薬などはなく、咳、脱水、下痢などに対する対症療法を行いつつ、感染が終息するのを待つしかありません。解熱するまでは平均7日間を要し、インフルエンザの5日間と比較しても更に長い期間の発熱と付き合わないとなりません。
4)もし麻しん患者さんに接触してしまったことが明らかな場合には、免疫を持たない場合(麻しん未感染、ワクチン未接種など)には確実に感染、発症してしまいます。発症の予防には、接触から72時間以内のワクチン接種、あるいは4日以上6日以内のガンマグロブリンの筋肉注射という方法があります。
5)2008年(平成20年)の段階で高校3年生~中学2年生だった方々は、高校3年時に接種を受ける機会がありました。つまり、免疫を持っている可能性があります。家族の方などに、接種歴を確認してみて下さい。母子健康手帳に記載があるかもしれません。
6)麻しんの免疫をもっていない成人が、麻しんウイルスを播いてしまうことが懸念されています。もし、発熱等の症状があり、麻しんの不安があったら、あらかじめ医療機関に電話連絡の上、マスクを装着して受診して下さい。受診の際には、公共交通機関等は使用せず、人の集まる場所(スーパー、コンビニ、ファーストフード店等)には行かないで下さい。
以下は、前回の投稿と重複する部分も多いですが、重要な情報をお知らせします。
多くのメディアが情報を発信していると書きましたが、それらはほぼ同じ内容を発信しています。ワクチンの重要性を強調しているのです。
以下で、キーメッセージの内容を詳細に解説いたします。
1.妊婦さんの感染に注意
妊婦さんが麻しんに感染、発症してしまうと、流産や早産を起こす可能性があります。
今後妊娠を計画している女性やそのパートナーの男性は、ワクチン接種歴を母子健康手帳などで確認し、接種歴があいまいであればワクチン接種をお勧めします。もし万が一、ワクチン接種済みであったとしても、再度の接種に問題はありません。
また、ワクチン接種で感染を予防することは可能ですが、既に妊娠しているのであればワクチン接種を受けることは出来ません。
ワクチン接種歴に不安がある場合には、できる限り外出を避け、やむをえない外出時にはマスクの着用、帰宅してからのうがい、手洗いもしっかりとしましょう。可能であれば、ご家族やパートナーの方などに買い物などのサポートをお願いしてみましょう。
2.子どもの感染に注意
1999年〜2001年にかけて麻しんの大流行が日本においてありました。
この時に感染した年齢のピークの一つが、1歳未満児~1歳児でした。また、親が免疫を持っていない場合に、新生児の感染なども見られました。麻しんによる子どもの感染は、できる限り防がねばなりません。ではどうすればいいのでしょうか?
何よりも、ワクチン接種です。
一回の接種だけで、約95%の子どもに免疫がつくことが分かっています。ワクチン接種は1歳の誕生日以後であれば、無料で受けることができます。また、一歳未満でも、緊急ワクチン接種(自費)で感染を予防できる可能性があります。かかりつけの小児科の先生方に相談してみてください。
麻しんワクチンの免疫獲得効果は1回の接種で95%程度、確実な免疫獲得のためには2回接種がおすすめです。ワクチン接種後の反応として最も多くみられるものとして、接種した人の約20%が接種して2週間以内に発熱を来します。しかし、麻しん自体に感染するよりはずっと短い期間の発熱で済みます。
また、熱性けいれんなどもありますが、ワクチン接種者1,000名に対して3名程度であることが分かっています。麻しんワクチンの製造に、鶏卵そのものは使っていません。卵アレルギーによるアレルギー反応の心配はほとんどないとされています。
3.麻しんに感染して困ること
なぜ、麻しんでこんなに大騒ぎするのでしょうか? それは、麻しんに感染、発症すると、困る事がたくさん出てくるからです。
・発熱期間はインフルエンザより長い:インフルエンザであれば平均5日間ですが、麻しんの場合には7日間です。
