(けいざい新話)孫正義の3・11:1 電力の風、モンゴルから アジア送電網へ野望
乾いた風が、見渡す限りの高原を吹き抜ける。
東京から約3千キロ離れたモンゴル南部のゴビ砂漠。この風をとらえ、日本へ電気として送ろうという壮大な構想が、動き始めた。
2年半前の東京電力福島第一原発事故のあと、ソフトバンク社長、孫正義(56)が打ち出した「アジアスーパーグリッド」だ。
モンゴルの風力や太陽光、ロシアの水力といった再生可能エネルギーを、国境を超えた送電線で日本に持ってくる――。
その具体化に向けて、ソフトバンク子会社とモンゴルの投資会社がつくった合弁会社が、ゴビ砂漠で風や日照量の調査を進める。
合弁会社は、ゴビ砂漠で、東京都の面積をしのぐ約22万ヘクタールの遊休地の賃借権を政府から取得した。
プロジェクトマネジャーのプレブダガバ・ナヤンブ(38)は語る。「計算上の出力は1千万キロワットが可能。風のない場所を除いても700万キロワットはいける」。原発10~7基分に相当する。雨も少なく、太陽光発電も期待できる。
人口280万人強の同国の国土は、日本の約4倍の156万平方キロメートル。孫は「モンゴルの風力発電コストは1キロワット時あたり2~3円。日本までの送電コストを考えても、(10円弱とされる)原発より安くできる」と話す。
だが、最大のネックは送電網の整備だ。孫はいう。「欧州には各国をまたぐ送電網があるのに、アジアでできないのか」
モンゴルで発電した電気は中国国内の送電線を使って沿岸部に運び、さらに韓国を経由し、海底ケーブルで九州北部に送ることを想定する。中国や韓国との信頼関係が必要だ。孫は、首脳らへのアプローチも続けてきた。
孫は2012年5月、当時の韓国大統領・李明博(イミョンバク)を訪ね、モンゴルでの風力発電のコスト試算を説明し、自らの構想への協力を呼びかけた。
その2カ月前には、中国の次期最高指導者に内定していた国家副主席・習近平(シーチンピン)と元首相・鳩山由紀夫の会談に、孫の側近で、ソフトバンク社長室長の嶋聡(55)が同席した。元民主党衆議院議員の嶋は、鳩山と親しい。このとき鳩山は、再生可能エネルギー分野での日中協力を求めている。
もうひとつ、日本の電力会社の「壁」も立ちはだかる。日本の送電網は、地域ごとに電力会社が独占しており、海外から電力を持ってきても、国内で自由に送ることはできない。
地域を独占する電力会社の「壁」を突き崩そうと、孫は一時、国内の電力会社の買収を考えた、と周囲は明かす。ただ、反原発を掲げる孫が買収すれば、原発を廃炉にするしかない。そうなれば、巨額損失で経営は成り立たない。上場企業のソフトバンクにとって、株主が許さない話だった。
でも、孫はいう。「原発の代替手段はいくつもある。廃炉の道筋も決まってないのに、再稼働をどんどん進めるのは反対だ」
創業から約30年で、ソフトバンクを売上高3・4兆円(12年度)のグループに育てた。米携帯電話3位スプリント・ネクステルも買収した。米経済誌フォーブスの13年版の「日本の富豪50人」によれば、個人資産は91億ドル(約9100億円)。日本人3位だ。
その孫がなぜ、原発反対をいい続けるのか。
「3・11」で孫が受けた衝撃と、その後の再生可能エネルギーへの取り組みを追う。=敬称略
(編集委員・小森敦司)
◆キーワード:アジアスーパーグリッド
グリッドは送電網の意味。アジア各国を送電線で結び、風力や太陽光など再生可能エネルギーで発電した電力を各国間でやりとりする構想。福島原発事故のあと、孫正義・ソフトバンク社長が提唱した。増田寛也・元総務相らも、オーストラリアの再生可能エネルギーまで含めた「アジア大洋州電力網」を唱えている。モンゴルなどの無尽蔵の風力を使うことで低コストで発電できるとされる一方、各国の政治的な信頼関係が築けないままでは難しいとの指摘もある。
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