本日(8月5日)はマリリン・モンローの命日。
実は、マリリン・モンローが36歳で亡くなったのは、今から52年前。だから多くの人は、彼女のリアルな活躍を知らないはずなのだ。
ところがマリリン・モンローの映画が死後何本も作られ、さまざまなグッズが販売されるなど、人気は衰える気配がない。
Corbis/ amanaimages
アンディ・ウォーホルのシルクスクリーン作品「マリリン・モンロー」のデザイン文房具(米国GALISON製)を扱うワーキングユニット・ジャパン㈱ リテール マーチャンダイジングデザイナー田中ちさとさんによると、「日常的に使う文房具をエッジの効いたものにしたいと思う人たちに人気」だという。もちろん、「ウォーホル独特の色彩感覚によるアート作品」ということもさることながら、「モンローの時代を超えた存在感から、今でも多くのファンを獲得しているのでは?」。(参考URL)
Marilyn MEMO BLOCK
本体価格:¥1,900
Marilyn 300pcs Tin Puzzle
本体価格:¥2,300
Marilyn Fun Shaped Sticky Notes
本体価格:¥1,300
Marilyn Mini Journal
本体価格:¥400
Marilyn Layered Journal
本体価格:¥1500
この人気の裏側にあるのはいったい何?
そこで、この1年間、マリリン・モンローについてどんなことがつぶやかれているのかを、電通PRのソーシャル・リスニングシステムを使って見てみた。
※Twitter上でのキーワード出現数推移
見ておわかりの通り、2013年12月がピークになっている。この時期、シャネルがマリリン・モンローの肉声を使ったパフューム「No.5」のテレビコマーシャルをオンエアした。
「何を着て寝ているか」という質問に対して「シャネルのNo.5よ」と、衣服を着ないで裸で寝ていることを、さらりと婉曲に表現したウィットのある答えは、マリリンの評価をさらに上げ、No.5は当時大ヒットした、と言われている。(参考URL)
2013年8月にちょっとだけ数字がはねているのは、マリリンの命日にちなんでつぶやいた人が多かったからだ。
もともとヌード・モデル出身のマリリン・モンローは、ビジュアルの魅力だけでなく周囲の期待を裏切らない機転のきいた、時に毒舌のトークでも人気を博した。腰を振って歩く"モンローウォーク"やマリリンの発言集(参考URL)を見ていると、頭をフル回転させ、どんなことをすれば人々の心に突き刺さるのかを、常に狙っていた感が漂う。
前述の田中ちさとさんも「当時も人気はありましたが、アンチファンも多かったと思います。口元のホクロ、モンローウォーク、セクシーなハスキーボイスにスキャンダラスな私生活。モデル・女優として鳴かず飛ばずの時代を経たことで、セルフ・プロデュースをする力を持った彼女は、時にメディアを利用しながらアイデンティティを確立していったのだと思います。それが、"時代を超えた存在感"につながっているのだと思います」そして「彼女の顔自体もグラフィックとして後世に残したことで、マリリンは今でも輝き続けています」と語る。
つまり、マリリン・モンローはセルフ・プロデュースの達人。
一つひとつのポーズにも並々ならぬこだわりを持っていた、というからこそ、ポップアートの巨匠アンディ・ウォーホルの目に留まり、モチーフにもなるわけだ。
ところで、マリリン・モンローのブロンドヘアは、生来の髪の色ではないという。ブロンドにするために強い薬剤を使う必要があり、地肌が荒れることもあったのだとか。そんな痛みを伴いながらも、マリリンはブロンドにこだわり続けた。(参考URL)
今から52年前の今日、全裸で受話器を握ったまま亡くなったマリリン・モンロー。
多くの謎が残されているという、その死までが彼女の演出した作品のように思えてしまう。
マリリンをリアルに知らない世代の我々も、死してなお彼女の"セルフ・プロデュース"に、まんまと取り込まれてしまっているのかもしれない。
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さて、PRパーソンの観点から見てセルフ・プロデュースとPRとに接点はあるのか。
数多くのプロジェクトをプロデュースし、自身も毎年、年賀状をセルフ・プロデュースし、界隈で話題の電通PRの花上憲司エグゼクティブ・プロデューサーに聞いてみた。
【花上憲司プロデューサーインタビュー】
マリリン・モンローについては、シャネルNo.5やアンディ・ウォーホルの作品程度の認識しかなく、語る資格がないので、ここでは、私が毎年作っている年賀状から、セルフ・プロデュースについて、ちょっとお話しします。
これは、このまえの兎年のとき(2011年)の年賀状です。見ればわかりますが、ここで私は、一人で三つの役を表現しています。まず正面のお医者さん、その後ろの看護師さん、そして兎の耳を付けた患者さんです。
私は以前から、医者が患者と向き合って進める、[問診⇒検査⇒診断⇒処置処方]という流れは、PRコンサルタントの[PR課題の聞き取り⇒調査⇒戦略策定⇒アクションの実施]という流れと同様だと思っています。この年賀状では、まず私自身の仕事を医者とだぶらせてセルフ・プレゼンテーションしました。
しかし、この年賀状のポイントは、一人3役というところにあります。
それは、PRをプロデュースする上で重要なことは、医者だけでなく、看護師の視点を併せ持つということです。「看護」の「看」という文字は、「手」と「目」の組み合わせで成り立っています。「触診」という意味も含まれていて、多角的に見守ることを意味しています。PR課題の解決にも、1つの視点からのコンサルティングではなく、「複眼的な視点・思考」がとても重要になります。
さらに患者さんの気持ちや立場を理解することも重要です。PRプロジェクトによって課題を解決する主役は、あくまでクライアントです。絵に描いた餅ではなく、きちんと結果に結びつく提案をするためにも、医者、看護師、患者という3つの視点を踏まえることが、PRのコンサルタントには必要だと思います。
私自身、この3つの視点を実際どこまで持っているかを自問自答する日々です。でも、プロジェクトを進めるときには、この年賀状を思い出して、セルフ・プロデュースしていきたいと思っています。今回のテーマのマリリン・モンローも、自身の中で複眼的に自分を見つめて、理想的なマリリン・モンロー像をプロデュースしていったのではないかと思います。
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そして最後に、マリリン・モンローに関するクイズを2問。
【マリリン・モンローと日本に関する蘊蓄クイズ】
①マリリン・モンローの葬儀で喪主を務めたのは誰?
⇒ジョー・ディマジオ(二番目の夫、元大リーガー)
②マリリン・モンローの検視医だったトーマス野口氏と高校時代同級だったノーベル賞受賞者は?
⇒小柴昌俊氏
今日、誰かとの会話に詰まったら、話題提供してみましょう。
(2014年8月5日 DIGITAL BOARDより転載)