松尾スズキ インタビュー:絵本の皮をかぶった大人の物語、日本人の気づかいを描く『気づかいルーシー』

NHK連続テレビ小説『あまちゃん』での喫茶店のマスター・甲斐役も記憶に新しいが話題の松尾スズキさん。今年は、舞台「マシーン日記」「悪霊―下女の恋―」の作・演出を手がけ、朝日新聞夕刊にて連載小説『私はテレビに出たかった』を執筆。作家、演出家、俳優として多忙を極めるなか、9月13日に初めてのかきおろし絵本『気づかいルーシー』(千倉書房)を上梓した。
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The Huffington Post

NHK連続テレビ小説『あまちゃん』での喫茶店のマスター・甲斐役も記憶に新しい松尾スズキさん(写真)。今年は、舞台「マシーン日記」「悪霊―下女の恋―」の作・演出を手がけ、朝日新聞夕刊にて連載小説『私はテレビに出たかった』を執筆。作家、演出家、俳優として多忙を極めるなか、9月13日に初めてのかきおろし絵本『気づかいルーシー』(千倉書房)を上梓した。

かわいい少女の主人公・ルーシーのキャラクターの魅力と、ぶっとんだ自由なストーリーが反響を呼び、発売前に重版。原画展やトークイベントなどが続く話題の作品だ。今回は、絵本の創作秘話や、作品に込めた思いを松尾さんに聞いた。

■10年に一度、夢から生まれた物語

小説、舞台、映画など、多方面に活躍する松尾さん。新たにかきおろしの絵本(写真)を手がけることになったきっかけを聞いた。

「そもそも6年前に、千倉書房さんでフランスの絵本を翻訳したことがあったんです。そして、僕も昔から継続的に自分のエッセイの挿絵を書いていた。そのふたつのことがあって、まとまって絵の仕事をするのもいいかなと思うようになった。僕の絵柄なら、絵本が向いてるかなと思ったんです」

そして、絵本が生まれたきっかけは「夢」だったという。「もともと『気づかいルーシー』は夢に見た物語。僕は、作家として物語を考えるという夢をよく見るんですが、現実的に作品で使えるものはほとんどありません。そんななかで、この物語は6割が夢のなかで出来上がったんです。10年に一度くらいのものです。夢がパシっとはまるのは」

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■「気づかい」をテーマにした大人の絵本

「ルーシーは

 見て見ぬふりをしました。

 すごく、努力して

 見て見ぬふりをしました」

タイトルにもあるように、この絵本は「気づかい」がテーマだ。ルーシーや、とともに暮らす一頭の馬やおじいさんたちの気づかいによって、ストーリーは奇想天外の展開を見せる。帯にも「気づかいがもたらす悲劇と幸せ」とあるが、そもそも、なぜ「気づかい」をテーマにしたのだろうか。

「僕が絵本を手がけるなら、人が手を出してないジャンルがいいなと(笑)。『気づかい』でドラマは回る。「気づかい」だけで作品をたたみかける、ナンセンス。その根底には優しさがある……絵本にいいなと思いました」

「すべてを数学的に考えて書いているわけではありません。絵本に出てくる“皮をはぐ”というアイデアも、夢のなかで生まれたものですし。ただ、現代なりに絵本の王道も表現してみようと思いましたね。『赤ずきん』がオオカミの皮をはいだら、おばあさんが出てきたりするシュールな世界観を原型にして、実は捨てられた子が王子様だった――そんな貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)の物語をルーシーで描きました」

■思わず描きたくなるキャラクター、ルーシーの魅力

絵本には「PURI PURI」「SHINKEN!」「BAKA」といったローマ字の描き文字(写真)が登場する。これまで漫画やイラストも発表してきた松尾さんの作風が、絵本にも表れている。

「漫画を描くときにも、こういう字をよく入れるんです。昔、イラストレーターの仕事をしていたときに英語の参考書の挿絵を描いたことがあって。だからわりと、タッチもちょっとアメリカの4コマっぽい作風なんです」

原画展が行われた際の来訪者ノートには、ルーシーのイラストがたくさん描かれていたという。このノートを見た松尾さんは、こう話す。「簡単なのは、いいことですよね。昔、赤塚不二夫さんに一度会ったことがあるんですが、赤塚さんも『俺の漫画は素人がマネしやすいからいいんだ』と。このキャラクターも売れないかな(笑)」

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■仕事に家庭に、「気づかい」の多い日本人

絵本のテーマである「気づかい」は、相手を思いやる素晴らしい行動である。しかし、時として「気づかい」は人間関係の回り道も招く。『気づかいルーシー』においても、思わず「気をつかいすぎでは」といいたくなるシーンがある。この行きすぎた気づかいは、現代の日本人の心境と重なる部分多いように思う。

メルマガの人生相談も人気の松尾さんに、仕事に家庭に、ともすると気をつかってしまいがちな私たちに向けて「気づかい」のあり方を聞いた。

「今のゆとりの人たちって、すごく先のことまで考えすぎて、結局行動を起こさないことが多いんですよ。たとえば、うちの若手の連中は、僕と会うことをすごく遠慮するんですよ。『いっぺんお前たちと会って話したい』と言っても、いつか決めない。『松尾さんは忙しそうだから』といって先回しにして、いつまでも日程を決めない。問題を先延ばしにするんです。でも、そうではなくて、早く会ったほうが解決につながることだってある。相手のことを考えすぎて、想像力がヘンな方向にいっているんです。それは逆にいうと、相手のことを考えてないってこと。本当の想像力の手前の想像力。相手のことを考えれば、ちゃんと伝えたほうがいいんです」

「気づかい」は、想像力の欠如している可能性も秘めている――。身近なエピソードをもとに、現代の「気づかい」にひそむ課題を教えてくれた。

発売から一週間、本を読んだ方からは「たたみかける展開、面白い!」「ぶっとんでる!」「おはぎが気になる」などの感想が寄せられているという。また、『気づかいルーシー』をもとにかわいいマグカップトートバッグも発売された。絵本の垣根を超えて、ル―シーの冒険は続く。

松尾さんは「夢は見るもんだなー」といって笑った。

※松尾スズキさんの絵本『気づかいルーシー』や日本人ならでは「気づかい」についてどう思いますか? 「気づかい」の善し悪しなど、あなたの意見をお聞かせください。

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