ビジネススキルとPTA活動の相関とは? PTAを変える方法とは? 2014年6月13日に都内で行われた「サイボウズ式勉強会 マネジメント視点でPTAをけっこうラクにたのしくする!」でPTA会長を経験してきた2人の経営のプロ――川島高之さん(大手商社系の上場会社の社長)と川上慎市郎さん(グロービス経営大学院准教授)――が語った内容を、トークセッション進行役の大塚玲子(『PTAをけっこうラクにたのしくする本』著者)がまとめました。
PTAは仕事を犠牲にするものではない、むしろ仕事力が高まる
川島:まず自己紹介ですが、わたしはいま、商社系の会社の経営をやっています。自分のなかでは、PTAやNPOは、仕事と同様に「本業」です。
PTA副会長・会長を計6年間やって、とくによかったと思うのが、「自分の仕事能力が高まったなー」ということです。PTAは仕事を犠牲にしてやるというよりも、じつは、やればやるほど仕事能力がアップする。みなさんにも、それをぜひ体感していただければな、と思っています。
川上:川上です。わたしの仕事はビジネススクールの先生で、マーケティング、ネットビジネスなどが専門です。高校のとき、たまたまドラッカーの本を読んで以来、マネジメントについて世に広めることを己のライフワークと心得てきました。
もうひとつ関心を抱いてきたことが、ボランティアです。前職は日経ビジネスの記者ですが、そのころから常に「利益を出さない団体のマネジメントはどうあるべきか?」というテーマを考え続けてきました。2011年度から3年間、PTA会長として、非営利組織のマネジメントについて実地実験をやってきました。今年度は副会長です。
大塚:ありがとうございます。おふたりとも肩書きが、ビジネス界の最前線、という印象ですが、PTAなどの非営利組織(NPO)にも、とても関心をおもちなんですね。親しみがわきます。
PTAにはお父さんの入る隙がなかった
大塚:次に、おふたりがPTAの何に問題を感じて、どう変えてきたかという辺りを、ざっとお話いただけますか?
川島:最初はとにかく、わからないことだらけで、「すげーとこにきたな!」と思いました(笑)。話の意味がわからない、その業務を何のためにやっているかわからない、何をどの先生に話せばいいかわからない...。でも会長だから、いきなり指揮をとらなきゃいけないんですよね。
当時は役員のほとんどがお母さんで、ぼくが口を開くと「しーん...」として、とにかく反応がない。これは、自分ももっとみんなに合わせなきゃいけないし、みんなにも変わってもらわなきゃいけないなって思いました。そこからちょっとずつ、お互いに歩み寄ってきた、というところです。
川上:ぼくがまず驚いたのは、子どもが小学校に入ったとき、PTA活動する人の名前を書く欄が、各家庭に1つしかないことでした。「うち、夫婦なんですけど?」っていう(笑)。どっちかが書くとなると、だいたいお母さんが書くので、「あぁ、PTAってお父さんの入る隙がないんだな」って思いました。学校からの「連絡メール」も、各家庭が1つの携帯アドレスしか登録できなかったですし、「これはおかしいな」と。
それで、まず1年目は、コミュニケーション(連絡)のやり方を変えて、父親でも母親でも祖父母でも、希望する保護者全員がメールを受け取れるようにしたり、PTA役員間の連絡にFacebookを取り入れたりしました。2年目はイベントを企画し、3年目は組織を改革しました。いろいろありましたが、なんとかやりきりました。
なぜMBAよりPTAなのか?
大塚:では今日の本題、「PTA活動とビジネススキルがどうかかわるか」というお話を伺いたいと思います。
以前わたしが川島さんにお話を伺った際、印象に残ったキーワードを、いくつか拾ってみました。
まず「MBAよりPTA」。これはどういうことか、ご説明いただけますか?
川島:いやー、ビジネススクールの先生(川上さん)の前で、MBAを否定するわけには...。(会場笑)
大塚:すみません!川上さん、いまだけお許しください(笑)。
川島:ぼくは基本的にロジックよりも現場や実践の方が大切だと思っていいます。MBAに関しても、机上の空論をやっているひまがあったら、PTAや地域活動をやったほうが、よっぽどビジネススキルが高まると思うんですよ。
大塚:たとえば、どんなスキルでしょうか?
川島:いちばんは、コミュニケーションスキルです。PTAってご存知のとおり、多数の母ちゃんたち、地域の長老たち、そして先生たちの集まりで、そんな「人種のるつぼ」を相手に、あれこれ議論して、話を前に進めていかなきゃいけない。
この経験は、机上の空論では絶対に得られません。PTAで鍛えられたおかげで、いまは会社の会議が、えらいラクです。(会場笑)
大塚:そんなに違うものですか?
川島:会社だったら、最初からみんな目指すところを共有しているし、最後はリーダーが強権発動することもできますけど、もしPTAで会長が強権発動なんかしたら、その瞬間に母ちゃんたちのあいだでメールがバーッてまわって、長老たちからは総スカン食らいますからね。強権発動の「きょ」の字もできないんですよ。(会場笑)
大塚:なるほど、それはPTAのほうが難易度高いですね!