・様々の合併症がある:約3割に何らかの合併症が発生すると言われています。肺炎の合併率は15%程度あり、脳炎の合併率は0.1-0.2%(1,000人に1-2人)と報告されています。また、もし脳炎になってしまった場合、後遺症を残す確率は20~40%あると言われています。また、1万人に1人程度が致死的な転帰(死亡)を取ると言われています。
もし重症化を逃れたとしても、亜急性硬化性全脳炎(SSPE:Subacute Sclerosing Panencephalitis)という合併症が麻しん患者10万人に1人の確率で生じます。これは麻しん感染後7−10年経過してから運動障害や知能障害で発症し、徐々に死に至るものです。ワクチン接種によってSSPEが生じる可能性もゼロではありませんが、100万~200万人に1人程度なので、まずは生じないと考えていいでしょう。
・確実な治療法がない:残念ながら、今の時代になっても、麻しん感染者への治療法、SSPEなどのへの治療法はありません。麻しんウイルスに対して効果のある抗生物質、抗ウイルス薬などは存在しません。脱水、下痢症、咳(クループと呼ばれる呼吸困難につながる咳症状も含みます)等への対症療法を行い、感染が終息するのを待つしかありません。
4.もし麻しん患者さんに接触してしまったことが明らかな場合
もし麻しん患者さんに接触してしまった場合には、免疫を持たない方は確実に感染してしまいます。免疫を持っていない方が麻しんウイルスに感染すると、情報源にもよりますが発症(発熱等の症状が出る)の可能性は90%からほぼ100%になります。
この発症の予防には、接触から72時間以内のワクチン接種、あるいは4日以上6日以内のガンマグロブリンの筋肉注射という方法があります。ただし、ガンマグロブリンに関しては血液製剤であり、通常知られているウイルスはすべて対策が施されていますが、未知のウイルスの混入の可能性は否定できません。
5.自分はワクチンを受けているか?
ワクチンを受けているかどうかは、母子健康手帳に記録されているはずです。成人で、過去の記録を調べたい場合でも、母子健康手帳で確認することができます。また、2008年(平成20年)の段階で高校3年生~中学2年生だった方々は、高校3年時に接種を受ける機会がありました。つまり、免疫を持っている可能性があります。家族の方などに、接種歴を確認してみて下さい。
6.麻しんウイルスを播かないで!
麻しんの免疫をもっていない成人が、麻しんウイルスを播いてしまうことが懸念されています。今の20代以上の人たちの中には、これまで一度も麻しんの予防接種を受けていない人がいます。また、2,006年までは日本では麻しんワクチンの2回接種は導入されておらず、最大でも1回だけしかワクチンを受けていない可能性が高いのです。
麻しんワクチンを一回接種しても、95%の人には免疫がつく一方で、約5%の方々には免疫がつかない可能性があります。したがって、成人が麻しんに感染、発症して、ウイルスを播いてしまう可能性があるのです。もし、発熱等の症状があり、麻しん患者さんに接触した可能性があるなら、あらかじめ医療機関に電話連絡の上、マスクをしっかりと装着の上受診して下さい。
過去の流行では、麻しんを発症している患者さんが外来で診察を待っている間に、他の方々に感染させてしまった事例があります。また、受診の際には公共交通機関(電車、バス)等は使用せず、人の集まる場所(スーパー、コンビニ、ファーストフード店等)には行かないで下さい。家族の方などに協力してもらって、生活をサポートしてもらって下さい。
何も対策を取らないと、1人の麻しん患者さんが平均して12~18人の人に感染を広げてしまうことが分かっています。
不安な時はお互い様です。周囲をいたわって行きましょう。
謝辞:
今回の投稿に際して、多くの臨床医の先生方やコミュニケーションの専門家の方等にアドバイスいただきました。ご助言、ご指導に感謝いたします。
参考文献:
・麻しん(はしか)に関するQ&A:厚生労働省
・麻しんに関する緊急情報:国立感染症研究所
・麻疹Q&A:国立感染症研究所
・ワクチンの副反応にはどんなものがあるの?:Know VPD
(2016年9月9日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載 )