川上:ぼくもそうだと思います。
で、そういう方たちとコミュニケーションをとることは、マーケティングという視点からも、すごく大事だと思うんです。消費の中心って、主婦やシニアの方たちですよね。彼女・彼らが、購入を決めるプロセスをわかるためには、PTAをやるのがすごく有効だと思うので。
ぼくが仲良くさせていただいている、ある食品メーカーの役員さんは、「うちの会社の社員には全員『PTAをやれ』と言ってる。お客さんのことを知らずに、商品開発なんかできるわけないんやから」とおっしゃっているんですが、ほんとうに、そのとおりだと思うんですよ。
「前例踏襲」ではなく「何をめざすか」を掲げる
大塚:PTAは「目指すことを、はっきりさせる必要がある」というお話もありましたね。その辺りはいかがですか?
川島:PTAも会社も少年野球も、すべて組織ですから、「どこに向かっているか」というのは当然あったほうがいいですよね。
だから毎年必ず「これを目指そうぜ」ということを、なるべく具体的なフレーズにして掲げていました。たとえば「親も徹底的に楽しもうぜ」とか、「楽しむために、業務時間を半分にしちゃおうぜ」とかね。そこで、合意形成もできるわけです。
大塚:もしかしたら、会社にお勤めの方は「そんなの当たり前」って思われるかもしれないですが、PTAはそうじゃないことが多いんですよね。「前年どおり」が目的化しやすいので、常に「何をめざすか」を掲げることは、すごく大切だと思います。
川上:いまの「前年どおり」が目的化しやすいというお話は、非営利組織に起こりがちな問題ですね。ふつうの企業は、お客さまに価値を提供しないとお金がもらえないですけど、PTAは黙っていても会費が入ってくる。だったら「何事もなくやりすごしたほうが勝ち」ということで、「前例踏襲」になりやすいんです。
ドラッカーも、著書『非営利組織の経営』(ダイヤモンド社)のなかで、「非営利組織こそ、何のためにその組織が存在していて、われわれは何をやる人たちなのかをちゃんと決めなさい」ということを、はっきり書いています。
大塚:なるほど。「企業よりも目的を見失いやすい組織だからこそ、敢えてそこを、よ~く確認しなさいよ」と。
川上:だからぼくも、ドラッカーの言うとおりにやりました。年度初めのミーティングのとき、本部役員全員に「なんでPTA役員になったの? 何をやりたいの?」と聞いたうえで、「僕は今年PTA会長として、こういうことをやりたいと思っている。みなさんが言ってることと同じだよね? 1年間頑張ろうね!」って確認をしたんです。その「コンセンサスをつくる」というのが、PTAをやっていくうえで、すごく大事なところだと思います。
PTAは大組織のトップリーダーを経験できるチャンス
大塚:「リーダー(PTA会長)が最後の責任をとると、話が早い」というお話もありましたね。
川島:そうですね。組織の長の役割っていろいろありますけど、いちばんでかいのは、「最後、おれが責任とるからやろうぜ」って言えるかどうかなんですよ。PTAは、とくにそこが重要だと思います。
お母さんたちがPTA活動で疲れている最大の要因のひとつが、「誰も決めてくれない」ってことだと思うんですよね。それで会議が増えるわけです。だから会長が「おれが最後にボールとるから、パスしろ」と言い切ると、お母さんたちがラクになる。
会社でも、上司がこれを言えれば、部下がラクになります。
大塚:わたしもそれは、PTA活動のなかでよく感じるところです。あるとき、わたしの提案にほかの人がのってくれたんですが、そしたら逆にわたしが慎重になって、ブレーキかけちゃったんですね。「あれ、わたし何をやっているんだ?」と。そのとき、「あ! わたし『責任とりたくない』って思ってるんだ!」って気付きました。
要は、自分が変えたことになると、あとでだれかに文句を言われたらやだな~、という気持ちがあったんですね。お恥ずかしい。
川上:PTAってとくに、だれもリスクをとりたがらない組織なんですよ。なぜかというと、利益をあげる必要がないから。つまり、リスクをとる意味がない。逆に、そういう組織だからこそ、「最後の責任をおれがとる」って言った瞬間に、すっごい勢いで組織が変わるんですよ。そこは、ほんとに「快感だな」って思いましたね。
大塚:攻略ポイントですね!
川上:あとね、PTA会長って、「だれでも手を挙げただけでなれる、巨大組織の長」なんですよ。子どもさえいれば、どんな人でもなれる、トップリーダーなんです。会社だったら「俺を社長にさせてください!」と言ってもなれるわけがないですけれど、PTAは、なれるんですよ。
トップになったところからしか見えない景色があるんですよね。たとえば「責任をとる」というのがどういうことなのか、会長になるとよくわかります。だからぼくは、手を挙げてもなれない社長になる前の練習に、ぜひみなさん、PTA会長に手を挙げていただいたらいいんじゃないか、って思います(笑)。
後編に続く
撮影:谷川真紀子 編集:渡辺清美 文:大塚玲子
(2014年7月24日のサイボウズ式 「MBAよりPTA! 本物の仕事力を鍛えるのにPTA活動が適している理由」 より転載)